第38話街の案内

 

「——これである程度は決まったか」

「そーねー」


 こうして地図である程度向かう先や使う道を先に決め、それを親父に知らせておくことで何かあった時に対処してくれるようになるだろう。


 にしても……


「武器屋と酒場と、あとは情報屋か。それも、全部が全部結構深いところのやつ。こりゃあまた〝らしい〟ところを選ぶもんだな」

「とーぜんでしょ! それを見るためにここに来たって言っても過言じゃないんだから!」


 過言であって欲しかった。王女ならもっとこう、違うもっとまともな理由でここにきて欲しかった。いや、それはそれで面倒か。本音を言うならそもそもこの街に来て欲しくはなかったな。


「はぐれるなよ。お前なんてこの街じゃすぐに捕まって売られるぞ」

「大丈夫よ! 家から出てきた時だって問題なかったんだから


 そういやあ、こいつどうやってここにきたんだ? 王女さまってんならそれなりに警備が厳重なところに暮らしてたと思うんだが、こいつが抜けて出てこられるような警備なのか? ……いやそれはないだろ。


「お前、どうやってここにきたんだ? 誰かに見つかったりしなかったのか?」

「ふふん! それなら大丈夫よ。魔法を使ったから誰にも見つかってないわ!」


 ……見つからなくなるような魔法なんてあったか?

 一応自分が使わないものでもスキルや魔法関係のことは調べたんだが、『盗賊』や『暗殺者』みたいな天職以外で姿を隠すようなスキルや魔法なんて知らない。


「どんな?」

「光魔法の一つでね、こう、ススーっと姿を消せるのよ」


 ススーって表現はわからないが、光魔法ってことは光を曲げる的なあれだろうか。もしくは保護色?


 どっちにしても随分と厄介なもんを持ってるもんだな。それがなければこんな事態にならなかっただろうに。


 そういやあ、こいつの天職ってレベルいくつなんだろうか? 姿を隠すなんて王道から外れてそうな魔法なんて低位階で覚えるものか?


「おうおう、まだ出てねえのか」

「あ、親父」


 が、少し気になったそのことを聞こうとしたところで親父が部屋にやってきた。


「予定は決まったからこれから——」

「あ、あの! ちょっといい! ……ですか!?」


 だが、俺が親父の言葉に答えようとしたところでリリアが遮った。

 言葉遣いを慌てて直したのは親父に対して憧れを持っているからだろう。


「ん? おお、なんだ?」

「ヴォルク様は今までどんな信念を持って『悪』をなしてきたのでしょうか!?」

「……あ?」


 多分だが親父はこの後の外出とか館での生活についての話とかだと思ったんだろう。


 だがそんな訳のわからない斜め上のことを聞かれてしまったせいで、普段の親父からは考えられないような、見たことのないような間抜けな表情を晒している。


 そして親父はその間の抜けた表情を消して眉を寄せて難しい表情を作り、俺を手招きして小さな声で問うてきた。


「……おい。これはなんだ?」

「ああ。多分昨日のエミールから聞いた話に感化されたって言うか、まあそんな感じだ」

「あー……」


 エミールの話術について知っているからだろう。親父は納得したような声を漏らすと髪をかきあげるようにして頭に手を当てた。


 そのまま何かを考えたのだろう。親父は頭から手を下ろすとリリアへと視線を向けた。


 リリアは相変わらず輝いた瞳で親父へと視線を送っているが、そんなリリアを見て親父は口を開いた。


「いいか、リリア。悪ってのは、言葉で飾るもんじゃねえ。背中で語るもんだ。そいつの歩んできた足跡がそいつの人生を知らしめる。口で広めるなんざぁ情けないだろ? だから俺は何も語らねえ。俺がどんな道を歩んできたかは、自分の道を進んでから考えてみな」


 正直、そのセリフを言いた直後はこのおっさんが何を言っているのかわからなかった。

 だってあんた、そんなキャラじゃないだろ? 似合わなすぎて、言葉の意味が理解できた瞬間鳥肌立ったぞ。


「わあ……かっこいい!」


 ……だろうな。だってそのおっさんスッゲーかっこつけてたからな。

 でも周りを見てみろ。ここにいる奴らの半分くらいは笑ってんじゃねえか。


「んんっ! ……まあなんだ。好きなように行動して、思うがままに生きろ。とりあえず今は街に行け。そうすれば何かわかるかもしんねえぞ?」

「はいっ!」


 かっこつけた恥ずかしさから俺たちを追い出してこの場を去りたいんだろうが、あからさますぎるし何が言いたいのやらって感じだ。


 何かわかるかもって、何がわかるんだよ。これ、なんかそれっぽいことを言っただけで、多分本人も自分が何言ってるのかわかってないだろうな。


 別にいいけどさ。元々街にはいく予定だった訳だし。


「それじゃあそろそろ行くよ。よろしくな」

「ああ。——おら! おめえらいつまで遊んでやがんだ! さっさと仕事に移れボケども!」


 親父にドヤされるなり周りにいた奴らは動き出したが、多分それは俺たちの向かうルートの先に先行するためだろう。


 そんな様子を笑って見ると俺は装備を整えるために一旦自室に戻り、武器や道具を確認してからリリアの手を引いて出かけるのだった。




「——ここが酒場ね! いいじゃない。見るからに悪そうな奴らがいて!」


 館を出てまず最初に行ったのは街の酒場だった。

 それは家から一番近かったから、なんて至って普通の理由だったが、入った瞬間にキラキラと目を輝かせながら建物の中を見回したリリアが空気の読めない発言をするや否や、酒場で酒を飲んでいた奴らが一斉にこっちを向いてきた。


 まあ子供がこんなところに来るなんて目立つからな。いないわけでもないが、それは乞食や仕事をしている奴らであってこんな身綺麗なガキは来ることはない。


 まるで自分たちを見世物のように見ている女のガキが気に入らないのか、一部の奴らが立ち上がろうとしたが、俺たちの背後にいるジートを見て席を立つのをやめたようだ。

 そしてそれまでのように飲み直し出したが、その意識は完全の戻ることはなくこちらに向けられている。


 親父の部下——特に最初にいたメンバーたちは五帝の配下だって有名だからな。ここで飲んでるようなやつはたとえ酔っていても喧嘩を売るようなことはしないだろう。


 だが、こちらを見ている奴や周りの空気など知ったことかとばかりにリリアは先に進んでいく。


 どこに行くのかと思ったら、真っ直ぐとカウンター席に向かっていき、そのまま座つもの。そして……


「いつものを」


 なんて、あたかも常連かのように酒場の店主に注文をしやがった。


「……ああ、わかった、ちょっと待ってな」


 店主はリリアのことを知らなくても俺たちがいることから邪険にすることはできないと判断したのだろう。一瞬だけ俺たちに視線を向けると再びリリアに視線を戻して答え、何かを作り始めた。


 何を作ってるんだと思いながら俺もリリアの隣の席に着くが、その際に背が足りなくてジートに持ち上げられて椅子に座らされた。……早く大きくなりたい。


 席について待っていると、それほど時間を置くこともなく何か飲み物が出てきた。これは酒……ではないな。嗅ぎ慣れた匂いがしない。


 頼んではいないがリリアの分と一緒に出されたそれを飲んでみると、苦味となんかわからない雑味がある葡萄ジュースだ。多分アルコールを飲ませるのはまずいと思って酒っぽい雰囲気を出せる何かを出したんだろう。

 咄嗟の判断でそんなものを出せるとは、ここの店主はなかなかやるな。


「んえ〜……」


 思ったほどおいしいものではなかったからか、リリアは眉を寄せて舌を出している。

 だが、それでも酒(っぽいもの)を飲んでいるという事実が嬉しいのか、もう一度口をつけてなんでもないかのように飲んだ。実際には本人の気づかないうちに顔が顰められていたが。


 リリアが酒もどきを飲み切ると、今度は簡単な料理が出てきた。料理って言ってもソーセージを焼いたものやさほど量のないスープという本当に簡単なものだが、それでもリリアはこの店に入ってきた時のように目を輝かせている。


「んー! おいしいわね!」


 当然ではあるのだが、味で言えばうちで出たものに劣るだろう。だがそれでも楽しそうに頬張って店主に笑いかけている。


 そんなリリアの笑みを受けて、店主は何度か目を瞬かせた後にぎこちないながらも笑みを返した。


 ……なんか、さっきまでとは違う雰囲気になったな。柔らかくなったっていうかなんというか……ほっこりしてる感じ?


 軽く見回してみると、全員の視線はこの店の中で異色を放っているリリアに向けられている。


 何人かの目を見てわかったのだが、多分これはアレだろう。リリアのことを見ているのはロリコン的なアレではなく、子や孫を見るような、オヤジやジート達が俺に向けるような視線と同じ類のものだと思う。


 ここにいる奴らは親父の館から近いこともあって、まだ〝浅い〟奴らだ。犯罪者や傭兵崩れではあるが、常識や理性のない奴らではない。まあ、犯罪者に常識があるってのもアレな感じはするが。


 それはともかくとして、ここの奴らはまだ『普通』の範囲だ。だが家族を持っている奴は少ないのだろう。

 ひねくれていない、『普通の子供』のようにしているリリアのことが可愛く思えるんだろう。


 なんて状況を分析していると、一人の厳つい顔をして武器を身につけた男が席を立って俺たちの方へと歩き出した。

 そんな男に警戒したが、どうにも敵意はない感じだ。むしろ見た目にあわず弱々しい雰囲気を出しているように思える。

 ジートが止めないあたり問題はないのだろうと思うが……さて、何をしようとしているんだろうか?


「……おう、嬢ちゃん」


 そのまま男は足を止めることなく俺たちの前に辿り着き、リリアに話しかけた。

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