第41話襲撃者の正体

 

 植物の声? それは一体……


「坊っちゃん!」


 俺が足を止めたことを察してエミールが振り返り、すぐにかけられたエミールの声によって俺は再び歩き出したが、それと同時にリリアへと先程の言葉の意味を問いかける。


「……植物の声ってのはなんだ?」

「え? いや『農家』の第三位階で覚える常態スキルに『意思疎通』ってあるでしょ? それで植物の声が聞こえたんじゃないの?」


 そういえば、天職ってのは第三位階にレベルアップするとパッシブスキルを覚えるんだったな。そして『農家』のパッシブスキルの中には植物と会話のできるようになるスキルがあるってのも聞いたことがあるような気がする。


 パッシブスキルは三位階ごとで強化されていき、第三位階の覚えたての時はあまり使い物にならないことが多いと聞いていたんだが、さっき聞こえたのがまともな言語ではなく意思だけだったのはそういう理由か。


 言われてみればそんなような気はするな。俺の感じた相手を信じてもいいような感覚も、スキルで聞き取った植物のものだったからと考えれば理屈は通る。


「……思い返してみるとなんか頭の中に響いた気がするな」

「ちょ、ちょい待ってくだせい! それでいくと坊っちゃん、もう第三位階になったってんですか!?」


 エミールは足を止めることなく歩きながらも後ろを振り向いて驚いたような、というか実際に驚きの声をあげたが、正直なところはっきりとは言えない。なにせレベルが上がったのと同時に声が聞こえて来たせいで頭が痛くなったのだから、まともに意識してる余裕なんてなかった。


「……多分?」


 なので位階についてはしっかりと確認してみないとわからないが、今は確認よりも親父のところに行くのが先だ。


 そうして庭から館の中へと移った俺たちは、もう怪しまれるとか気にすることもなく思い切り走り出した。

 思い切り、と言ってもリリアがいるためにそれほど早いというほどでもないが。


 リリアを抱きあげて行けば速いんだろうが、それだともし敵襲があったときに動けないために四人で仲良く走ることとなった。


「親父!」

「おう、どうし——敵か」


 親父のいるであろう執務室の前にたどり着いた俺たちは声を荒げながら部屋の扉を乱暴に開けて中に入る。


 そんな俺たちを見て親父はすぐに敵が来たんだと理解したようで、立ち上がってそばにあった剣を手に取った。


 すぐにわかるのはなんでだと思うが、それをすごいと思うし説明に時間を取られないのはありがたいとも思う。


「状況は?」

「わからない。おそらく俺の常時発動スキルで植物から危機感と敵意を教えられたからジートに任せてこっちに来た」

「……は? 常時発動スキルって、お前それ第三位階の……ちっ、その話は後か」


 俺が第三位階にレベルアップしたであろうことを伝えると親父は一瞬だけ呆けたような表情になったが、すぐに頭を振って気を取り直すと俺を見て口を開いた。


「なんにしても、敵もその数も狙いも不明、ってことだな?」

「悪い」

「敵に気づけたんだから十分だ。良くやった」


 敵について何もわからないどころか、そもそも本当に敵が来たのかもわからないために謝ったのだが、親父は俺の頭に手を乗せて褒めてきた。


「おい、全員に伝えろ。できれば生かして捕獲。だが死ぬようなら殺せ」


 エミールも含めて部屋にいた他の奴らは、親父の言葉を聞くと頷き、それと同時に動き出した。その後に部屋の中に残ったのは俺と親父とソフィア、それからリリアの四人だけだ。


「死ぬようなら殺せ」ってのは、この家の者達のみを案じての言葉だ。自分たちの中で誰か死にそうなら、相手の生け捕りなんて考えずに殺してしまえと、そういう意味。


「さて、俺たちはどうすっか——いや、考える必要なんてねえか」


 その言葉の意味はわからなかったが、次の瞬間理解することができた。強制的に理解させられたというか……端的に言えば襲撃にあった。


 窓を突き破って外から矢が飛んできた。

 あの窓ガラスは一応金かけてるだけあって俺が全力で物を投げても割れないくらいの丈夫さはあるんだけど、それを容易く砕いて部屋の中に入ってきた。


 飛んできた矢は親父の頭を狙い、突き進む。が……


 親父が手に持っていた剣を軽く振るうと、矢はカツッと小さな音だけ立てて上にはじかれた。

 鏃は金属だろうし、普通は剣と矢という金属同士がぶつかったらあんな小さな音では済まないはずだ。

 だがそれでも親父はやってのけた。それがどれほどの技量なのか想像もできないが、到底俺には無理だということだけはわかった。


「弓か。……第六ってところか?」


 上に弾き、落ちてきた矢を掴んだ親父はその矢へ軽く視線を向けると小さく呟いた。


 第六って、そりゃあ第六位階ってことか? ……今の一撃でわかったのかよ。


 第六位階なんて普通なら恐を感じるような強敵なはずなのに、俺はむしろそんな攻撃を容易く止め、さらには相手の位階まで看破した親父の方が恐ろしい。


 このおっさん、本当に物語の主人公やってんじゃないのか?


 そんなことを考えて親父のことを見ていると、割れた窓から何者か——この状況では確実に敵なわけだが、ローブを被った人物が部屋の中に入ってきた。


「おーおー、かっこいい登場だな。でもわりぃが玄関は別にあんだ。正面から出直してくんねえか? できれば前もって予告を出してからきてくれるとなお良しだな」


 親父は襲撃者に対して冗談っぽく言ったのだが、襲撃者は聞く耳を持たず取り出した短剣で親父に攻撃を仕掛けた。


「ま、聞くわけねえよな……っと」


 しかし、そんな襲撃者の攻撃も持っていた剣で容易く弾いていく。


 斬りかかられ、突き出されたとしても親父は一撃も受けることなく全てを事もなげに逸らし、弾く。


 親父はまるで敵の攻撃が何がどこに来るのかあらかじめわかっているように避け、その動きは時間が経つごとに良くなっている。


 これ、俺やることないな。


 親父と襲撃者の戦いを見ていると親父わずかに押している程度に見えるが、周りにある状況を見るとその評価は全く違うものだとわかる。


 何をもってそう評したのかというと、家具だ。部屋の中であれだけ戦えば傷の一つでもついていいはずなのに、部屋は荒れこそすれど家具には剣戟の傷など一つもついていないのだ。

 これは親父が傷つけないように戦っているからに他ならない。


 俺だって一応『播種』を使えば戦うことはできるんだが、使わなくてもなんとかなりそ——あ、そういえばやることない以前に今の俺は種を持ってないんだった。

 あのスキルは種がないと発動しない。常にポケットに種を入れてはいるけど、それを手に持ってないと意味がない。襲撃がわかった時点でもっておくべきだった。


 くそっ。こう言った事態に慣れてないからって油断しすぎだろ。


 自分の不手際に苛つきながらも、ポケットの中に手を突っ込んで種を握りしめるとそれを取り出した。


「さーてっと。それで? お前らはなんのためにここに来たんだ? 素直に吐いた方がいいと思うぜ?」


 だが俺が取り出した種なんて使う間もなく戦いは終わり襲撃者は短剣を弾かれて体勢を崩し、そのまま床に膝をついた。

 親父は剣を肩に担ぐと、そんな襲撃者に向かって言葉を投げかけるが……


「くっ、舐めるな! 姫さまは必ず取り戻してみせる!」


 予想通りまともな答えは返ってこなかった。まあそうだろうな。でも……姫さま?


「あ? 姫さま?」


 親父も疑問を感じたのだろう。呟きながら顔を顰めたその瞬間、膝をついていた男が親父に向かって動き出し、それと同時に破れた窓から矢が飛んできた。

 どうやら先ほどの矢はこいつではないようだ。


 しかし、考えてみれば当然だ

 弓を扱う天職を第六位階まで育てたのに、接近戦も親父と戦える程度まで育てたってなると副職も同程度、もしくは第六よりも上ってことになる。それはいくらなんでもないだろう。


 なのでここを襲うのは弓とこいつで二人いたと考えるべきだった。


「死ねえっ!」


 だが、そんな奇襲も親父には意味がなかったようで、剣を一振りしただけで終わった。


 でも……なんだ今の?


 今の親父の攻撃は確かに剣を一度振っただけだった。だがそれは、目の前にいる男を斬ったもので、矢には何の対処もしていなかったはずだ。それなのに親父に向かって飛んでいた矢は弾かれた。


 まるで二箇所を同時に攻撃したような、そんな不思議な光景。第何位階なのかわからないが、多分今のが『剣士』のスキルなんだろう。増える斬撃、とでも言えばいいのか?


 そうして親父の一撃を受けた襲撃者は後ろに吹き飛ぶように倒れた。これでこいつは終わりだ。

 だが、よく見てみるとその襲撃者は切られたはずなのに血の一滴も出ていない。


 今のを防いだのか、と思って親父の顔を見てみる。襲撃者を倒したと思って油断してたら流石の親父でも不意を撃たれるかも知れなかったから。


 だが、親父は倒れた襲撃者から目を離すことはないので致命傷にはなって無いことは理解しているんだろう。もしかしたらわざと斬らないようにしたのかも知れない。


「さて、ご尊顔はどんなでしょうか、っと」


 致命傷にはなっていないとは言っても、それでもまともに動くことはできないようで親父が近づいても襲撃者はなんの反応も示さな。……というかこれ、気絶してるのか? まあそれもわかる一撃だったか。


「まあ予想はしてたが……エルフか」


 襲撃者のそばにしゃがみ込んだ親父が敵のフードを外すと、そこには人間と同じような顔だちをした、でも耳だけが人間とは違って尖ったように伸びた姿をした女がいた。早い話がエルフだ。


 しかし、敵がエルフだろうってのは俺もある程度予想していた。それは親父もだろう。

 だってここにはエルフの『姫様』がいて、この女は「姫様を取り返す」って言って襲ってきたんだ。

 その二つのことに繋がりがあると考えるのは至って自然なことだろ?

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