第42話強硬派と穏健派
「——で、リリア。こいつに見覚えは?」
気絶しているエルフの女襲撃者から視線を外してリリアに向けて問いかけるが、俺が視線を向けた瞬間にビクッと肩を震わせて俺から目を逸らした。
「……えーっと、いやー、そのぉ……あったりなかったりしてやっぱりあることもない、かも……」
それでも目を逸らしたまま話し始めたのだが、どうにも要領を得ない。というかこいつ、まともに説明する気はあるのかとすら思ってしまう。
「あ゛あ゛? おいどっちだ? はっきりしろ」
「すみません! 知ってます!」
いつまで経ってもはっきりしないリリアを睨みつけて催促したのだが、その瞬間にリリアは背筋をピンッと伸ばして俺の方を向き、大きな声でそう叫んだ。
突然の反応に俺の方が驚き、顔を顰めてしまう。
そんな反応はやめてほしい。まるでこれでは俺が脅しているようじゃないか。
でも、これでこの襲撃エルフがこいつの故郷のやつだってのがわかった。
「奪い返しに来たか」
「でもエディが行ってんだろ?」
そうだ。エディがわざわざ「お宅のお姫様が街まで来てるよ。うちで保護してるよ」って伝えに行ったのに、どうしてこんな襲撃なんてされたんだ?
「向こうで何かあった可能性もありゃあ向こうでも派閥やらの違いでなんか面倒なことになってる可能性もある。あとは最初からこの街に潜んでた奴らが独断で動いたって可能性もだな」
言われてみればそうか。敵が一枚岩だと決まったわけじゃないし、そもそも「保護した」って俺たち人間の言葉をどこまで信じるのかって話だな。
「あー……めんどくせえ」
「だな。まじでめんどくせえな」
俺と親父は揃って息を吐き出すが、それも仕方ないと思う。だってこの先のことを考えると、どうしたって面倒なことになること間違いなしだからな。
「こいつらがエルフってなるとできるだけ殺したかねえんだが……さてどうなってっかねぇ」
お姫様を助けにきたのに、襲撃に来たのがこいつだけってことはありえない。
そもそも俺は庭で一人遭ってるし、それに関してはジートが相手をしているはずだ。
後はこいつが戦ってきた時に矢が飛んできたんだから、それにも一人いることになる
なのでこいつ一人だけってことはあり得ないんだが、じゃあ後何人いるんだって言われるとわからない。
ここは親父の館の敷地内なんだしみんなに任せておけばいいんだろうけど……スキルを試す意味でも、ちょっと使ってみるか。
俺は自分の中にある神の欠片に意識を集中させ、そこから繋がりを辿って周辺の植物達に問いかける。
もし俺のパッシブスキルが植物との『意思疎通』であるなら、これで周りにある植物は俺に敵の居場所を教えてくれるはずだ。
さて、使えるか?
そうして一度深呼吸をしてから今まではオフにしていたパッシブスキルを発動させる。
スキルをオンにした瞬間予想していた通り頭痛がしたが、それでもまだ指示を出すことはできた。
「っ!」
「ヴェスナー?」
植物達から送られてきた意思のせいで頭が破裂しそうなくらい痛いし、そのせいで親父が俺の方へと振り向いたが、それでも植物達の言いたいことは伝わった。
「……親父。何箇所かで戦ってるみたいだが、一応まだ誰も死んでないらしい。あとは、今戦ってる奴ら以外にも、裏門から少し離れたところでこっちを見てるやつがいるっぽい」
パッシブをオフにしてから親父に今の情報を伝えるが、もう繋がってないはずなのにまだ意思が送られてきているような頭痛が残ってる。これ、そのうち受け取る相手の選別とかできるようになるんだろうか?
「あん? なんでんなことが——ああ、スキルか」
「毎度のことながら察しが良すぎてムカつくな」
「話す手間が省けたと思っとけ。でもそうか。ならそいつの後でも尾けるか」
そう言うと親父は人を呼んで指示を出し始めたが、やはり怪我人の類はいないようだ。
みんなが動くなら本格的に俺はやることがない——事もないな。やることあったわ。
「リリア」
ここに敵の情報源がいるんだから話を聞くべきだろう。まあ、こいつ自体は敵ってわけでもないんだろうし重要なことは知らないだろう。
だがそれでも何かしらの情報は知っているかも知れないし、少なくともエルフの情報については俺たちよりも知っているんだから聞いておいて損はないだろう。
しかし、俺が声をかけるとリリアはビクりとまたも体を震わせた。
さっきから今までになく怯えているように見えるが、まあ同族が自分のために襲撃を起こしたとなればこの反応も無理はないか。ここは『悪のアジト』なわけだし。
「ヴェスナー様」
このままでまともに話が聞けるか? と顔を顰めたところでソフィアから声がかけられた。
そちらを見ると、先ほどまでは倒れていたはずのソファやテーブルが元に戻されており、ソフィアの手にはお茶とお茶菓子があった。
それを使って落ち着かせろって事なんだろうが……いつの間に用意したんだ? そう疑問に思わざるを得なかった。まあ使うけどさ。
そして俺はソフィアの直したソファに座り、リリアにも座るようにと伝えるために隣を手で叩いた。
それを見たリリアはおずおずとソファに座ったが、その様子は数時間前までの太々しさはない。
だがこんな状況でもお菓子は食べたいのか、リリアは俺や部屋の中に視線をめぐらせた後、目の前に置かれた菓子に手を伸ばして食べ始めた。
「知ってる顔だって言ったけど、これはどんな立場のやつかわかるか?」
そんな様子を見て多少は落ち着いたなと判断した俺は、さっきの襲撃者について問うことにした。
「……あ、あんまりよく見たことはないけど、多分強硬派の人だと思うわ」
「強硬派? 具体的にどんな奴らだ?」
エルフに強硬派なんていたのか。なんか一枚岩というか一塊というか、まあそういう一つの意思の元で動いてる種族って感じがしたんだが……いや、そんなのはありえないか。
だがそれはそれとして、強硬派ってあえて言うって事は今回のこれはこいつのいた場所のエルフ全体の総意ではなく、一部の暴走か?
「えっとね、私たちの森の中にも穏健派と強硬派がいてね? それで、ちょっと色々あるっていうか……」
ビビリは収まったみたいだけど、それでもまだリリアは視線を彷徨わせながらおっかなびっくり話している。
「その二つの違いは?」
「強硬派はエルフとか私たちの住んでる森に手を出そうとする奴は殺しちゃえ。仲間が傷つけられたなら街の被害なんて気にせずに仲間を助けろって派閥で、あんまり数は多くないみたいなんだけど色々やってるみたい」
それで強硬派かぁ。まあ考えは理解できるな。だってほとんど俺と同じ考え方だもん。
俺だって自分の領域に手を出されたら殺すために動くし、仲間が傷つけられたらそれ以外の優先度の低いものの存在なんて気にすることなく仲間を助けるために動くし、報復するからな。
だから、なんか考え方としては親近感が湧くな。
エルフでは俺の天職である『農家』に対しての態度が人間とは違うらしいし、一度行ってみてもいいかも、なんて思ったり。あくまでも安全が確認できてからだけど。
「穏健派は、戦うのは嫌だから人に関わらなければいいじゃん。森に籠ってようよって派閥なの」
なるほど。それが穏健派と強硬派か。で、今は穏健派の方が力も数も上だ、と。
であるならば、強硬派を追い出すことができれば今回みたいなことはもう起こらないのか?
「強硬派を追い出すことはできないのか?」
「強硬派って言っても、自分たちのためにやってることだし、仲間を助けたいって気持ちは一応みんなあるわけだから追い出すつもりも止めるつもりもないの」
そりゃあそうか。いくら戦いたくないからって言っても、仲間は助けたいよな。そのために頑張ってる奴らを追い出すことなんてできないか。
けど、それはそれでいいとして、助けたいと思ってるのに手を貸そうとしないでいる穏健派の奴らは気に入らないな。
誰彼構わずに助けろよとは言わないが、せめて自分の仲間くらいは助けろよ。なんて、そう思ってしまうのは俺が『家族』に助けられてきたからだろう。
俺だって自分以外はどうでもいいが、それでも身内は助けるぞ。
だがしかし、さてどうしたものか。個人的には仲間を助けるために戦うって姿勢は好きなんだが……ん?
……あー、もしかしてなんだが、そもそもの話として〝こいつ〟がもううちに来なければ強硬派がいても構わないんじゃないか? だって仲間を助けるために戦うんだろ? ならこいつがいなければ襲われる理由がないし。
あれ? こいつ、もしかしなくても疫病神か?
確かにエルフの事情やら相手方の『農家』についての意識やらを聞けたのはよかったが、そのメリットに対しての問題がデカすぎる気がする。気がするっていうか実際リスクとリターンが釣り合ってない。
「人はやったからあとは待ってりゃあ終わるだろうが、一応ホールに集めとくか」
親父はそう言うと、先ほど倒した襲撃者のエルフを手近な紐で縛って担ぎ上げた。
そんな様子を見ていた俺は思考を中断してソファから立ち上がると、リスのようにクッキーを齧っていたリリアの手を取り、部屋を出ていく親父の後をついていった。
「おう、おめえら。怪我なんてしてねえよな?」
ホールについてしばらくすると親父以外にも襲撃者を倒して回収してきた者達がやってきて、十五分もすれば全員が集まり終えた。
そして、全員集まったことを確認した親父は冗談っぽく問いかけたのだが、集まった奴らの反応は思っていたものとは少し違った。
「あー、まあ怪我はねえんだが、なんつーかな。手応えもねえっつーか……戦った気がしねえ」
「……どう言うことだ?」
怪我はないのはいいことなんだが、戦った気がしないとはどう言うことだ? もしかして加減されたとか? でもそんなことしてなんになる? 実力を隠して勝てるんだったらそれでもいいかもしれないが、実際エルフたちはこうして捕まってる。
なら考えられる可能性としては罠とか? 俺たちにあえて捕まることで何がしかの策に嵌めようとしている、とか。
「まあ簡単に言えば、戦ってる途中で転んで自滅した」
なんて考えていたのだが、その言葉を聞いた瞬間に俺の思考に空白ができた。……え? なんだって?
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