第40話襲撃
「——相変わらずすごい回数よね」
外に出てスキルを使い始めた俺だが、そんな俺の様子を見ながらリリアはもらったものの中にあったぬいぐるみを手に持っていじっていた。
この街にそんなファンシーなものがあったのかと思ったが、子供はいるわけだし欲しがるやつもいるだろうから商売にはなるのだろう。
そばにはソフィアとジートがいるし、見た目だけならお嬢様と使用人と護衛って感じだな。
まあ一応間違ってないか。ソフィアは使用人だし、ジートは護衛だからな。どっちもリリアのではなくて俺のだけど。
「おまえは——っ!?」
お前はスキルの回数稼ぎとかしなくていいのか、そう言おうとした瞬間に頭の中で何かが繋がった感覚がして、それから一瞬遅れて何かが弾けたような痛みに襲われた。
「え? なに? なに!? どうしたのよ!」
「ヴェスナー!?」
「ヴェスナー様!?」
「あた、ま……」
「なに? 頭? 頭がどうしたの? 頭が悪いの?」
てめえ言い方考えろや! せめて頭が痛いの? くらいにしとけよ!
痛みのせいで頭を押さえながら倒れた俺の元に駆け寄ってきたリリアとソフィアとジートだが、リリアに関してはその言葉選びが悪すぎるだろ。痛みのせいでろくに考え事なんてできないってのに、思わず心の中せそう叫んでしまった。
だが、それ以上は何もできない。何かを考えることも、考えついた何かを言葉にすることも、今の俺にそんな余裕なんてない。なにせ、先ほど感じた痛みは今もなお俺を襲い続けているのだから。
……でも、なんだこれ。なんかわけわかんない声っていうか、なんか伝えようとしてる意思——そう、意思だ。それが俺の頭の中に響いてきてる気がする。
言葉にすらならないそれらだが、無理矢理言葉にするとしたら……危ない、だろうか? なんだか危機感を煽るような、そんな感じがする。
頭の痛みで今の状況も対処法もろくに考えることすらできないってのに、なぜかそのことに意識が向かってしまう。
だが、危ないとはなにがだ?
なにが起きるってんだよっ!
俺はそう苛立ちまじりにこのうるさい意思を送ってきているやつに向かって心の中で怒鳴るが、当然返事は返ってこな——
——攻撃。敵意。害意。
返ってきた。
今回もはっきりしたものではなくおおよその意思だけだったが、それでも内容は理解できた。
どうやら俺を狙っているやつがいるらしい。
そして雑多でまともに聞き分けることのできない意思の集まりだったそれらだが、敵の存在という一つのことに向けられたためか、それまでの痛みが多少マシになった……気がする。相変わらずクソ痛えけど。
けど、耐えられないほどではなくなった。
それから少しの間、時間的にはどれくらいだろうか? 数秒ってことはないだろうけど、数分くらいか? 俺としては数時間くらい続いたように感じるが、流石にそれはないだろうから、やっぱり数分程度だと思う。それだけの時間が経つと、頭の中にあった痛みにも慣れ、なんとかまともに思考することができるようになっていた。
でも、なんだったっけ? ……ああそうだ、敵意だ。
痛みから復帰したばかりの頭で今の状況を思い出し、確認していくが、相変わらず頭の中には俺に向けられている敵意の存在を教え続けられているせいですぐに思い出せた。
……けど、この館の中で俺を狙うってのは誰だ? この町で暮らしててここを狙うようなやつはいないと思うんだけどな。
可能性としてはこの街に来たばかりの無知で考えなしな奴。国からの刺客。他の地区のやつら、ってところか?
でも、一番可能性として高いのは中央区の奴らじゃないかと思う。以前にちょっとあそこの息子と揉めたしな。
だが、そんなことは今俺が考えることじゃない。
今俺が考えるべきは、もし本当に俺を狙っているやつがいるんだとしたら、それにどう対処するかだ。
しかし、対処するにしても相手も場所もわからなければどうしようもない。どうやら問いかけると答えが返ってくるらしいし、どこにいるかも聞いたら教えてくれるだろうか?
——後ろ。
……教えてくれたな。相変わらず言葉にならない意思だけだったが、それでもおおよその理解はできる。
とは言っても、この答えが正しいとは限らない。なにせ姿も見せずに突然聞こえてきたのだ。完璧に信じろというのは難しい。
でも、もし正しいんだとしたらまじでなんなんだこいつは。
こんな突然接触してきて……なにが目的だ? このタイミングでってのは何か理由があるんだろうか?
……なんにしても、今は信じるしかないか。
それに、この街でこんなことを言ったらダメなのはわかってるんだが、なんとなく信じてもいい感じがするしな。
「ジート、ちょっと——なんでエミールがいるんだ?」
敵の存在とこれからについてジートに話そうとしたのだが、なぜか先ほどまではいなかったはずのエミールが現れていた。
「坊っちゃんが倒れたのが見えやしたんで、勝手ながら出てきやした」
「そうか」
まあこいつはこいつでどこかに隠れながら俺たちの様子を見てたんだろう。
普段はそんなことはないが、今はリリアがいるために監視が付くってのは聞いていた。そんな状況で突然俺が倒れれば出てくるか。
「心配しやしたよ。突然倒れたもんですから」
「悪い。俺にも何が何だかって感じなんだが……ジート、エミール。ちょっといいか?」
「どうした——っ!」
「……なんですかい?」
俺はエミールの心配を話半分で切り上げ、なんでもないかのように二人に呼びかけながらあからさまにならないようにハンドサインで敵の存在を伝える。
それを伝えた瞬間ジートは顔をこわばらせ、エミールは一瞬だけ目を見開いた。
だがそれも本当に僅かなことで、すぐに周囲を警戒するように視線を巡らせ始めた。
「倒れたし調子が悪いみたいだからそろそろ部屋に戻ろうと思ってな。親父は執務室にいるよな?」
「ああ。特になにがあるって聞いてるわけでもねえし、この時間ならいるだろうよ」
「でも、〝本当に〟大丈夫か?」
「ああ。信じてくれて構わない。それに、〝背中〟が気持ち悪くて仕方ないんだ」
少し違和感のある言葉になった気がするが、多分聞いただけでは普通の会話に聞こえたことだろう。
だが実際の内容は違う。今俺たちが言いたかったことは、『本当に敵がいるのか』ということと『背後にいる』ということだ。多分通じただろう。
「そうか。ま、後片付けは俺がやるから、エミールが付き添いでいけ」
「わかった」
そう言うとジートは俺の頭に手を置いてから、「行け」とでも言うかのように軽く押し出した。
「あ——」
ジートの手で体を押された俺は、どうすればいいのかわかっていないようで狼狽えているリリアとソフィアの手をとり、怪しまれない程度に早足で館の中へと戻っていった。
「あの、ヴェスナー様。何が……」
「ね、ねえ、ちょっと。あんた大丈夫なの?」
「平気だから歩け」
俺が倒れたことでどう動けばいいのかわからなかったんだろう。リリアとソフィアは俺が起きてから一言も言葉を発することはなく、今になってようやく戸惑いながらも俺の身を案じるように問いかけてきた。
心配してくれること自体はありがたいことなのだが、いかんせん今はまともに答えている余裕はない。
そのためにそっけない返事になってしまい、手を引かれているリリアが「何よ〜」なんて不満を言っているがそれも今は無視だ。
「坊っちゃん。なんでわかったんですかい?」
親父の執務室へと向かっている途中で、先頭を進んでいたエミールがあたりを警戒しながらも俺に問いかけてきた。
「なんか頭ん中に変な声みたいな漠然とした意思っぽいのが響いたんだよ。危ないってな」
「漠然とした意思? 誰から?」
まあ、そんな説明じゃわからないよな。けど、そうとしか言えないんだよ。
「わからない。でも、なんとなく信じてもいい感じがしたんだ」
エミールがこっちを振り返ってきたがその顔は疑っているようだ。でもそうだろうな。普通ならこの街でそんなことを言われても信じられるわけがない。
「信じてもいい感じ、ですか……なら、この行動自体が罠の可能性も——」
「ねえねえ、なんの話してるの? なんで急に戻るのよ。あんたほんとに大丈夫なの?」
だがそこで、ついに置いてけぼりになっている状況に嫌気がしたのか、リリアがエミールの言葉を遮って話しかけてきた。
「誰かに狙われてるんだよ」
「狙われてる? なんでよ。誰から狙われてるっていうの?」
「お前もここがどこだか知ってるだろ。敵なんて多すぎて誰が誰だか遭遇するまでわかんねえよ」
本当に血が繋がっているわけではないが、俺はこの街の東区を治めるボスの息子だ。狙われる心当たりなんて多すぎてわかるわけがない。
「……つまり、暗殺?」
「暗っ!?」
リリアの言葉にソフィアは驚きをあらわにして叫んだが、それでもこんな街のこんな場所で働いているからだろう。足を止める事もなく、すぐに落ち着いた態度に戻った。
「多分だがな。けど……お前なんでそんな楽しそうなんだよ」
だがリリアの言葉を肯定すると、なぜかリリアは目を輝かせて楽しげな反応を見せてきた。
「え? そりゃあまあ……ねえ? せっかくこの街に来たんだし、それらしいことが起こってもいいのになんて思ってないわよ?」
……ああ。『悪』に憧れるなんて馬鹿みたいな憧れを持ったから、『刺客に狙われる』なんてそれっぽい状況が来たことを喜んでるのか。
相変わらずのお花畑め。この状況で危機感を持たないとか、もし俺がこいつに出会わなかったらマジで死んでただろこいつ。
「そ、それよりも! その敵のことを知ることができた理由が、さっきしてた話?」
露光な話題転換だが、まあいい。今は追求してる時間がないし、どうせしたところでこいつの頭では本当の意味で言い聞かせることはできないだろうから時間の無駄だ。
「そうだ」
なので頷いたのだが、続いたリリアの言葉で俺は足を止めてしまった。
「それってさあ、植物の声じゃないの?」
そんな場合ではないというのはわかっているのに、それでも思わず足を止めてしまう。それほどまでに今のリリアの言葉は衝撃的だった。
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