第37話リリアの遊び相手
そしてその後しばらくの間はベッドに横になって寝たふりをしていたのだが、リリアの寝息が聞こえてきたあたりで部屋に残っていたソフィアに後のことを任せ、俺は静かに部屋を出て親父のいるであろう食堂に向かった。
なんで食堂かって? そんなのいつもこの時間にはみんなで酒飲んでるからだよ。
「おう、来たな」
「ん、悪い。ちょっと手間取った」
「はっ、気にすんな。どうせ話すことなんざ大してねえんだからよ」
食堂に行くと、やっぱりと言うべきかいつものように使用人も主人も関係なしに適当に椅子に座り、なんかつまみを口にしながら酒を飲んでみんながそれぞれ駄弁っていた。
賊の集まりよりは行儀がいいんだろうけど、明らかにこんな屋敷に住むような奴がするようなことでもないよなと思わずにいられない。
だって親父は一応王様とか貴族のようなもんだぞ? それが〝こんな〟だなんて普通はないだろ。まあこの街自体が普通じゃないし、住民の大半は荒くれ者や犯罪者なんだから今更かもしれないけど。
「——で、早速本題だが、まずは流れの確認と行こうか」
酒瓶を片手につまみを口にしていた親父だが、俺が近くの椅子に座ると酒を置いてそう切り出した。
普通こんなに人が多いところで報告なんてさせないだろうが、その辺は緩い。聞かれても問題ないってのもあるだろうが、裏切るような奴がいないってのも理由の一つだろう。この街ではうちが一番待遇がいいだろうし。
まあそれはともかくとして、今はリリアの話だな。
「確認っつっても大したことはないぞ。孤児院に行って帰ろうとしたらなんか頭のおかしいやつが子供達の前で頭のおかしいことを言ってたんだよ。なんだと思って見てたら目があって、変なのに関わる前に逃げようとしたら泣かれたから仕方なしに近寄ったらエルフだった。んで、変なことになる前に回収してきた」
「ま、聞いてた通りだな」
だろうな。すでにジートから報告が入ってるわけだし、今のはあくまでも確認でしかない。
「そっちはどうなってるんだ? エディが森に行ったんだろ?」
「ああ。あいつの足なら二日もあれば戻って来れるだろうよ。——何事もなければ、な」
「何かあると思うか?」
「何もないと思う方がどうかしてんだろ」
だよなぁ。この街を警戒しているエルフ達だが、今はさらにリリアなんて爆弾がこっちにきてる。
リリアは自分の意思で出てきたわけだが、さらわれたと思ってもおかしくない状況だ。警戒も普段以上になっていることだろうし、何事もなくスムーズに終わる、なんてのは希望を抱いているんじゃなくて現実が見えていないだけだ。
「多分……つかほぼ確定事項だが、お前が連れてきたあのエルフの嬢ちゃん。それなりの身分だぞ」
「あー、まあそんな感じはしたよ」
何せ言葉も態度もそれらしすぎるからな。あれが普通なわけがない。
まあ正確にどれくらいの地位なのかってのはわからないが、それでも結構な——
「分かるか。ちなみに王族だ」
「へー……へええええ!? はっ? 王族? あれが王族?」
親父の言葉を一瞬だけ普通に流しそうになったが、まあ無理だったな。
「多分な。エルドラシルってのは向こうのトップの家の名だ。まあ王族ってのは俺たち人間に合わせた言い方だから正確には違うんだろうが、立場としては似たようなもんだ」
「……嘘だろ? あれが王族とか……」
でも俺が信じられないのも当然だ。だってあいつが……〝あれ〟が王族だなんて言われても違和感しかないだろ? あんな……あんなアホが王族って信じられるわけがない。エルフ達、色んな意味で大丈夫か?
「驚くのも無理はねえが、それよりも大事なのはあのお姫様をどうするかだな」
「……つっても、そっちはエディが行ってんだろ?」
仮に……そう。仮にあのポンコツがお姫様だったとしても、あいつがここへきたことへの対応はエディに任せたんだ。俺がどうこうできる類いのものでもないはずだ。
「ああ。だからどうするって言ってもそっちの対応じゃなく、お姫様本人への対応だ」
「あいつのか……すっげー嫌な予感がするんだけど……」
「気のせいだろ。でもあれの相手は任せたな」
「気のせいじゃねえじゃねえか!」
「つってもお前以外に相手するのに適任はいねえだろ。——兄貴」
「その呼び方すんじゃねえよ……」
リリアにされた馬鹿みたいな呼び方を親父に笑いながら言われたことでげんなりする。
だが、俺がやらなくてはならないと言うことも理解している。
「……期間は?」
ので、いやいやではあるがあの頭の中お花畑エルフの世話をすることを承諾した。
「さあな。エディの知らせを受けての向こうさん次第だから、こっちとしちゃあどうしようもねえ。ただ、見捨てることはねえはずだし、どんな立場かしらねえがあのお嬢ちゃんは『お姫様』だ。だからまあ、三日前後ってとこじゃねえの?」
「三日もあれの面倒を見るのか」
「まあ仲良くなって損はねえぞ……多分な」
まだ信じたくはないが、あれが本当にお姫様だってんなら確かに仲良くしておいても損はないだろうな。特にこの街ではエルフと仲良くすることができるんだったら多少の面倒ごとを受け入れるだけの価値はある。
……まあ、その面倒ごとを受け入れるのは俺なのだからいやすぎるけど。
「——はぁ。どうせ何言っても俺以外にやる奴いねえんだ。わかったよ」
「っし、助かるぜ。じゃー、あとはお前に任せたな」
「ったく、丸投げしやがって……」
話が終わると親父はまた酒を手にし、瓶に直接口をつけて豪快に飲み始めた。
そんな姿を若干恨めしく感じながら、俺もテーブルの上に置かれていたつまみを手に取って口に入れる。
……あ、美味しい。やっぱ酒がなくても干しイカって美味しいよな。おっさんくさいかもしれないが、これでも前世は成人してたんだからおかしくもないだろ。
「ああそうだ。あいつが街の観光に行きたいって言ったらどうすんだ? 今日だって何度かそう言った素振りを見せてたぞ」
つまみを食べながら適当に周りの奴らの話を耳にしているのも飽きたのでそろそろ寝ようかと思ったのだが、そこでふと質問が浮かんできたので聞いておくことにした。
「あ? あー、できればおとなしくしといて欲しいんだが……」
「エルフの国を単独で抜け出してくるようなやつだぞ? 不満があれば勝手にどっか行くんじゃねえのか?」
「ま、だろうな」
今日の報告から親父もその可能性は考えていたのか、さして文句を言うでもなく同意した。
「勝手な行動をされるよりは一緒にいたほうがいいか。……しゃーねえ。明日からはもう一人護衛をつけるし、必要なものがあったら言って構わねえ。街に出る許可は出すからなんとかして手綱をとれ」
「あれの手綱とか、無茶言いやがる」
それでもやるしかないんだけどな。
もしこれであのポンコツお花畑に逃げ出されたら問題だし、逃げ出した先で変な連中に捕まったら大問題だ。
「まあ、わかった。できる限りはやってみるさ。必要なものは何かあったらその時においおいな。今日はもう寝るよ。話も終わっただろ?」
「おう。ぐっすり寝とけ」
そう言葉を交わすと俺は食堂を後にして部屋に戻り、ソフィアを休ませてから自分も休むことにした。
そして翌日。
「——ねえ。街の案内はどうなったの?」
やっぱりきたか……。
翌日の朝食の時間となったのだが、その時にリリアはもぎゅもぎゅと口いっぱいに肉を入れて美味しそうに食べていたと思ったら、それを飲み込んでから突然言い出したのだ。
できれば忘れていてほしかった。そう思わずにはいられないが、それでも街に出たいと言い出すのは予想通りだ。
「ああ、それな。親父に聞いたら金をくれるって言うし、今日は街に行けるぞ」
「ほんと? やったあ!」
本当ならこいつの案内なんてせずにスキルの訓練をしたいが、そう言うわけにもいかない。
まだまだレベルの低い俺の天職だが、それでも役には立つのだから街に出るのであればできる限りスキルの使用回数を残しておいた方がいいだろうからな。
まあ、俺の今のスキル使用最大回数は七百を超えてるから多少ならば訓練に当ててもそうそう使い切ることはないだろうけど、でもそれならやる意味はあまりないので、だったらやらなくてもいいだろうと言う判断だ。
だがまあ、そう言った理由でスキル回数を温存する必要があるので、今日のスキルの修行はこいつに街の案内をしてからになる。しかもしれだってぶっ倒れるまで続けるわけにはいかないのだから、ため息しか出てこないよな。
「ただ、ちょっと待て。この街はそれなりに広いからな。あらかじめ行き先とルートを決めておいた方がいいだろ。それに護衛を用意する時間もいる」
「護衛? そんなのいらないわよ」
うん。お前はそう言うだろうと思ったよ。でもそう言うわけにはいかないんだっての。
「お前じゃなくて俺のだよ。この街は物騒だからな。みんな心配なんだそうだ」
「心配って……ぷぷっ。やーいおぼっちゃーん」
そう言っておけばこいつも断りはしないだろうと思っての判断だが、どうやらそれは正解だったようだ。
「そう言うお前もいいとこのお嬢様だろうが。振る舞いからそんな感じがするぞ」
「まあね。私ってば隠しきれないオーラが——じゃなくて、そんなことないわよ?」
隠してるんだろうが、迂闊すぎないかねぇ。まあ、どうせ正体なんてわかってるわけだし隠そうが隠すまいがどうでもいいんだけどな。
「とにかく、このあと地図を見ながらおおよその行先を決めるぞ。それによって必要な金も変わるしな。美味しいものを食いたいだろ? 金がなくて食べられない、なんてなったら悲しぞ」
「そうよね! 美味しいものは大事よね! うん。ちゃんと決めないと!」
リリアはそう言って笑顔で頷くと、楽しそうに朝食の続きへと戻っていった。
そして朝食を食べ終わった後は約束通りに街へ出かける前の打ち合わせだ。俺たちはこの街の地図を前にして話し合い、今日の行動予定を決めていく。
これが好きな人とのデートだったら喜んでやるんだが、実際には小学生の引率の気分だ。
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