第45話エルフ達の里に行こう

 

「んじゃあ森に誰が行くかだが……」

「ボスはダメっすよ」

「わぁーってるよ」


 親父はエディの言葉に答えた後、ふんっと少し拗ねたように鼻を鳴らした。

 多分エルフたちの里に行きたかったんだろうな。親父も親父でちょっと子供っぽいところあるし、今まで誰もまともに見る事の出来なかったエルフの里ってものを見たかったんだと思う。


 けど実際のところ、親父はここの頭なんだからまだ友好も結んでいない相手のところに突っ込ませるわけにはいかない。

 せめて配下たちで何度か話し合いを行ない、条約だかなんだかを結んでから、もしくは結ぶときに出ないとダメだろう。


「ついでにジートもダメっすね」


 次いでエディは親父だけではなくジートもエルフの里に行くメンバーから外すように言った。なんでだ?


「あ? 俺か? なんでだよ」

「なんでも何も、顔が厳ついからっすよ」

「は……?」

「相手は臆病者が多いエルフっすよ? そんなところに威圧的な顔をした筋肉質の大男が行ったら、友好の前に逃げられるっすよ」


 えー? そんな理由で行けないのか? それはちょっと可哀想すぎやしないか?

 でも実際に里まで行ったエディの言葉だしなぁ。友好的に行くつもりなら少しでも失敗する可能性は減らしたほうがいい——ん? 厳ついから却下って、それって……。


「……おい待てエディ。それで言ったら、さっき俺に言った行くなってーのも同じ理由か?」


 俺と同じ結論に至ったのか、親父もエディを睨んで問いかけた。

 でも、まあジートの話を聞いた後だとそういう結論になるよな。だって親父も厳つい顔してるもん。


「え? ……いや、そんな事ねぇっすよ?」


 エディがそう言うと親父はただでさえ厳つい顔をさらに厳つくさせ、エディのことを睨みつけた。


 多分親父としてはこんな視線で人を殺せそうなほど睨みつけようとしたってわけじゃないと思うんだけど、元の顔が厳ついせいで少し真面目に見つめるような表情をしただけでそう見えてしまうのだ。威圧感がぱない。エルフたちを見てみろ、自分たちに向けられたわけでもないのに地味にビビってるぞ。


「……いや実際のところ、いろんな理由からボスは行かねえほうがいいんすよね。その中の一つに……まあ、さっきの理由もねえわけじゃねえっすけど」


 自分のことをずっと見つめてくる親父の視線に耐えきれなくなったのか、エディはそう話した。

 最後の言葉で視線を逸らしたように見えたのはきっと気のせいだろう。


 そしてそんなエディの言葉に乗っかるようにしてエミールが口を開く。


「坊っちゃんがボスの実子だったら、なんて思うことはありやしたけど、正直その部分においては実子じゃなくてよかったと思ってやすわ」


 ……これに関しては悪いけど、エミール達の言うように親父の実子じゃなくてよかったと思わなくもない。


 当然だが、俺と親父は似ていない。血が繋がってないんだからな。当然だ。


 俺の本来の父親は——父親とは認めていないし思い出したくないが、一応国王だ。

 王族や貴族として見目麗しい者達を揃えてきたからだろう。俺にはその血筋がよく現れていて、それなりにいい感じの見た目をしている。この見た目だけは父親——国王に感謝してもいい。ああ、母親には普通に感謝している。この見た目もだが、普通に産んでくれたことに関してもだな。国王は死ねばいいんじゃないかな?


 エミールの言葉を聞くと親父は小さく舌打ちをしてから口元に左手を当て、右手の指でトントンとソファの肘掛けを叩き出した。


 その様子は完全に怒っている感じで、エルフたちはさらに恐れを抱いたようだが、これも普通に考え事をしているだけだろう。さっきの舌打ちだって拗ねただけだろう。

 つくづく損な見た目をしてるよな。まあ、傭兵としては威圧感のある方がやりやすいらしいんだけど。


 しかしまあ、このままふざけてるわけにもいかないし、空気も緩んだことで話しやすくもなったことだしで、話を戻すとしようか。


「親父、俺が行く」


 どこか和んだ雰囲気だった部屋の中だが、俺がそう言うと再度空気は張り詰めるように引き締まった。


「言うと思った。が、ダメだ」

「それなら俺もあんたがそう言うと思ったが、それでも言わせてもらうぞ。ここは俺が行くってな」


 親父が断るのは想定済みだ。だって俺は親父の息子だからな。さっき親父が行けない理由を考えたが、それは俺にだって同じだ。


 しかし、それでも俺は食い下がる。これが今回の件で最善の選択であるから。そして——自分のためでもあるから。


 だって、エルフの里なんて面白そうだもん。行ってみたいに決まってるだろ。


「俺はエルフにとっちゃ貴重な存在らしいぞ? そんな俺が行けば友好的な態度をとってもらえる率が上がるだろ」

「そりゃああれか? エルフにとっちゃ『農家』が貴重って話か?」


 俺はなんとか自分がエルフたちの里に行くための理由を絞り出してそれっぽく言ってみたのだが……親父も知ってたのか。


 まああのとき話を聞いてたのは俺だけじゃなくてソフィアやジートもいたわけだし、その話の内容が親父に伝わっていてもおかしくはないか。


 けど、親父が知っていたとしてもそれはどうでもいいことだ。俺は引き下がるつもりはない。


「そうだ。友好にはちょうどいいだろ?」

「だが、その理屈で行けば別にお前じゃなくたっていいはずだ」

「わかってんだろ。ただの『農家』じゃなくて『ヴォルクの息子』である俺が行ったほうがいいんだって」


 親父は過保護だからな。友好の証としては確かに俺が行くのがいいんだろうってのは理解していると思う。だがそれでも、万が一罠だった場合を考えて行かせたくないんだろう。


 エルフたちの里に行きたい俺と行かせたくない親父。

 そんな俺たちを見てなにを思ったのか、エディが大きくため息を吐いた。

 そのため息の音につられてそっちを見ると、エディは俺たちに向かって話し始めた。


「一応俺の所感なんすけど、罠じゃねえと思うんすよね。そんなことをする度胸がないというか、敵対する気なら最初っから遭遇する前に罠と遠距離で仕留めるけど、一度内に引き入れると警戒心が消える。みたいな感じに思えたっす。なもんで、森の中に招待するってんなら改めて襲う事もねえんじゃねえんかなって思ってんすよ」


 一度内に引き入れると、って言っても、引き入れた後から裏切られることだってあるだろうに。


 仲間になったやつは信じてるってか? いや、信じられるからこそ仲間にするのか?

 信じるだとか裏切られるだとか以前に、なにも考えず、疑うことを知らないから警戒しなくなるって説は……考えたくないけど、あり得そうなだけにちょっと判断に困る。だってこいつらだし。


「まあそれでも多分最初に例の強硬派ってのが喧嘩吹っかけてくると思うんすよ。けど、その時にこっちの力を見せつければ下手に手出しはしてこねえんじゃねえかと。あいつら臆病っすから」

「それが演技の可能性は?」

「それを言われたらもう何にも言えねっすね。そこはまあ、俺を信じてくれとしか」


 エディはこれでも十年以上もの間親父の部下としてやってきて、俺を連れて国王から逃げるときだって一緒に行動した。

 そんな相手を信じることができないとは言えず、親父は厳しい顔で考え込んだ後に俺がエルフたちの森に行くことを了承した。


「わかった。いいだろう。お前らのところに友好の使者として俺の息子を出そう」

「あ、ありがたく存じます。我らの里にお越しいただく日取りに関しましては、今回の話を一旦持ち帰ってから改めて歓迎のための使いを出したく思います」

「そうか、わかった」


 てっきりこのまま明日明後日にでも向かうもんだと思ったが、考えてみれば重度の引きこもりたちが事前の連絡なしに人を招くはずがないか。一旦連絡して、心の準備なんかを整えたりしてからでないと無理に決まってる。


 そうでなくても今回の話し合いで全てがうまくくとも、こちらからエルフたちの里に人を出すとも決まっていなかったわけだし、そのことを伝えて準備するための期間は必要なんだろう。


「此度の件につきましては不幸な行き違いがありましたが、これからは貴殿とその同胞の方々と友好を結んでいければと願っております」

「ああ、俺もだよ」


 そう言って親父はエルフの男の言葉に応えて手を差し出す。

 その意図を理解したエルフの男はホッとしたように手を出して親父の手を握り返した。


 が、その瞬間親父は相手の手をぐいっと引き寄せ、至近距離から睨みつけるかのようにエルフの男の顔を見つめた。


「だが、覚えとけ。俺は仲間を見捨てない。もしお前らが罠に嵌めたりなんてしてみろ。被害なんて考えず、森ごとぶった斬ってやるぞ」

「ふゃ、ひゃあい」

「わかったら下がれ」

「し、失礼いたしました!」


 親父が手を離すと、まさにピューッという擬音がふさわしいくらいに見事に走りを見せて、なぜか開いていた部屋の入り口の扉を抜けて去っていった。それだけ怖かったんだろうな。


 そんな様子に唖然とする俺たちだが、走り去った男以外にもその場にいたエルフたちはその能力を遺憾無く発揮し、逃げ出すように部屋から出て行った。


 後に残されたのは俺たちとリリアだけ。いつの間にか捕虜も縄を切って逃げ失せていた。どうやら今の逃げていった奴らと一緒に逃げたらしい。


 あいつら、戦闘は〝あれ〟かもしれないけど、逃げ出すことに関しては一流だな。

 もしかして不自然に扉が開いてたのって、捕虜たちが開けたのか? 逃げたらしいってのはわかるが、いつ逃げたのかまでは正確にはわからないし、親父が交渉相手のエルフを脅した時にはもう逃げていたとしてもおかしくない。


「——とりあえず、話はついたし良しとしておくか」


 どうやら親父は逃げ出したエルフたちについては特に気にしないことにしたようだ。

 まあ今更気にしたって意味がないってのもあるだろうが、なんていうか、もう無理してまであいつらに関わりたくないもんな。


「おら、おめえらも解散しろ解散。俺はもう疲れたんだ。今日は仕事なんてしねえぞ! 酒だ酒!」


 そう言って親父は部屋を出て行くと食堂のある方へと歩いていった。


「……俺も部屋に戻るとするか——いや、そういやまだ朝飯も食ってなかったな」


 起こされてすぐにここに呼ばれたせいで、まだ着替えくらいしか今日やる事をやっていない。

 とりあえず朝飯食ってからこの後の行動予定を考えるか。


 なんかあれだな、気分は日曜日の朝にちょっと用事があって早起きしたけど、用事が終わった後は手持ち無沙汰になる感じ。二度寝する気分にはなれないし、ちょっとどうしようかなって悩むような微妙な感覚だ。まあ、今の俺には日課としてやる事自体はあるんだけど、気分的にはそんなもんだ。


 最低限やることが終わったら……どうすっかな。とりあえずスキルの修行をするのは確定なんだが、そのあとは……うん。やっぱ飯食って考えよ。


「ね、ねえ、ちょっと」

「ん?」


 この後の行動を決めた俺は食堂に向かおうと歩き出したのだが、一歩踏み出したところでリリアに服を掴まれて引き止められた。


「大丈夫なのよね?」


 ……ああ。そりゃまあ心配にはなるか。勝手に抜け出してこの街に来たって言ってもこいつもエルフなわけで、あいつらの仲間なんだし。


「まあ心配ないだろ。あの様子じゃ罠なんて仕掛けないだろうし、裏切らない限りは親父はなにもしないよ。『悪』ってのは意外と真面目なんだぞ。信用がなければやってけないからな」


 悪人や犯罪者ってのは確かに『悪』なんだが、時と場合によりけりで下手な『正義』や『善良な市民』よりもよほど信用できる。


 情報屋は偽の情報は扱わないし、組織のボスは一度交わした約束を反故にしないし仲間を見捨てない。

 地球ではどうか知らないけど、誰でも簡単に殺傷力を手に入れられるこの世界でそんな事をしたら、いつ寝首を書かれるかわかったもんじゃないからな。


 偽の情報を渡したことがバレれば誰も情報を買わなくなるし、約束を破れば良くて断交、悪けりゃ殺し合い。仲間を見捨てるようなら誰もその下につかないし裏切られる。


 ま、この辺はどこの世界でも一緒だと思うけど、この世界では特にその基準が曖昧って言うか緩いように感じる。俺が地球での『裏』を知らないせいかもしれないけど。


 けどそんなわけで、親父みたいな組織の頭が交わした約束ってのは信じていい。無責任に「約束だ」とか「信じてくれ」なんて口にする身勝手な正義漢よりはよっぽど信用に値する相手だ。


「そう……そうよね。嘘をつくなんてカッコ悪いものね」


 リリアは『悪』がかっこいいものだと信じているからか、俺の言葉を聞いて仲間に危険があるわけじゃないんだと納得することができたようだ。


「とりあえず飯に行くぞ」

「うん——へぶぎゅ!」


 ……今日転ぶのは二度目だな。

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