第31話『一流の悪』に、私はなる!
……これ、やっぱりもう帰ってもいいかもな。まともに相手をするのがバカらしくなってきた気がするんだが?
だってこんなの罠の可能性なんてないだろ。俺を油断させるってんなら効果は十分だが、ちょっとこいつはアレ過ぎないか?
こいつ自身が何か企んでるってことはないだろうし、もし俺が誰か使って何かさせるんだとしたらもっとまともな奴を使うぞ。
それでも万が一を考えて裏に誰かいる可能性は完全には消さないけど……疑うのが馬鹿らしい気もするんだよな。
……うん、そうだな。やっぱ帰るか。気になったと思ったのは本当に気のせいだろ。ただの勘違いだ。だから帰ろう。関わるのめんどくさそうだし。
「詐欺るなら他のガキに当たってくれ」
「は?」
そんなふうに言ってその場を離れようとしたのだが、少女は俺が何を言っているのか理解できないようで、間抜けヅラを晒している。
そして俺たちの進行方向に割り込むかのように両手を広げて立ちはだかった。
「ちょちょちょちょーーー! ちょおおおおっと待ちなさいよおおおお!」
「……なんだよ」
「身なりがそれなりに良くて使用人もいるってことは、あんたそれなりにいい身分のやつでしょ? だから私の子分にしてあげるって言ってんの。私は超一流の『悪』になるんだから、そんな私の子分になれることを光栄に思いなさい!」
「なんでお前なんぞの子分にならなきゃいけないんだよ」
と言うか今更だが、こいつは俺が誰だかわかっていないのか? こうして外で話しかけてくる奴なんて俺の立場を知ってて取り入ろうとしてる奴ばっかだったんからこいつもそうだと思ったんだが……。
いや、そもそも最初は俺ではなく他の子供達に話しかけてたんだったな。
で、そこで失敗したからたまたま目についた自分と同じような年齢で従者っぽいやつを連れてた俺に声をかけたと。
まあ話の流れとしてはおかしいところはないよな。実際に見てた訳だし。いやまあ、最初から最後までおかしいと言えばおかしいんだけどな? だって出会い頭で「子分になれ」なんていうやつは明らかにおかしいだろ。主に頭が。
だがしかし、本当に何も知らない余所者なのか……。
まあ、俺は有名ではあるが誰もが知ってるってわけでもないからな。気づかない事もあるだろう。
けど、こいつの場合は本当に知らないような反応だ。
とはいえ、こんなバカじゃこの街でやってけないから余所者だってのはもう分かりきったことなんだが、そうするとなんで〝こんなの〟がこの街に来たのか気になるな。
「お前、この街のやつじゃないだろ?」
「そうよ? 私はここから東に行ったも——」
少女ははっきりと頷き返事をしようとしたのだが、その言葉の途中で不意に言葉が止まってしまった。なんだ?
「も?」
「も、も……も、モーリー村から来たのよ」
……いやー、この反応は絶対に嘘だろ。モーリー村なんて名前は多分今考えたんだと思う。そんな村この辺じゃ聞いたことないし。
「……モーリー村? 聞いたことないな。あるか?」
「いや、ねえな」
「だよな」
「な、なにっ? なんか文句あるわけ!?」
「……いや、いい」
モーリー村ねぇ……。
「も」と言いかけて止まったことから、言おうとした言葉の最初に「も」が来るのは間違いないだろう。で、東っていうのも間違いではないと思う。
ここは東地区だし、こいつが門を入ってから地区を跨ぐほど大きく移動できるとは思えない。特に中央区なんていたらもう死んでるか売られてるだろう。それがないってことは、東門からこの街に入ったってことで、東から来たってのも間違いないだろうと思うわけだ。
東から来たということと、頭に「も」の着く場所から来たという二点から考えると……
「なあジート。俺、嫌な予感がするんだが、気のせいか?」
「奇遇だな。俺も嫌な予感がするぞ」
俺が自分の中で答えを出したのと同時にジートも何かに思い至ったのかいやそうな顔をしている。
「どうする?」
「どうするってか、そもそもアレが本当に〝そう〟なのかの確認が先じゃないか?」
「あー、それもそ——」
「ねえ、何話してんの? 私が目の前にいるのに内緒話って失礼じゃない?」
そんなふうに俺たちは小声でお互いの意見を確認したのだが、それが気にいらなかったのか、それとも自分だけ仲間外れにされたと思ったのか、少女は唇を尖らせて不満げ話に割り込んできた。……仲間外れも何も、今出会ったばっかなんだけどな。
「あー、アレ買ってやるから大人しく待ってろ」
こんな近くにいたんじゃまともに相談する事もできやしない。
なので、視線を巡らせて近くにあった屋台に目をつけるとその店を指差して説得してみることにした。
だが、こんなんで簡単に離れるだろうか——
「アレ? ……え、いいの!?」
……簡単に離れてくれるらしい。いやいいんだけどな? それが目的で言った訳だし、いいんだけど……お前はそれでいいのか?
「ああ。いいから少しだけ大人しくしておけよ?」
「うん!」
笑顔で返事をした少女に呆れながらも俺たちはやたらと店主が厳つく武装している出店で肉を買い、それを少女に渡すと俺とジートは少女から少し距離をとってから小声で話し始めた。
「これでやっとまともに話せるな」
「だな。——で、あの子の素性についてだが、耳を見てみろ」
「耳? ああ、言われてみれば少し膨らんでるな」
少女はフードを被っているが、耳の部分を見ると普通とは違って少し膨らんでいるように見える。きっと耳の長い種族がフードを被ったらあんな感じになるんだろうなって膨れ具合だ。隠す気あんのかこいつ?
「お前は何で判断した?」
「東から来たってのと、モーリー——つまりは森から来たって言葉からだ」
「あー、モーリーね。森か。……もっとなんかなかったのかねぇ」
ジートは呆れているが、多分この少女は最初「森から来た」とでも言おうとしたのだろう。だが東にある森から来たなんて言えば、そんなもん自分はエルフですっていうようなもんだ。だってあの東の森はエルフの住処なんだから。
だから流石にそれはまずいと思ったのだろう。『森』から来たってのが『モーリー村』なんてもんになったわけだ。
だが、誤魔化すつもりがあるならもっと捻った名前にしろよと言ってやりたい。
「あれ、多分だけどエルフだよな?」
「おそらくな。……だが、なんだってこんなところにいんだ?」
エルフは基本的にこの街に来ない。来たら狙われるからな、当然だ。
もしくは来ているのかもしれないけど、それを隠しているはずだ。
だってのに、この少女は一応隠しているが隠しきれているとはいえない程度のものだし、目立つ行動をし過ぎている。どう考えても異常だ。
これが人間だったら裏を考える必要があるんだろうが、エルフとなると裏を考えなくても済む……んだが、なんかスッゲーめんどくさいことになってるな。
それくらいこいつの行動はおかしい。セオリーから外れすぎている。
「この街で変装させているとはいえエルフの子供を一人で出歩かせるとは思えない」
「まあそうだな。なんらかの作戦の囮にしても、こいつはない」
もしエルフがなんらかの理由があってここに来ているんだとしても、子供を危険に晒して使うようなことはしないだろう。あったとしてもコレはない。そう断言できる。だってコレだもん。
「だよな。だがそれでもこいつはここにいるってことは、本当に単独でここに来たってことになる」
「いや待てよ。単独でって、エルフがここにか?」
だが、ジートも訝しむほどに常識はずれな単独行動ではあるが、一応説明することができなくもない。マジでそんな理由できたのかと思うと頭が痛くなるけどな。
「本人は『一流の悪』ってもんに幻想だか憧れを持ってるみたいだし、近場にある犯罪者——『悪』の巣窟に来たいと思っても不思議じゃないだろ」
「悪に憧れって……そんなんあるか? とてもじゃねえけど、〝そういう奴〟にゃあ見えねえぞ?」
「根っからの悪人や根性ねじ曲がったやつじゃなくても、子供なら変なことにのめり込んで変な具合に普通じゃないものに憧れてもおかしくないからな」
俗に言う厨二病ってやつだ。
言動からして考えなしのバカっぽいし、なんかに影響を受けて「アウトローってかっこいい!」なんて思いでもしてこの街に来た可能性は十分に考えられる。
というか正直なところ、言いたくはないがそれ以外に思いつかない。
「子供のお前が言うと変な感じだが、まあ一理あるな。ってことは、まじであいつは一人でここに来たのか」
さっき「子供なら〜」なんて言ったが、今の俺は子供なんだからジートからしてみれば違和感はあるだろうな。
だがジートは眉を寄せながらも俺の考えに納得を示した。絶対にそう、とは思っていないが、考えられる可能性の一つとしてはありだと思ったんだろうし、俺だって他に可能性がないとは思っていない。あくまでも今の俺が考えられる理由ってだけだ。
だがまあ、こいつが——エルフの少女がここにいる理由に一応の説明をつけられたとして、問題はそのあとだ。つまり、こいつをどうするのかってこと。
「で、相談なんだが……どうすればいいと思う? エディからはエルフの存在を感じたらすぐに離れろって聞いてるんだが……」
「まあそうだな。他の街ならいざ知らず、この街でエルフと仲良くなってもいいことなんてほとんどねえ。しかもそれがあんなガキともなれば、誘拐を疑われて襲われてもおかしくねえぞ」
知ってるさ。だから俺だってできることならこのまま無視して帰ってしまいたい。
「だろうな。けど、ここで問題が一つ」
「問題?」
「ここは東門からほど近い場所で、当然ながらこの東区は親父の管轄だ。そんな場所でエルフが事件や事故に遭ってみろ。その直前に親父の子供である俺と出会ってまともに話してるんだ。何かあったら真っ先に疑われるぞ?」
「あー……」
ジートは俺の言いたいことがわかったのか納得した……いや、諦めたような声を漏らして天を仰ぎ見た。
「ここは一つ、あの頭のネジが緩んでるお嬢様を保護して、その間に親父に連絡してエルフ達に知らせを入れるしかないんじゃないか?」
さっき渡してやった肉の串を齧りながら壁に寄りかかって待っていた少女は、俺たちにそっちに向いていることに気が付き壁から離れて俺たちの方へと歩み寄ってきた。
「話は終わったの?」
「ああ。子分になるかは置いておいて、ひとまずお前にこの街を案内してやるよ」
「ほんと? やったわ! ——あ」
この推定エルフの少女を保護することを決めた俺はそれを街の案内と言って誤魔化して伝えたのだが、俺の隠し事に気付いていないエルフの少女はガッツポーズをして喜びを表した。
だが、そこでまた問題が起こる。
よほど大事に食べていたのか、少女は俺が渡した串をまだ半分くらいまでしか食べ進めていなかったらしいんだが、まだ食べ掛けだったそれをガッツポーズをしたことによって落としてしまった。
「あ、ああ……わ、私のお肉がーーーー!」
落ちた串を追いかけるように地面に這いつくばって涙目で肉の串を拾っている姿を見ると、とてもではないが一人でやっていけるようには思えない。多分エルフだとか関係なしに拐われていただろう。むしろ今まで無事だったのが奇跡的なくらいだ。
「新しいのを買ってやるから立て」
「え……いいの?」
「ああ。それくらいなら百本買っても問題ない」
「わあ! ありがと!」
そう言って四つん這いから立ち上がると俺に抱きついてきたが、やめてくれ。お前全身泥だらけなんだぞ?
「——じゃなかった。……ん、んんっ! 奢らせてあげるわ!」
だが、俺に抱きついていることに気が付いたのか、エルフの少女はスッと離れると腰に手を当てて胸を張り、なんでもなかったかのように尊大な態度でそう宣言した。
正直、そんな様子には呆れるしかない。
だって、なあ? こんなやつ見たことないぞ。この街でも、前世でも。
「……とりあえず、行こうか」
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