第39話お散歩終了
「な、なによ?」
〝いかにも〟なやつに話しかけられたからか、リリアは一瞬怯えたように体を引いたが、すぐにここが憧れの悪の巣窟である酒場であるのを思い出したのか真っ直ぐに見返した。でも、今更悪役のロールプレイをしたところで本性はバレてんだろ。ガキが背伸びして強がってるようにしか見えない。
「う……。いや、あれだ。ここは初めてみたいだからな。一杯奢ってやろうかと……なんだ。思ってな……」
自分のことを怖がったリリアを見て悪いことをしたとでも思ったのか、話しかけてきた厳つい顔のチンピラっぽいやつは怯み、それでも話を続けたのだが結局その言葉は尻すぼみになっていった。
だが……
「ほんとっ!? ありがとう!」
「お、おう! 気にすんな!」
酒場で奢ってもらうという経験がなかったからだろう。何せお嬢様だしな。リリアはそう言ってきた男に満面の笑みを向けた。
男は照れたように叫ぶと顔を背けたが、その顔はにやけている。
そしてその様子を見た周りの奴らも顔や身なりに合わず優しげで楽しげな笑みを浮かべた。
……なんだこの空気清浄機。こいつ、ただのポンコツではなかったのか!?
そんなことを思ってしまうくらいに場の空気が普段とは違う。
こいつらはその見た目や粗暴さから敬遠されてただろうからな。怯えても向き合ってくれて尚且つ笑いかけてくれる美少女のことが嬉しいんだろう。
そしてそこからは他のやつもリリアに話しかけ、なんか色々と奢ってもらうことになったのだが、リリアはその全てに楽しそうに笑みを返しながらお礼を言い、嬉しそうに出されたものを食べていた。
楽しそうでなによりなんだが、ここはまだ一軒目だぞ?
それに、これはどう考えても『悪』って雰囲気じゃねえよなぁ。いや本人がいいならいいんだけどさ。
しばらくして他にも行く場所があるんだと思い出したリリアが声を上げたことでお開きとなり、俺たちは——というかリリアは惜しまれながら一軒目の酒場を後にすることとなった。
その後は雑貨屋や武具屋、情報屋などにいったのだが、結構深いところにも言ったはずなのに行く先々でなんかおまけをもらったりすることとなった。
リリアみたいなやつが珍しいのはわかるが、この街ってこんなんだったっけ? と思わざるにはいられない。多分みんな可愛いものに飢えているんだろうな。小動物のペットとかそういうの。
「ねえ」
「ん? なんだ?」
そんなこんなでしばらく街を歩いていると、両手に一杯の食べ物を持ったリリアが話しかけてきた。
「そういえばなんだけど、この街って冒険者ギルドってないの?」
「ああ……。まあこんな街だしな。あっても意味がないんだよ」
冒険者ギルドね……俺も初めて街に出ることができるようになった日には探したもんだ。だって異世界だし。探すのはそこそこ〝嗜み〟があるやつにとってはある意味当然だろ?
けど、残念なことにこの街に冒険者ギルドなんてものはないんだよ。
リリアが知っているように、この世界自体には冒険者ギルドはある。が、この街にはないんだ。
「そうなの?」
「自分たちで大半はなんとかするからな。物資の調達も、敵対存在の処理も、全部それぞれの地区のボスとその傘下が対処してる。冒険者やギルドにとっては、ここは厄介で危険なだけで金稼ぎには適さない場所なんだよ」
結局のところ、冒険者なんて言ってしまえば〝何でも屋〟だ。採取も護衛も討伐もなんでも仕事にする奴等。それが冒険者だ。
その仕事を否定するつもりはないし、むしろ俺だって冒険者になりたいのだが、いかんせんそれが仕事である以上は仕事がない場所にはいないのだ。
この街は五人のボスによってそれぞれの地区を管理されているわけだが、自分たちの管理する地区で問題があってそれを片付けられないとなれば他の地区のやつに舐められることになる。
なので街の外であろうと中であろうと、それぞれの担当する方角に関してはその地区のボスが放っておかないし、街全体のことなら敵対しないで協力して問題を片付ける時だってある。この街が危険な立場にあるってことも、街が壊れたら元も子もないってことは全員がよくわかってるからな。
だから何でも屋みたいな仕事をする冒険者はこの街では仕事がない上に、そもそも自分たちと同じ組織に所属していないんだから信用されていないので仕事なんて頼まれない。
傭兵は傭兵でギルドに所属してる奴を頼らなくても自前の戦力がそれぞれの家にいるからな。というかこの街のやつ全員が傭兵みたいなもんだ。この街ではパン屋の娘だって人を殺せるぞ。なんなら七、八歳の子供だって普通の家に入る強盗程度なら返り討ちにできる。当時五歳で戦闘訓練をやらされた俺が証明する。
まあ、そうは言っても立地的には冒険者に限らず商人達も食い込みたいと思ってるほど稼ぎやすい場所ではあるんだから、この街に居付けないことを悔しがっている奴らはそれなりにいるだろう。
何せ近くにはエルフの住まう森があり、そこには貴重な素材や魔物の存在なんかがある。
加えて、国境から近いってことで他国にも行きやすいため、交易拠点と考えれば需要はかなり高い。
冒険者も商人も技術者も、全員の利点がここには集まっている。……犯罪者が集まってることで台無しになってるけどな。
「そんなわけで、冒険者なんて職業のやつはここには滅多にいないんだよ。〝元〟ならいるだろうけどな」
「ふーん」
「んで、まあそれはそれとして、だ。そろそろ帰るぞ。十分楽しんだろ?」
「んー、そーねー。今日はこのくらいでいいかしらね。あとはまた明日にしましょうか」
「明日もあんのかよ……」
楽しげなリリアとは対照的に、俺は明日も続くらしい子守りにため息しか出ない。
屋敷に帰った俺たちだが、俺はリリアを部屋に戻したあとは親父のところに行って軽く報告をした。
こっちの話したこと程度は親父はもう知っていたが、それでも認識を揃えるって意味では意味があったとはずだ。
今日最大の難所が終わったのだからあとは消化試合のようなものだ。屋敷にいるんだから襲われることもないだろうし、心置きなくスキルの修行ができる。
いつものようにぶっ倒れるまでスキルを使うつもりはないが、それでもそれなりの回数を使ってないと落ち着かないので、俺はこれから修行に入る。
客人? 知ったことか。どうせ限界までやらないんだったら三十分程度で終わるんだから、んなもんソフィアや他の使用人達に任せておけ。それぐらいは待ってられるはずだし、その許可はさっき親父から取った。
「あら? どっかいくの?」
「スキルの修行だよ。今日の分のノルマをこなしたいからな」
「へー。ご苦労なことね……」
俺の部屋でソファに寝転がりながら今日買ったりもらったりしてきた諸々を食べていたリリアだが、俺が部屋着ではない服に着替えているのに気づいて問いかけてきた。
「よいしょっと」
それ自体はもう隠すことでもないので素直に答えたのだが、何故かリリアが体を起こしてソファから立ち上がった。
「どうした? 急に立ち上がって」
「? だって昨日の場所に行くんでしょ?」
「……俺はな? ソフィアはおいておくからお前は部屋でそれらを片付けとけよ」
「一人で食べても美味しくないじゃない。せっかくなんだから見ててもいいでしょ」
「……まあ、いいけど」
一緒にいるというのならそれはそれで構わない。元々こいつの監視——じゃなくて接待のために一緒にいろって言われていたところを、わざわざ親父に話をつけてスキルの修行の時間を作ったんだし。
見てても飽きるだろと思ったんだが、こいつから一緒にいると言い出したんなら居させればいい。どうせスキルを使うところは既に見られてるんだし問題はない。
そんなわけで俺たちは庭に出ることになったんだが……
「お前その格好は……」
「何よ、しょうがないじゃない」
今のリリアは今日の散策中にもらったものを耐えることなく口に運び続けている。
だが、大量にもらったそれらはそのままでは持ちきれず、途中で袋をもらってそれに詰めて持って持ち歩くこととなり、それは今も同じだった。
しかしいくら袋を貰ったと言っても、中に入れるものは食べ物だ。全ぶ混ぜてぶちこむわけにはいかない。そのため一つの大きな袋ではなくいくつもの小さな袋に入れて持ち運ぶことになったのだが、両手からぶら下げられるいくつもの袋はまるで拘束具でもつけているかのようにすら見える。
「どうせ全部食べきれないんだし、いくつかは置いてけよ」
「いやよ! これは私がみんなからもらったものなの! 誰にもあげないんだから!」
「誰も盗らねえよ……」
俺呆れてため息を吐き出すが、でもこれはアレだろう。子供がおきに入りのおもちゃを買ってもらって手放そうとしない感じのアレ。つまり、それだけ嬉しかったんだろう。
「まあいいか。転んだりするなよ」
俺は忠告しながらも、何を言っても聞かないだろうなと判断すると軽く息を吐いてから外に行くことにした。
「馬鹿にしないでよね。これくらいで転んだりなんてしないんだか——びゃあああ!?」
リリアはそんなことを言って調子に乗りながら歩き出したのだが、、俺の後をついてくる際に部屋のドアのわずかな段差に躓いて転んだ。
が、今回は顔から床に激突する前に近くにいたソフィアが支えたことで完全に転ばずに済んだ。
「あ、ありがとう。……びっくりしたあー」
「だから言っただろうが」
転びかけてソフィアに支えられてるのに手から食べ物を手放さないあたりはすごいと思う。どうしようもない凄さだけどな。
そんなリリアに呆れのため息を吐き出すと、俺はそのまま無視して再び歩き出した。
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