第43話エルフの使者

 

「あ?」


 俺が考えを止めてしまったように、親父も理解できなかったようで訝しげな表情をしつつもどこか間の抜けた声を上げた。

 でもそれも理解できる。だって襲撃者が転んで自滅って……それどうなんだ?


「あ、そっちも自滅か? こっちも弓構えてるところに後ろから首にナイフを当てたら木から落ちたんだが……」

「……んん?」

「俺んところは自滅って言っていいかわかんねえが、面白いくらい誘導に引っかかって簡単に終わったな」


 他の奴らに聞いても、エルフと対峙した奴らは他にも何人かが自滅や凡ミスで勝っていた。……なんだこれ?


 え、この館に襲撃かけるくらいだし親父と戦うことができてたからかなりの腕前だと思ってたんだが、もしかしてこれ……いや考えたくないんだけどさ、もしかしてだよ? もしかして……リリアのポンコツ具合はエルフの標準だった?


 ……。…………。


 ……いやいや、ないだろそんなの。だって今までエルフの森に侵入したら死ぬ、とかかなり好戦的な種族だ、とか排他的で魔法や弓の達人揃いだ、とか聞いてたのに……。『森の狩人』とか『森の支配者』とかちょっとかっこいいなって呼び名も聞いたことがあるのに……。

 ……え? まじでポンコツ属性持ちなのか?


 確かに今上げた噂とポンコツ具合は場合によっては両立するけどさ。

 でもさ……ええー?


「……何?」


 捕まっているエルフたちを見ておろおろとしていたリリアだが、俺が視線を向けるとそれに気づいたようで険しい表情をして見返してきた。


「いや、なんでもないけどさ……今日のデザートは何が食べたい?」

「え? デザート? ……んー、えっとね、アイス! いちごのアイスが食べたいわ!」

「……そっかー」


 ……そっかー。状況を忘れて嬉しそうで何よりだよ。このポンコツ娘。


「ボス。ただいま戻りやしたぜ」

「おう、お疲れ」


 ホールで捕まっているエルフと一緒にいない方がいいだろうってことで、俺とリリアはホールのすぐ側にある一室にて待機することになったのだが、しばらくすると逃げた襲撃者の一人を追跡していた班が戻ってきた。


「で、どうだった?」

「怪我人はゼロ。死亡もゼロ。相手の数は十……だったんすけど、俺たちが追跡してくるとは思ってなかったのか簡単に終わりましたぜ。突入した瞬間に転んで頭打ったり武器を取り落としたりしてたんで、なんつーかあっさり行きすぎて拍子抜けっしたね」

「……そっちもかよ」


 いくら油断してたって言っても、転んで頭打つってそれ襲撃者としてどうなんだ?

 けど、これはもう確定だろ。エルフはポンコツだ。


 いや実際にろくに話したこともないんだからわからないし、伝え聞く噂や親父とまともに戦えた奴がいることから能力はあるんだろう。

 でも噂ほどではないっていうか、どこかちょっとアレな種族だってのは間違いない。


 親父と戦えてたやつもいたが、それに関してはそいつが珍しくまともなやつなのか、もしくは運良くポンコツを発動しなかっただけなんだろうな。


「あー、まあいい。一人も死んでねえなら良しとしとけ。とりあえずそいつらもこいつらも地下牢に入れとけ」

「「「うぃーっす」」」


 そろそろ出ていくか。


「親父」

「あ? ああ、お前らは部屋に戻っていいぞ。ただし、今日は護衛を外すなよ」

「それはわかってるけど、このあとはどうすんだ?」

「あー、そうだなぁ……まあ明日明後日にゃあエディから何かしらの連絡はあるだろ。んなわけで、そん時まで待機だな。一応追加で人を送りはするが、まあ大した意味はねえだろうよ」


 まあそうだろうな。エルフのお姫様がここにいる、なんて情報を持ってったんだ。すでに向こうから人が出ていてもおかしくないだろうし、こっちが人を送って向こうに着く前にエルフたちが到着するのが早いだろう。


「そうか。なら俺は部屋に戻るよ」


 俺はそう言うとさっきまで俺のいた部屋の入り口から顔だけを出してこっちを見ていたリリアに近づき、その手を取って自室まで戻っていった。


 本当はまだスキルの修行をしたいが、今日はこれ以上はできないだろう。くっ、エルフめ。スキル経験値稼ぎの邪魔しやがって。

 まあ、今日は大人しく部屋で新しいスキルの確認とかパッシブスキルの調整ができないかとか色々試しておくか。




 翌日


「ヴェスナー様」

「んあ……?」

「ヴォルク様がお呼びです。エルフのお客様がお越しになられたのでリーリーア様をお連れしろとのことです」


 一瞬だけリーリーアって誰だっけと思ったが、そういやリリアってのは俺たちが名前を伸ばすのがめんどくさいからって略してるだけで本来の名前はそっちだった。


 隣で寝てるリリアへと視線を向ける。


 だが、隣で寝てるって言っても、何も男女間のあれこれ的な意味ではない。

 リリアは昨日は一時的には能天気になってたが、この部屋に戻って状況が落ち着くと「自分のせいで〜」、なんて凹んでたのでそれを宥めるためだ。


 基本的に俺は、身内を大事にするくらいで他は自分さえ良ければ誰が死のうが何が壊れようがどうでもいいと思っている。


 だが、それでも目の前で泣いてる奴がいたら手を差し伸べるくらいはする。すぐ近くで泣かれてるのは面倒だし、なんていうか放っておくとそのことが頭の片隅に残って気持ちよく生活できないからな。あの時見捨てなかったらどうなってたんだろう、って考えがいつまでも残り続ける。それはとてもうざい。


 なので、そんないつまでも残り続ける煩わしさを消すために昨日はリリアが落ち着くようにと夕食の間も相手してやったし、普段は他人を入れないベッドにも入れて一緒に寝てやったのだ。


 全くもってめんどくさいことこの上なかったが、何もしなければそれはそれで後悔してたと思うので手を差し伸べるしかなかった。


 他人なんてどうでもいいって思ってるのに目についた困っている奴を放っておくと落ち着かないなんて、我ながらめんどくさい性格をしてるよな。


 でも、これが性分なんだから仕方がない。誰も彼も助けるってわけじゃないが、気になったやつに手を貸すくらいはしてもいいだろう。他は見捨てる。


 ま、親父も好きにれって言ってるし、思うがままにやりたいことをやりたいように好き勝手やればいいか。俺自身今の俺が嫌いってわけでもないからな。


「わかった。起きるからソフィアはそっちのを起こして用意させろ」

「はい。かしこまりました」


 そんなことを寝起きで若干ボケた頭で考えてからベッドから降り、やってきたエルフ達に会うために準備をしていった。


「ね、ねえ、大丈夫よね?」


 朝の準備を急いで終えた俺たちは、親父に呼び出された先へと向かうべく廊下を歩いていたのだが、その途中でリリアがそう言って不安そうに話しかけてきた。


 漠然とした問いだが、それに対して「何が」とは聞かない。

 多分自分のこれからだとかエルフとの関係だとか、あとは捕まっているエルフの処遇だとかについて諸々を含めた問いかけなんだろう。


 普通ならこの街の五帝の館に襲撃を仕掛けたんだから殺されても仕方がない。何せ犯罪者達のアジトみたいな場所だ。殺されないと考える方がおかしい。

 むしろ殺されるだけなら優しい方だろう。もっと酷ければ売られるからな。


 でも……


「平気だろ」


 親父は俺の教育的に悪いからなのか、もしくは元々が優しいからなのか、あまり犯罪行為をしない。絶対にしないってわけじゃないが、必要最低限しかしないこの街一番の穏健派だ。この街一番の武闘派でもあるけど。


 それ以降は特に会話もなく歩き続け、親父のいる応接室までやってきた。


「来たか。おせーよ」

「それは寝ぼけて転んで着替えに手間取ってたエルフのお姫様に言えよ」


 部屋の中に入った俺は先に中に待っていた親父とそんな軽口を交わしたが、部屋には俺たちだけではなく親父の護衛が数名と客人であるエルフたちが数名ほど待っていた。部屋の隅には俺たちを襲撃して、だが捕まって捕虜になったエルフたちもいる。

 あとついでにエルフたちのところまで使いっ走りをしていたエディもいるな。


「リーリーア様!」

「待て」


 リリアの姿を見た瞬間、捕まっていたエルフの一人がこちらに駆け寄ろうとしたが、その前に捕虜たちのすぐそばで待機していた者が動いてその動きを遮った。


 ちなみに、部屋の中の配置としては、入り口前に俺たち、その前に親父とその護衛。そこからテーブルを挟んでエルフたちで、その背後に窓となっている。捕虜たちは入り口側の部屋の隅に縛って座らされていた。


 これではエルフたちが上座のように思えるが、この街ではそれを素直に喜んではいけない。

 なぜかというと、この位置関係は相手をいつでも殺せるようにと言う配置だからだ。


 部屋の奥、入り口から離れた場所に座らせるのはすぐに逃げられないようにするためで、窓に近いから合図があればすぐに狙撃される。

 なのでこの部屋に案内されて上座に座らされたってことは、相手を敬っているからではなく、いつでも殺せるようにするためなのだ。


 それを知ってか知らずか、リリアに駆け寄ろうとして止められたエルフの男は自分の行動を阻んだ相手を睨みつけるがすぐに引き下がって元の位置まで戻った。


 そんな様子を見ながら俺はどうしたもんかと思っていると、親父がソファの背もたれ越しに振り返って俺たちに手招きしてきたので親父の隣に座ることにした。


 並びとしては親父、俺、リリアの順番だ。リリアはエルフなので本来ならあっち側なのだが、今回は状況的にこっちで正解だろう。


「——まずは、この度は同胞が大変な失礼をいたしましたことを謝罪いたします」


 そして向かい合ったまま黙っていた俺たちだが、しばらくするとエルフ側の代表の男が口を開いた。


「次いで、リーリーア様を保護して下さった件、誠に感謝申し上げます」

「そっちは偶然だ。だが、ガキの面倒はしっかり見とけ。それが大事なもんなら尚更な」

「は。言葉もありません」


 これって一応会談って言っていい感じのやつだよな。相手は何にも文句を言ってこないが、親父はこんな態度で接してていいんだろうか? ともすれば俺に対する態度よりも雑だぞ? まあそれがこの街のやり方だって言っちまえばそれまでなんだけどさ。下手に出ればつけ上がるバカばっかだしこの街。


 しかし、相手のエルフの男は親父の態度に思うところがないのか、特に反応を示すことなく座ったままだ。

 後ろにいた奴らも特に反応してないな。なんかもっと反応があってもいいように思ったんだが……予想以上におとなしい。むしろなんかちょっとおとなしすぎるような気さえする。


「つきましては大変心苦しくはありますが、同胞の釈放。そして我らが里への来訪を願いたく存じます」


 なんて思ってたらそんなことを言ってきた。……これ、思った以上に怒ってるのか?


 だって普通ならこんなこと言わないだろ? 今のを要約すると、「まともに謝って欲しかったらお前らが俺たちの拠点まで出向けよ」ってことになるんだから。

 喧嘩売ってるとしか思えない。


 実際親父はそう判断したようで、隣からの圧が僅かに強まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る