第28話従者候補ベル

「——で、予定外だったのにここに来たわけか」


 そうして適当に買い食いしながら街をぶらついた後は孤児院に来た。


「ああ。あ、『クリムゾンブレイカー』のパイは買ってきたから今日の夕食あたりで出ると思うぞ」

「そうか? そりゃあありが——」

「ほんとっ!?」


 いつもとは違うタイミングでおやつの差し入れがあったからか、カイルと一緒にいたベルがカイルの言葉を遮って話に割り込んできた。


「ああ、ほんとだ。あれ好きなんだろ?」

「うん。ありがとう!」


 そう言って笑うベルの笑みは、さっき見たエディの笑みとは違って純粋にいいものだと思えるような明るいものだ。


「私、これからもヴォルク様とヴェスナー様のためになれるように頑張るね」

「そうか。ま、ほどほどにな」

「ううん。スキルだって使えるようになったんだし、私もヴェスナー様みたいに二年で第二位階にまであげてみせるから」


 そう言って気合を入れるベルの姿は微笑ましいが、俺みたいには頑張らないほうがいいと思う。自分でやっててなんだが、俺のやってることって頭おかしいからな。いや俺はちゃんと考えての行動だから頭おかしくないけど。でもやっぱりやめておいたほうがいいと思う。


「俺みたいに、か。……確かベルの天職は『従者』だったか」

「うん。今はまだすごいことはできないけど、位階が上がれば便利になるみたいだし頑張るね」


『従者』の第一スキルは確か……『浄化』だったか?

 効果としては自身が汚れと認識したものを落とすっていう掃除用のスキルだったと思う。

 浄化って名前の割に毒なんかは消せないから名前負けしてると思ったが、そっちはそっちで『解毒』ってスキルがあるからそんなもんなんだろう。まあ、位階が上がると効果も上がって毒や呪いも消せるようになるらしいけどな。


 その後は『護身術』や『危険察知』なんかも覚えるし、『収納(仕事)』なんていう仕事に使うもの限定ではあるが異空間にものを保存しておくことができるなんてスキルも覚えるのでかなり有用だ。


 スキルを使った時の見た目がしょぼかったり、何をやってるのかわからない上にそもそもスキルを使わなくても同じことができる『農家』とは大違いだ。


「おいベル。こいつの真似はやめとけ。毎日ぶっ倒れながらなんて頭おかしいとしかいえないぞ?」

「……ほう。よく言ったなカイル」

「頭おかしいのは事実だろうが。——それに、俺たちはぶっ倒れて丸一日眠るなんてできないだろ」

「うー……でも、私も早くヴェスナー様のお役に立てるようになりたいよ……」

「その気持ちは嬉しいが、無茶して心配かけるよりは普通に頑張ってくれた方が嬉しいかな」


 俺の真似をしてベルがぶっ倒れながら天職を鍛えたとしても、喜ぶよりも心苦しさっていうかな、なんかそんな感じのものがある。


「そう……。なら、二年じゃなくて三年で第二位階になってみせるから。だから、その時まで待っててください。きっとお役に立てるようになりますから!」

「ま、ほどほどに頑張れよ」


 そう言ってベルの額を指で軽く突くと、ベルは右手で額を押さえながら笑った。


 だが、そんな妹分であるベルの様子を見ていると、視界の端にこちらを見ている——いや、睨んでいる者たちがいるのが見えた。


「あれは……」


 部外者ではない。彼らはこの孤児院に所属している子供たちで、俺も見覚えのある顔だ。


 そんな奴らがなんで俺——孤児院の出資者の息子を睨んでいるのかと言ったら、それは俺を睨んでいるわけではないからだ。


 さっきは『こちらを睨んでいる』と考えたが、正確には俺ではなくカイルとベルを睨んでいたのだろう。


「嫉妬か……」


 そしてその睨んでいる理由が〝それ〟だ。

 まあ俺みたいなこの場所の設立者の息子がいて、そこに近寄るような奴がいたら妬んでも仕方はないとは思う。

 自分は上手く取り入ることができなかったのにあいつらだけ上手くやりやがって〜、ってな具合だろう。


 その気持ちは理解できる。カイルたちもあいつらも、境遇としてはそんなに差はない。なのにカイルたちだけ俺の『友人役』としてそばにいられる。


 ここでは大なり小なり俺に取り入ろうとする気持ちを持っている。今ではそんなことはないが、カイルだって初めて会った時はそんな感じだってのがわかった。

 普通の子供は誰かに取り入ることなんて考えないかもしれないが、ここは特別だ。こんな街で生きてれば、そりゃあ逞しくなるに決まってる。


 けどそんなのは誰だって同じだった。

 能力や願いには差がなく、他のところでの少しの差、運が良かっただけにすぎない。それが気に入らないんだろう。


 けど、それを表に出すなよ。もしくは出してもいいけど俺から見えないところでやれよ。

 媚び売る相手に嫌われるようなことをするのは馬鹿だぞ。そんなだから俺はお前らを選ばなかったんだよ。


 でも、どうするか。俺は特にあいつらをどうこうするつもりはないが、それでもベルたちに何かをするつもりなら、先に手を打っておいたほうがいいんだろうか?


「大丈夫です」


 俺の表情から、俺が何を見て何を考えているのかわかったのだろう。ベルは笑って首を振った。


「私は今、すっごく幸せです。小さい頃のことはあんまりよく覚えてないけど、それでも大変だったのはわかってます。それが今じゃこんな綺麗な服を着て毎日ご飯を食べさせてもらってる」

「それは俺じゃなくて親父のやったことだ」

「それでも、です。それでも私はヴェスナー様に感謝しているんです」


 でもなぁ。そうは言われても、やっぱり俺の功績なんてないとしか思えない。


 俺が納得した様子を見せないからか、ベルは笑顔から一転してキリッとした真剣な表情になると真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。


「それに、私はそんなに弱くありません」

「お前がそう言うなら、いいけど……でも何かあったら俺は迷うことなく手を出すぞ。それはお前らのためじゃなくて——」

「自分のため、ですよね?」

「……ああ。俺は俺が快適に過ごせるように、今の状況を壊すやつを許さないからな」

「はい。わかってます」


 ……本当にわかってるんだろうか? なんか勘違いしてるような気がする。

 俺のためにって言うのは別にツンデレてるわけじゃなくて本当なのになぁ……。



 翌日。いつも通りの時間に起きていつも通りの朝食も終わったところで、昨日親父に頼んだスキル訓練用の種はどうなったのか聞こうとしたのだが、ちょうどそのタイミングで逆に親父が俺の名前を呼んできた。


「おう、ヴェスナー。種が届いたぞ」

「おお! まじ!?」

「マジだマジ。倉庫ん中に積まれてるはずだから好きに使え」


 そんな親父の言葉を聞くと、俺は一目散に倉庫に向かって走り出した。

 本来ならこのあとは日課の体術訓練なんかがあるんだが、そんなの知ったことか。多少後回しにしても問題ないだろ。そんなことよりもまずは確認だ。


「倉庫倉庫っと——ああこれか」


 目的の倉庫を見つけて中に入ると、倉庫の中には中身がぎっしりと詰まった麻袋が十個ほど重ねられていた。


 これ、なんとなくで十個も買ったしスキルのためにたくさん必要ではあるが、こんなに使い切れるだろうか?


「まあ腐るもんでもないしいいか」


 店で種を買うときにも同じような判断をした気がするが、気にすることはないな。


 そう考えてから、さあスキルを使うぞと麻袋に手を伸ばしたところで、後から追いかけてきたエディに捕まった。

 どうやらスキルの修行は日課が終わってからじゃないとできないらしい。


 ……仕方ない。さっさと終わらせてスキルの修行に移るとするか。

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