第44話それで良いのかエルフ……

 

「ほう? まあお前らの仲間が仕掛けてきたってのはわからなくもねえ。大事なお姫様がこんなところにいたんだ。攫われたって思っても仕方ねえだろうし、一度頭同士で話してえってのもわからねえでもねえわな」

「ご理解いただけて幸いで——」


 エルフの男は親父から感じる『圧』に気がつかないのか笑顔で頷いたが、その途中で僅かに高まったと思った『圧』が暴力的なまでに吹き出した。


「だがな、それでもお前らの大事なお姫様を保護したのは俺らで、そこに襲撃をかけてきたのはお前らだ。お前ら、ともすれば俺たちなんて死んでも構わねえと思って仕掛けてきたんだろ? ならなんで謝罪を受けるためにわざわざそっちに行かなきゃならねえ。出向けよ。本当に謝る気があるってんなら、お前らから来るのが筋ってもんだろうが」


 親父から吹き出した『圧』は俺に向けられていないにも関わらず、それでもなお恐怖を感じるほどに凶悪なものだった。


「そ、それは、その……その通りなのですが……」


 そんな凶悪な『圧』を受けたエルフの男は何か反論をしようとしたのだろうが、その言葉は途中で止まってしまった。


 しかし、それでも親父は——親父たちは許さない。


 だが、部屋にいた親父たち全員から敵意を向けられたエルフの男が言葉に詰まり、顔と言わず全身から汗を流し始めた時、目の前の男からではなく俺の隣に座っているエルフ——リリアから声がかけられた。


「あ、あのー、それはちょっと無理なんじゃないかなって……」

「あ?」

「ぴゃあっ!」


 突然思わぬところから声をかけられたせいだろう。親父は目の前のエルフに向けている『圧』をそのままに声のした方向へと意識を向けた。


 そのせいで睨まれることとなったリリアは間抜けな声を出しながら体を跳ねさせ、本能的に親父から離れようとでも思ったのかソファから立ち上がった。


 だが、そこで問題が起きた。


「うにっ——ああああ、あがっ! いったあああ!」


 ソファから立ち上がったリリアは慌てすぎたのか勢い余ってバランスを崩し、わたわたと手を動かすだけでろくに受け身も取らずにぶっ倒れ、後頭部を打ったことで悲鳴を上げた。


「ああああ! いたーい! うわーん!」


 状況が状況だけに誰も咄嗟には動くことができず、頭を打ったリリアはそんな声を上げながら転げ回った。


 ……こいつ、完全に状況にそぐわないって言うか、思いっきり場をぶっ壊してくれたな。


 リリアの行動のせいで気が削がれたのか、親父は先ほどまでの態度を崩していた。そしてそれは親父だけではなく他の仲間たちも同じで、何人かはリリアの介抱のために近寄って起こしている。


 頭を打ったやつって勝手に起こしていいんだっけ?


「……それで? さっきの言葉はどういうことだ?」


 親父の配下に起こされ、エルフの手で頭に治癒魔法師のスキルをかけてもらっているリリアに対して、親父は大丈夫そうだと判断するとリリアに話しかけた。今回は先ほどのような『圧』はナシだ。そんなことをする必要ないし、それをすればまた同じように混乱して話にならなくなってしまうからな。


「ふえ? ……あ」


 親父に話しかけられたことで、頭をぶつけて涙目だったリリアは状況を思い出したようで、わたわたと手を動かしながら周囲を見回し、自分に治癒をかけていたエルフを前に突き出すとその陰に隠れて話し始めた。

 前に突き出されたエルフはリリアの代わりに親父の視線を受けてキョロキョロと落ち着かないようにあたりを見回しているが、リリアが服を掴んでいるせいで逃げることもできない。

 最終的に逃げるのは諦めたようで、俯いて視線をそらすことで耐えようという構えを見せた。


 ……主人がそれだと部下は苦労するんだな。


 リリアはまだ正確には主人ではないんだろうが、俺はいつか部下を持つことになった時には気をつけようと心に誓った。だって見てて哀れだもん、あれ。


「え、ええっと〜……街に出てこない人たちって、基本的に穏健派なの。でも、それはあんまり人に関わりたくないからって言うか……そのー……」


 エルフの陰に隠れながら話し始めたリリアだが、みんなから視線が集まっていることで緊張しているのかその言葉は先ほどのエルフの男と同じではっきりしない。


「おい」

「ぴっ!」

「……怒らねえからはっきり喋れ」


 このままでは話が進まないと思ったのか親父が声をかけたのだが、それだけでリリアは変な声を出して固まってしまい、それを見た親父は頭が頭痛で痛そうな様子で頭に手を当てて、できるだけ威圧しないように普段になく優しく話しかけた。


 そんな親父の言葉を聞いてようやく怒られないと判断したのか、リリアは盾にしているエルフの陰から顔を出して親父に視線を合わせ、だがすぐに視線を逸らして親父から少し外れた場所——俺と視線を合わせて話し始めた。


 ……なんでただ話を聞こうとするだけでこんなに疲れるんだろうな?


「人間が嫌いってわけじゃないんだけど、あ、いや人間が嫌いな人もいるけど、大半はそういう理由で人間を遠ざけるんじゃなくて、その……し、知らない人が怖いって言って、みんな外に出ようとしないの。だから、こっちに来てって言っても、覚悟を決めるまでに二十年くらいはかかるんじゃないかなー、って」

「人見知りかよ」


 俺たちに森まで来いって言ったのは、なにも言葉に俺たちを侮っている含みがあったわけではなく、「来てくださいお願いします」という懇願に近い意味だったらしい。


 俺の中のエルフのイメージが思いっきり壊れていくんだが、多分俺だけではなく親父や他の奴らも同じような思いだろう。

 唯一エディだけは苦笑いというか、微妙に哀愁漂う笑みを浮かべているが、きっと森に行った時に大変だったんだろうな。お疲れさん。


 しかしまあ、なんだな。森から出る覚悟を決めるのに二十年ってお前ら……人見知りってか引きこもりじゃねえのか? 随分とスケールのでかい引きこもりだけどさ。


 今初めて知ったエルフの実態に呆れるしかないが、何十年……ともすれば何百年単位で森に引きこもって身内だけで暮らしてたらそうなっても仕方ない、のか?


 部屋の隅に置かれていた捕虜達に視線を向けるが、突然自分達に視線を向けられたことでそいつらはビクッと体を跳ねさせて反応し、僅かに視線を周りに向けてから威嚇するように眦を釣り上げて睨み返してきた。


「なんだ、やる気か? かかってくるならかかってこい! 私は絶対に屈しない!」

「なんで捕まってる側がそんな威勢がいいんだよ」


 今の話を聞いた後だと好戦的なんじゃなくて、ただ小動物が威嚇しているようにしか見えないから不思議だ。なんかもう、微塵も怖くない。


 しかしあれだな。こいつらは森の外に出てきているが、エルフの中ではどんな立ち位置なんだろうか? いや強硬派ってのはわかってるけど、それを除いた評価っていうか、なんかそういうの。


 そのことをリリアに聞いてみることにした。


「森の外に出て仲間を助ける人たちは私たちの中でも優秀な人たちよ。だって外に出てまともに生活することができてるんだもの」

「基準はそこなのか」

「もちろん強いっていうのも理由の一つよ」


 強い……。強い、ねぇ……。


 その言葉を聞いてついエルフたちと戦闘をしたジートたちに視線を向けてしまったが、全員曖昧な表情で顔を逸らした。うん。わかるよ。


 確かに、実際に強いというだけの技術や能力はあるんだろう。エルフは人と違って百年単位で生きるからな。スキルだってその分回数を稼げるだろうし、強いのはわかる。


 でもさ、自滅して使いこなせないようじゃ意味なくねえか?


 まあ、こいつらの本領は森での守りなんだろうから襲撃は得意じゃないってのも理解は……できなくもないが、それでもやっぱり襲撃を仕掛けるくらいならもうちょっとどうにかしろよと思ってしまう。


 ……一つ、恐ろしいことに気がついてしまった。


 エルフたちは基本的に森の外には出ず、覚悟を決めるのにも年単位での時間を要するらしい。

 森の外に出て仲間を助けようとするこのエルフたちは、エルフの中では——少なくともこいつらの里の中では優秀な部類に入るそうだ。


 なら、『悪』に憧れて一人で森を突っ切ってこの街にまでやってきた上に、配下を作ろうと演説もどきをしていたこいつは、もしかしてこいつらの中ではかなり優秀な類に入るんじゃないか?


 ……いやいや、まさかまさか。そんなことあるはずがないだろ。………………まじで?


「……まあ、奴隷にされたエルフは大抵が怯えてるってのは知ってたが、そりゃあ奴隷にされた恐怖じゃなくて知らない奴に会った恐怖ってことか」

「うん。多分そう……です」


 俺が気付きたくなかった事実に気がついて内心で頭を抱えているうちにも話は進んでいく。


 親父の言葉に頷き、咄嗟に敬語へと変更したリリアを放って親父たちは話し合うことになった。


 目の前でそんなことを話していてもいいのかと思わなくもないが、目の前で借りてきた猫のようにおとなしくしているエルフたちをみると問題はないとも思えてしまう。


 そうして簡単にだが話しをした結論として、俺たちの中から選抜して森に行くことになった。だってこのままじゃ話にならないし。

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