第32話リーリーア・エルドラシル
「……とりあえず、行こうか」
そう言って俺たちはこの頭お花畑エルフ少女を親父の元へと護送するために歩き出した。
——のだが、歩き出してまだちょっとしか経ってないのに、あっちにフラフラこっちにフラフラと気になったものを見つけてはそこへ寄って行こうとするので目的の方向へと進めるのが大変だった。
「にしても、お前よくそんなんでここまで来れたな」
そんなこの街ではあり得ないくらいに〝アレ〟な様子を見てきたせいで、ついそんなふうに言葉が漏れてしまった。
「ふふん! 私ってば凄腕の魔法師だもの。これくらい楽勝よ。朝飯前ってやつね! あ、でも朝ごはんはしっかり食べたわよ?」
気分を害されても面倒だから文句に取られそうな言葉は言わないようにしていたのだが、特に気にしていないようだ。むしろ逆、顔を緩めて楽しげに答えた。
……まあ、わかってたけどな? こいつはこの程度じゃ気分を害することなんてないだろうって。気をつけてたのは一応の保険だった。意味のないものだったみたいだけど。
しかし、あー……予定にはなかったが、せっかくだし道中に聞けることは聞いておくか。話をしてれば多少はあっちこっちにふらつくのも抑えられるだろうし。
「魔法師か……ちなみになんだが、属性はなんだ?」
さあ答えてくれるか、と思いながら、少し緊張しながら尋ねてみた。
自身の『天職』に関することは秘密にするのが常識だ。今の『魔法師』とバラしたのはついうっかりだとしても、こうして改めて聞くと答えてくれるかわからない。
だが……
「光よ。『光魔法師』が私の天職なの。どう? すごいでしょ!」
「いや、まあ、すごいはすごいんだが……」
頭ゆるゆるお花畑エルフ少女は自慢するかのように俺の問いかけに答え、本来は隠すべき『天職』をバラした。……こんな簡単に教えてもいいのか? いやダメだろ。
「あー、じゃあついでなんだが、副職は?」
「『治癒師』よ!」
転職を簡単にバラした様子から、副職も教えてくれないかなー、と思いながら聞いてみたのだが、うん。何にも考えてねえなこいつ?
「あー、うん。すごいすごい。もうやばいくらいすごいなー」
お前の頭がすごいわー。すごやばだわー。まさか副職までためらうことなく教えてくれるとは思いもしなかったよ。
少しでもこいつについて情報を手に入れたいなと思って聞いたんだから、聞けたこと自体はありがたい。
だが、なんだな……お前ほんとに大丈夫か? 他人だし出会ったばっかりだけど、なんかすごい心配になってきたんだが?
「でしょー?」
俺の言葉に気を良くしたのか、このアホは照れたように笑っていが、俺は逆に頭が痛くなってきたよ。
……ってか『光魔法師』に『治癒師』って、どう考えても『悪』ではないよな? どっちかってーと正義よりの勇者パーティーにいそうなやつだろ。
いや勇者パーティーなんてもんがあったとしても、こいつはちょっとポンコツすぎるか?
少なくとも俺が勇者ならこいつがパーティーに入れて、なんて言ってきてもどうにか誤魔化して拒否る。だって絶対になんか面倒起こすもん。
「——っと、そうだ。観光する前に家によってもいいか?」
「家? どうして?」
「いやなに。せっかく案内するんだったら盛大に遊びたいだろ? だからちょっと金持ってこようかなって」
あと少しで家に着くってところでそれっぽい理由をつけてみたんだが、怪しまれたりは——
「あ、そういう。わかったわ。いいわよ、あんたの家に行きましょ」
あ、しないな。バカでよかった。わかってたけどバカでよかった。
急に家に連れて行こうとしたら多少は怪しむかもな、なんて思ったんだが、バカでよかった。
「へえ、なかなか大きな家ね。東の区画でこんなに大きい家って五帝の家だけかと思ったわ」
「五帝は知ってんのか?」
「当たり前でしょ? この悪の理想郷で頭張ってる偉人たちよ。知らなきゃモグリでしょ」
モグリってなんのだよと思わなくもないが、まあこの街で五帝のことを知らないやつはいないってのは正しい。知らなければ命に関わるからな。
例えば何かやらかそうとした時に、その相手が五帝の関係者かどうかわかってれば確実に手を出さずに済むが、知らなければちょっとした害であっても害を与えた時点で酷い目に遭うのは決まってる。
その辺のことは親父はゆるいからうっかりだったら許すが、それでもやる時はやる。
『五帝』とは、この犯罪者だらけの街の王。舐められるわけにはいかないのだから。
だからこの街の人間は全員、親父を含め『五帝』のことを知っていてもおかしくないのだが、それでもこいつが知ってるのは意外だったな。
でも『悪』を目指してるっていうくらいなんだから知ってもおかしくないか。
そう判断すると俺は歩き出して家の敷地内を進んでいく。
……そういや、今更だけどこいつの名前聞いてなかったな。
こいつのことを親父に説明するべく何をどう話すのか整理していたのだが、ふと名前を聞いていなかったことに気がついた。
どうしてそんな大事なことを聞いてなかったんだと思うが、俺も気づかないうちに混乱していたということにしておこう。
まあ頭の中では名前を知るまでもなくエルフの少女ってだけで識別できるほどに印象に残ってるし、聞く必要が無かったとも言える。
とはいえ、このままってわけにもいかないし名前は知る必要がある。
でも今更名前を聞くのもなー、なんて思いながら歩いていると門から家の扉へとたどり着いた。……ここで聞くのも変だし、きっとなるようになるだろう。
「よお。おかえりさん」
名前を聞いていなかったことに見切りをつけると家の扉を開けたのだが、それと同時に親父が2階の階段から降りてきた。
こりゃあ俺がここに来る前に来るってことを知ってた感じだな。まあそのほうが話が早くていいけど。
「ああ、ただいま」
一応挨拶はしたが、親父の視線は俺ではなく隣のエルフの少女へと向けられている。
その目は普段よりも僅かに細められているがそれも当然だろうな。何せこの後の対応次第では何がどうなるかわからないんだから。
だが、そんな視線を向けられていることに気づいているのかいないのか……多分気づいてないんだろうけど、少女はそれまで通り自信満々で臆すことなく親父——『ヴォルク』のことを見返している。
「あんたがこいつの父親?」
「ほお〜? こりゃあ威勢のいい嬢ちゃんだな。おう。俺はこいつの父親でヴォルクってもんだ。好きに寛いでけ」
普通なら五帝相手にこんな態度を取るようなのは同じ五帝、もしくはその配下くらいなものだが、こいつはそうではない。
そんな純粋な子供らしい物おじしない態度のエルフ少女に、親父は普段そんな態度を向けられないからか警戒しながらも楽しげに笑った。
「ええ。そうさせてもら………………ヴォルク? ヴォルクって確か……ご、五帝の一人じゃ……」
「ん? ああ。世間じゃんな小っ恥ずかしい呼び名で呼ばれる時もあるな」
だが、なんか急にエルフ少女の態度が変わった。
五帝を知ってたし、流石にその姿は知らなくても『ヴォルク』って名前くらいは知ってるのか? で、今になってやっとここが五帝の家だってことに気がついてビビってる?
「その息子って……五帝の息子? ……次期五帝?」
俺は親父の息子として扱われているが実際に血が繋がっているわけではないし、親父からも「やれ」と言われたことはない。むしろ「嫌ならこの場所を捨てていい」とすら言われたことがある。
だが、そんなことは外部にはわからないだろうし、それは当然ながらこいつも同じだ。
だから俺のことをヴォルクの後釜——次の五帝の一人だと思ったのだろう。エルフ少女は目を見開いて俺のことを恐る恐ると指さした。
「いや、確かにこのクソ親父の息子だが、次期ってわけじゃ——」
俺はそのことを否定しようと思ったのだが、それはできなかった。
「お、お……お、あ、ああああ兄貴!」
このバカが俺の足元で急に膝をついて拝み始めたからだ。
「は? あ、兄貴? ……は?」
「へへー」
なんだか妙に謙った態度で拝まれているが………………わけがわからない。何やってんだ〝これ〟は?
「くっははは! なんだなんだ。随分と面白えやつ連れ込んだもんだな、お前」
突然おかしな態度をし始めたこのバカを見て、親父は腹を抱えて笑った。
俺だって見てる立場ならそうなっただろうよ。見てる立場ならな! 遜られてる俺からするとたまったもんではない。
というか、〝五帝の息子〟ってものに謙るんだったら、その父親——五帝本人にはどうなんだよ。あっち行け。
「——で、そんな面白いお嬢ちゃん。名前は?」
「あ、うっす! 私はリーリーア・エルドラシルと申します。この度はお目通り叶うことができ誠に喜ばしく存じます」
へー、こいつリーリーアって言うんだ。伸ばすのめんどくさいし、呼び方はリリアでいいか。
「……ほー。リーリーアねぇ。めんどくせえしリリアでいいか?」
あ、親父も同じことを思ったみたいだな。まあ、子は親に似るって言うしそんなもんだろ。
俺たちは血は繋がっちゃいないが、それでも今まで何年も一緒に暮らしてきたんだ。似るところだってあるだろ。
「はい! お好きなように呼んでいただければと存じます!」
親父の言葉に何も思うことがないのか、リリアはむしろ嬉しそうにはっきりと答えた。
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