第33話エルフという種族

 

 ……にしても、案外まともな態度できるのな。途中でもなんかお行儀のいいお嬢様って感じの態度は時折見え隠れしてたが、こうもはっきりと礼節ある態度をとるとまともにお嬢様に見える。


 しかしそんな態度と名前が、一つの考えを俺に強いる。

 ……いや、きっと気のせいだろ。いくらなんでも流石に〝これ〟が〝そう〟なんだとは思いたくない。


「そうか。俺は、まあ知ってると思うがヴォルクだ。家名はねえが、勘弁な」

「は、い、あ、いえ……! この街に住むヴォルクといえば、『東のボス』『黒狼』『城斬り』『絶剣』と他にも様々な呼び名で呼ばれている偉人です。家名など個人を判断するための標識でしかないのですから、むしろ必要ありません!」


 え……まじで? 親父ってばそんなかっこいい感じの名前で呼ばれてるのか?


 リリアの言葉を聞いて初めて親父の異名を聞いた俺は親父へと視線を向けてみるが、親父はわずかに眉を寄せて俺から目を逸らした。あれは恥ずかしがってるんだな。


 でも、へー。そうなのか。

 今まで親父の無茶話を聞こうとしたことはあったんだが、毎回はぐらかされたりして教えてもらえなかった。

 他の奴らに聞いても言い含められているのか、笑いをこぼすだけで詳細は教えてくれなかったし親父についてはほとんど知れていない。


 無理に聞くのも悪いだろうと思って最近では気にしないことにしてたんだが、それがまさかこんなところで聞けるとはな。


 親父としては多分恥ずかしかったんだろうと思う。あんな〝かっこいい名前〟をつけられて周りの奴らから呼ばれてたんじゃあそれも無理はないかもな。


「あー、まあ……そうかよ。だがあれだ。ここにいる時は、んなこっぱずかしい名前で呼ばねえで、『ただのヴォルク』として呼んでくれりゃあいい」

「は、はいっ! ただのヴォルク様!」

「……。…………まあ、いいか」


 リリアの頭の痛い返答に対してまさに頭が頭痛で痛いと言うかのような微妙な表情をし、諦めたように頭を振ってから息を吐き出した。


「とりあえず、せっかくうちに来たんだ。好きに寛いでけ。——ジートはちょっと話があるからこい」

「う、うっす!」

「おう」


 親父の言葉に頷いたリリアとジート。しかしその返事、ジートは普段通りだったのだが、リリアに関してはなんかもう、こいつキャラ変わってんじゃんと言うようなものだった。


「ヴェスナー。任せたぞ」


 それだけ言うと親父はジートを引き連れて階段を上がって部屋に戻っていった。任せるってのは、まず間違いなくリリアの対応だろう。ここでどっかに消えられても困るし、何かするにしても引き留めなきゃ行けない。その役目を俺にやれってことだろう。


 でもさ、一つ言わせてもらっていいか? ……ヴォルク、今のあんたはすごい変な奴だぞ?


 だって事情を知ってる俺だからいいけど、知らない奴からしたら階段から降りてきたやつがちょっと話しをしてまた階段を登って引き返すんだ。ちゃんと考えてみるとおかしいだろ?

 まあこの場にはそれをおかしいと思う奴はいないだろうけどな。仲間たちは事情を知っているからで、リリアはそこまで考える頭がないからって違いはあるけど。


「ああ、ここが『悪』の総本山——アジトなのね」


 チラリとそばにいるリリアに視線を向けると、やっぱりと言うべきか俺の持った疑問については気になっていないようで、なんだか感極まったように屋敷の中を見回している。


「とりあえず客間に行くぞ」

「え、あっ、ちょ、待って——じゃない。待ってくだせえ、兄貴!」


 その言葉を聞いた瞬間足を止めざるえなかった。


「……なあ、おい」

「はい。なんですか、兄貴。——あ、私のことはリリアと呼んでくだせえ!」


 まだ俺に名乗っていなかったことを思い出したのか、リリアはこの家に来る前までとは違った微妙な言葉遣いでそう言った。


「あー、わかった。そう呼ばせてもらう。代わりに兄貴って呼ぶのとその言葉遣いやめろや」

「? なんかおかしかったっすか?」

「どう考えても明らかにおかしいわボケ」


 セリフごとに言葉遣いが乱れてて統一性がないのだから、おかしくないわけがない。

 そもそもがそういう言葉遣いではないのに、憧れからなのかロールプレイなのか知らないが、無理をして使ってるから演技してる感が半端ない。っつーか演技にもなってないだろ。


「で、でも本とかではこんな感じで話してたし、この街の人たちだってこんな感じだったはずでしょ?」

「色々混じってんだよ。全部やりゃあいいってもんじゃねえだろ」


 闇鍋にケーキとラーメンを入れて美味しくなるかって言ったらならない。それと似たようなもんだ。

 美味しいものと美味しいものを足したからって、必ずしも美味しくなるってわけじゃない。

 日本にある方言全部混ぜて話してみろよ。何言ってんだこいつ? ってなるぞ。


「普段通りでいいよ。それからさっきも言ったが兄貴はやめろ」

「……わかったわ」


 俺の言葉を聞いたリリアは不承不承と言った様子で唇を尖らせたが、それでも言うこと自体は聞くつもりがあるようで元の言葉遣いに戻ったし、俺のことを兄貴と呼ばせるのも止めることができた。


「ねえねえ、隠し部屋とか秘密の通路とか世間には言えない秘密とかないの?」


 あるにはあるが、それを他人に言うわけねえだろ。

 態度を取り繕う必要がなくなったからか、リリアは憧れである『悪のアジト』を楽しそうに見回している。


 そうして楽しげに館の中を見回しているリリアを引き連れて応接室にやってきた俺たちだが、俺が席についたのに対してリリアは席を勧めても座ろうとしないで部屋の中を見て回って——いや、調べ回っている。


「ねぇ〜、暇なんだけど〜。もっとこう、なんか『悪のアジト』らしいことってないの?」

「悪のアジトらしいってなんだよ。ああほら、菓子が来たからおとなしく食べとけ」


 この家は『犯罪者たちの街のボスの家』ではあるが、少なくともこの館の見た目上は普通の金持ちの家と変わらない。そのせいでお嬢様なこいつは期待していたものが見れずに飽きたんだろうな。なんか落ち着きのなさそうな性格してる感じだし。


 本当ならこんなのに関わるのはめんどくさすぎて嫌なんだが、それでも面倒を見ないわけにはいかないので大人しくさせるために相手をするしかない。


「む〜、そんなんで……っ! うまっ! さすが悪のアジトなだけあるわね!」


 文句を言いながらも運ばれてきたケーキに手をつけるリリア。

 それまでの文句はどこへ行ったのか、ケーキを食べるのに夢中になっている。楽しそうでなによりなんだが、それで良いのか?


「……あ、そういえば街の案内がまだ途中だったわね。ねえ、今からでも——」


 だがリリアは意外や意外、ごまかし切られることはなかったようで暇潰しのために街に行こうと言い出し、最後まで言いかけたところでその言葉は遮られた。


「リーリーア様。少々よろしいでしょうか?」

「んえ? なあに?」


 言葉を遮ったのは俺たちと一緒に応接室の中にいた使用人の一人——ラックだった。


 俺ではなく使用人から声をかけられたことで不意をつかれたらしく、リリアは気の抜けたようなボケた声で返事をしながら首をかしげた。


「当家のシェフがお尋ねしたいことがあるそうなのですが、もしよろしければお答えいただけないでしょうか?」

「? いいわよ。なにが聞きたいの?」

「ありがとうございます。ではお尋ねしますが、なにぶん当家はエルフの方をお迎えするのは初めてでして、人との差異についてよく存じていないのです。ですので、今後のことも考え、できればエルフの方の好みの味や食材などをお教えいただけないでしょうか? 教えていただけるのでしたら、そちらを使ってデザートをお作りさせていただきます」

「え、デザート!? いいの!?」

「はい。情報は貴重ですから。生の声というものは何物にも変え難い貴重な情報となりますので」


 これは予定にはなかったはずだしシェフからの質問なんてのもなかったはずだ。そもそも質問なんて聞いている時間も隙もなかったからな。


 だがそれでもそう尋ねたのはこいつを引き止めるためだろう。


 引き止めるために出した話題が〝それ〟だったのは今のケーキを食べた反応からか、もしくはこれまでの態度を見ての判断か……なんにしてもナイスだ。これでしばらくは館の外に出ようなんて言い出さないと思う。多分。


「にしても、エルフねぇ……確か精霊の子孫だったか? でもなんとなく親和性っていうのか? んー、植物に感じる繋がりみたいなものも若干ある気がするんだがな……」


 目の前でエルフの食文化についてラックに話しているリリアだが、改めてその姿を見るとやっぱりというか、街で見かけた時と同じようにどことなく親しみを感じてしまう。なんだろう、この不思議な感覚は?


 俺は植物に対してどことなく繋がりがあるように感じる。それは俺だからというわけではなく、天職が『農家』だからだそうだ。

 事実、俺だけではなくソフィアも注力して気にしなければ気にならないほどではあるが、植物に対して俺と同じような感覚があるらしい。


 だから植物に親しみや繋がりを感じるのは良いとしても、だがそれが『人』相手に感じるのはどういうことだろうか?

 もしやエルフってのは人間の仲間じゃなくて植物の仲間とか? ……なんて——


「どっちおあっへるあよ」


 以前に読んだことをのあるエルフという種族について改めて思い返して呟かれた俺の言葉を聞き止めたようで、リリアは追加で持ってこられたさっきのケーキと同じものを食べながら頬を膨らませて答えた。


「もほもほえうふっへいうのあ——」

「口の中のもんを飲み込んでから話せよ。何言ってっか全くわかんねえよ」


 よほどケーキが気に入ったのか、リリアは話している最中でも食べるのをやめようとはせずに口いっぱいにケーキを頬張っている。……なんか、孤児院の奴らがたまに出るおやつを食べる時みたいだな。


 でもこいつお嬢様なんじゃなかったのか? この程度なら食べ慣れてるんじゃねえの?

 いや、お嬢様って言っても『エルフの』だからな。偏見だが、森の中に暮らしているからこういった技術とかは遅れてるのかもしれない、なんて思ったりする。まあ実際のところはどうかわからないけど。


 なんて考えていると、リリアは口の中にあったものを飲み込み、一緒に出ていたお茶を飲んで一息ついてから話し始めた。


「元々エルフっていうのは植物と精霊が合わさった存在がさらに人間と交わってできた存在だもの。植物であり人であり精霊でもある。それがエルフなの」


 その言葉で先ほどの疑問が解消された。

 どうやらこいつに植物に対するものと同じものを抱いた俺の感覚は間違っていなかったらしい。


 しかしあれだな。エルフが人と精霊の混血ってのは知っていたが、元が精霊と植物の混ざったもんだってのは聞いたことがなかったな。


 ……もしかして、俺って今結構大事なこと聞いてるのか?

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