第30話なんか変なのがいた

「おん?」


 ソフィアの話を聞くことができた俺はその日の朝から更にスキルの修行やら体術の訓練やらを頑張ることにしたのだが、スキルの修行をしている傍らで孤児院に行ってカイル達と『遊び』をしたりベルを愛でたりもしていた。


 そして今日はそんな孤児院に行って適当に遊んできた帰り道なのだが、そこでなんか……なんだろうな? なんとも説明しづらい……とにかく変なのを見つけた。見つけてしまった?


「ふふん! 私は一流の『悪』になるためにここに来たのよ! 私に従いなさい!」


 ……なんだあれ?


 なんだかよくわからないが、フードを被った子供——多分言葉からして少女が木箱の上に乗ってこの街の子供達相手に何か演説? をしている。


 でも、あれ意味ないよなぁ。


「あっ! ちょ、ちょっとあんた達! 聞きなさいよ!」


 見ていると少女の前にいた子供達は誰も話を聞こうとはせずに視線を向けて一瞥しただけですぐに動き出していった。


 でもま、だろうなとは思う。

 この街は街全体がスラムみたいなもんだ。親父が治めているこの東区はましな方だが、それでも普通の街のように安心して暮らせるというわけではない。

 なので、この街の子供達はそんな話なんて聞いてる暇があったらどうやって食料や金を手に入れるかを考えるし、少しでも安全に寝てられるように住処を探したり強化したりする。もしくはスキルや戦闘の訓練だな。


 親父は孤児院なんて作って子供達を集めて鍛えているが、全員にそんなことをするわけにもいかない。

 理想としては東区にいる子供達全員を集めて自分の傘下に入れたいんだろうけど、親父はまだこの街に来てから十年とちょっとしか立っていないので、まだまだ他の地区のボス達に比べると地盤が整っているとは言い難いのだ。


 なので、一つの区画全体に効果のあるような大きなことはできておらず、そのためにこうして未だに孤児が街を彷徨くことになっているのだ。


 まあ、中には反骨心あふれる者や馴れ合いを嫌う者もいるために、親父から誘いを受けても断って孤児のままこの街で好き勝手生きてる奴らもいるけど。


 で、まあそんな街なわけだが、ただ話しかけたところで意味はなく、何か対価を示さないと聞くわけがない。


 そんなことを理解できていないのか、少女は自分の乗っている木箱の上で騒いでいる。


「なあジート。あれ、なんだと思う? あんなの初めてみたんだが?」

「あー、まあ世の中にはおかしな奴なんてごまんといるからな。この街だって半分は頭おかしいやつだしよお……ああいうのがいても、まあ普通だろ」

「まあ、それもそうか」


 しかしまあ、何だな。フードを被っているためにまともに顔は見えないが、見た感じこの街のことを理解してないってことは余所者か?


 でも、あんな年齢の余所者がこの街に来てあんなバカみたいなことするか? いやマジモンのバカならするかもしれないけど、それよりは何か狙いがあってやってると考えた方がしっくりくる。


 ……なんにしても、関わらない方がいいだろう。俺の立場で関わると変なことになる可能性があるからな。

 今日のところは一旦帰って親父に報告した方がいいだろう。まあ、多分親父の方でも報告入ってると思うけどな。


 だが、そうして訳の分からない少女を無視して通り過ぎようとしたのだが……ダメだった。


「あ」


 あ。やべ。

 通り過ぎようと少女から少し離れたところを歩いていた俺たちだが、通り過ぎる時にちらりと少女の様子を見ようと思ったのがよくなかった。

 フードを被っていたが、正面からならば多少は何かわかるんじゃないかと思って少女へと視線を向けると、偶然にもその少女と目が合ってしまったのだ。


「あ、あ! ま、待ちなさい! 待ちなさいってば!」


 俺と目があったことに向こうも気がついたのだろう。少女は大声を出しながらわたわたと手を動かしながら焦ったように周りや足元を見回している。何してんだ?


 ……もしかして、木箱から降りられないのか? え? 自分で登っておいて?

 いやまあ、確かに子供の身長くらいはありそうな木箱だけれども……えー?


 これ、考えるだけで頭が痛くなりそうだから違っていて欲しいんだが、もしかして……本当にもしかしてなんだが……………………本当にただの『考えなしな馬鹿』な奴か?


「ちょ、そ、そこのあんた! 待ち——にゃぶっ!?」


 どうしてそこまで俺を気にするのか知らないが、俺が去ろうとしたことに気がついて慌てたのだろう。

 少女は木箱から降りようとしてぴょん、と軽やかに飛び降りた——かに思えたが、着地の瞬間に足を捻って転び、受け身を取ることもなく顔面から地面へと倒れ込んだ。


「……なあジート。あれ、なんだと思う? 勘違いじゃなければ俺に呼びかけてたと思うんだが?」

「……まあ世の中には人間なんてごまんといるからな。他の奴への呼びかけを自分が呼ばれたと勘違いしてもおかしくないだろ」

「……それもそうか」


 俺とジートは今のは勘違いということにしてその場から去ろうと再び家に向かって歩き出した。


 転んだ少女については、まあなんだ……強く生きろ。


「ちょ、ちょちょっ! ちょっと待ちなさいよ! あんたよあんた! そこの茶色い髪の子供! 止まんなさいよ!」


 だが、そのまま帰ることはできなかった。茶髪の子供って、もしかしなくても俺だよな?


 ……というかお前はさっさと立ち上がれよ。いつまで倒れてんだ。倒れたままこっち見んなよ。


「……おいジート。やっぱ俺たちだったじゃねえか」

「俺たち、じゃなくてお前の客だろ」

「俺の客でもねえよ。誰だよあれ」


 明確に認識されてしまっている以上は、このまま帰ったところで家に着いてくるだろう。残念なことに俺はこの街でもそれなりに有名人だからな。調べようと思って多少調べればすぐにわかるはずだ。


 だから家に厄介ごとを持ち帰らないために、とそう判断した俺たちは顔を見合わせると、人通りの比較的に少ない路地へと向かって歩き出した。


 どうなるかなんて分からないが、もし仮に戦いになっても自分で選んだ場所なら逃げ道がわかってるし、話があるにしても人に聞かれない方がいいだろうからな。

 だが……


「待って! 待ってってば! ねえほんと、待ってよ! ねえ〜〜〜! 待ってって言ってるじゃないのよおおおお! うわああああん!」


 俺たちがそのまま去ろうとしたと思ったのか、少女は転んだ状態から起き上がることなく地面に突っ伏して泣き出してしまった。

 ……なんだこれ?


 いやまじでなんだこれ? こいつ、何がしたいんだ? 着地の時に転んだまま起き上がらないのも謎だが、突然泣き出したのも謎だ。


 演技か? でも、こんな変な演技なんてする必要あるか?

 俺の警戒心を解くって意味では効果はあったが、だとしたらこいつ、もしくはこいつの裏にいるやつは何をしたいんだ?


 色々と分からないことはあるが、このまま放置することはできない、か?


 放置してもしなくても、なんか問題になりそうなんだよな。

 だったらあとは俺がどうしたいかで、なんとなく、ほんとになんとなくなんだが、こいつは助けた方がいいようなそんな気がした。


「ジート」

「……マジかよ。俺は帰った方がいいと思うぞ」

「そうなんだが、なんとなく気になるんだよ」

「気になるって、こんな時に女かよ」


 ジートはそんな冗談を言いながら仕方がないとばかりに軽く笑って頷いてくれた。


 わがまま言って悪いな。……でも、冗談だよな? 今まで恋人だとかの話を何度かされたことはあるけど、今の状況でそれはないよな?

 というかアレに一目惚れしたと思われるのはすごく不服だ。アレはないだろ。見た目はわかんないし性格はアレだし。


 この街で路上に寝転んでいる奴なんていたら身包み剥がされてもおかしくない。特に女なら尚更だ。

 だが、俺に向かって声をかけていたのがわかっているからか、それとも頭おかしい奴とでも思われているのか何もされていない。不幸中の幸いだな。


「あ——」


 俺たちはこれが罠であることを警戒しながらも倒れながら泣いている少女に近づいていくが、俺たちがそばに寄ったことに気がついたのだろう。


 地面に突っ伏しながら泣いていた少女は土と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて俺を見ると、俺が戻ってきたことがそんなに嬉しかったのか、心の底から喜んでいる様子で子供のように笑った。


 こんなのが本当に俺を罠にかけるだろうか、と疑問に思わなくもないが、こいつの裏に誰かいるのならこいつの意思や人間性なんて関係ないので警戒はしなくてはならない。


「なんのようだ?」


 俺が問いかけると、立ち上がりかけていた少女は一瞬何を言っているんだとでも言うかのようにキョトンと首を傾げた。


 そしてハッとしたように目を見開き立ち上がると、片手を腰に当てながら逆の手で俺のことを指差して威勢よく口を開いた。


「そこのあんた。いいところにいるわね。私の子分にしてあげるから光栄に思いなさい」

「顔の汚れを落としてからカッコつけろよ」


 少女の言葉についノータイムでそんなふうに返してしまったが、俺は悪くないと思う。


 俺の言葉を聞いた少女はまたもわけがわからなそうに首を傾げたが、すぐに先程までの自分の姿を思い出したのだろう。袖と服の裾を使って顔の汚れを落としていく。


 ……が、あれだけ盛大に転んでいたんだから服も汚れてるに決まってる。

 そんなもので顔を拭いたりすれば逆効果だ。汚れを顔に塗りたくるようにしたせいで余計に汚れた少女だが、そんなことに気がついていないのか自信満々に胸を張って再び俺に視線を合わせた。


 ……うん。もういいよ。なんかね、それでいいんじゃないかな。


「子分にしてあげるから光栄に思いなさい!」


 そして先ほどと同じように俺に指を突きつけて先ほどと同じようなことを叫んだ。

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