第16話使用回数の限界

「あとは何かあるか?」

「いいえ。スキルに関しましてはご説明を終えさせていただきました。あとはご質問がありましたらお答えいたします」

「そうか。なら休んでいて構わない」


 そう言ってもソフィアはその場から動こうとはせず、直立不動で立ったままだ。


 多分奴隷としてはそうするのが正しいんだろうな。本当に休んでも構わないんだが……まあ、俺としてはそれでいいならいい。


「<天地返し>」


 ……おっそ。さっきも思ったけど、なんか発動までラグがあるし、スキル自体もゆっくりしてんな。これは俺がスキルの仕様に慣れてないからか?


 こんな調子じゃ一秒に一回なんてとてもではないができない。

 今だと「使うぞ」って思ってからスキルの発動が終えるまで十秒近くかかってる。レベル上げの効率をどうにかするにはスキルの発動を早くするか並列しようするか、だが……


「……はぁ。最初はスムーズに発動させるところからか」


 まあ普通に考えて並列なんてのは上級者向けだよな。素直に発動を早くできるようにしておこう。


 とりあえず、一日百回も使えればいい方だって話だし、そこを目指すかな。




 ——なんて思ってた俺だが、そう簡単なものではなかった。


「<天地、返し>」


 俺がその言葉を口にすると同時に目の前の踏み固められていた地面の一部が抉れて持ち上がり、一定の高さまでいくとそれがくるりと反転して地面に落とされた。


 それは最初と変わらない何の効果があるのかもわからないただ地面を耕すだけのスキルだ。


 だが、スキルの内容は変わらずとも、俺の体には明確な変化が訪れていた。体に、ではなく精神に、と言ったほうが正しいのかもしれないけど。


「……ふう、ふう、ふう」


 スキルを連続で使用したことによって精神力を消耗した俺は、その疲れによって全身から滝のような汗を流し、病気の時のような吐き気と気持ち悪さを感じ、絶え絶えになった呼吸を整えるべく中腰になって今にも折れてしまいそうなくらいに震える膝に手をついていた。


 だがそうしてもすぐに整うものでもなく、精神力を消耗したことによる気持ち悪さは全く体から抜けていかない。

 どうやら精神力の疲労ってのは、肉体的な疲労とは違って多少休んだところで回復するものではないらしい。


 ソフィアは説明で『一日の使用回数は〜』なんて言ってたから、一日たてば回復すると思うんだが、少なくとも今すぐにこの気持ち悪さが回復することはないだろう。


 正直、今すぐに座りたい。それどころか、全身から力を抜いて汚れることなんか気にせずに大の字になってぶっ倒れたい。


 だがそれでも俺は今にも倒れそうな気持ち悪さを体の奥に押しやって、スキルを使うために前を向く。

 一度でも座ってしまえば、もうそのまま立てないような気がしたからだ。


 スキルは限界を超えて使うほど一日の使用回数が増える。なら、疲れたから休むなんてのはできるはずがない。

 せっかく念願のスキルを手に入れたんだ。どうせだったら限界までやってやれ。俺ならできるはずだ!

 それに、人間の体ってのは限界まで行ったらどうなるのかを知ることもできるし、ちょうどいいな。


 そんなふうに自分の心の中で虚勢だか道化だかで自分自身を叱咤し、スキルを使うために意識を集中させる。


「<天地……返し>……」


 これで三十一回目……。かなりきついぞ、これ。


 効果はただ土をひっくり返すというそれだけなのに、先ほどまでよりもさらに気持ち悪さが増して俺の体が重くなったようい錯覚する。

 これほどの疲労感……こりゃあ誰も農家を鍛えようとしないのも理解できるな。こんなの鍬やシャベルを使った方が早いし疲れないに決まってる。


 だが、スキル発動の要領は掴めてきた。発動するまでもだが、土をひっくり返すのだって最初よりも格段に早くなった。

 今では「使うぞ」と思ったら割とすぐに発動するし、土の動き自体も早い。全工程を終えるのに五秒くらいか? 最初の半分だ。


 だが、まだまだ早くできそうな気はする。だってまだ使おうとしてからラグはあるし、土ももっとこう、グルンッて感じで動いて欲しい。


「<天地——」

「お待ちください」


 一息ついて三十二回目のスキルを使おうとしたところで、側で見ているだけだったはずのソフィアが声をかけてきた。


 ……何だ、お前人形みたいだと思ってたけど自分から話すこともできんじゃん。


 その瞳は相変わらず死んだような色を映しているが、それでもどこか無表情が崩れているように思えた。まあ、今の俺はものすっごい疲れてるし、そんな時に優しげな言葉をかけられたからそう思ってるっていうだけの単なる気のせいかもしれないけど。


「百回できればいい方、なんだろ? まだ三十回しか、使ってないぞ。せめて五十回だ」


 人間の限界がそこなんだとしたら、俺はまだまだ限界まで届いちゃいない。限界を超えるんだ、なんて言っといて限界まで到達することもできないんじゃ笑い話にもならない。


 だからまだまだ続けられる。続けてやる。

 だが、ソフィアは俺の言葉を否定した。


「先程も申しましたが、初めての使用であれば十回も使えれば十分です。むしろ素晴らしいと賞賛されるものです」


 ……あー? あー、そうだった、な? そういや、そんなことを聞いた、ような気がするな。


「そうか——<天地返し>」


 まあだとしても俺は続けるけど。


 ソフィアの言葉は聞かずに俺は再び正面を見据えてスキルの発動を続ける。


 だが、それはソフィアの言った通り無茶だったんだろう。その後五回ほどスキルを使用して俺はぶっ倒れた。




 知らない天井……ではなく知ってる天井だ。

 だが、どうしてここにいるのかという経緯は全く知らない。


 心地よい眠りから目を覚ましたら、まず初めに飛び込んできた光景はいつも俺の使っているベッドの天井だった。

 それ自体は見慣れているからいいんだが、どうして俺はここにいるんだろうか? いや、俺の部屋なんだからここで寝ていること自体はおかしくないんだけど、今日はここで寝た記憶がない。


 それに、起きたばっかりだってのにどことなく全身に気怠さがあるような気がする。

 ……俺、何してたんだっけ?


 んあー……ああ、そうだ。スキルの修行をしてたんだ、よな?


 スキルを何度も使い続けて限界を越えようとして、でもう一回使おうとしたらそこで意識が途切れた。 ん? 使おうとしたらじゃなくて使ったら、だったか?


 んー、まあどっちでもいいか。倒れた経緯は多分そんな感じ……いやよくねえや。どっちの状況で倒れたのかで、今後もし本当に命がかかってる状況で無茶することになった時に対応が変わるわ。

 もしスキルを使ってから倒れたんならまあいいが、スキルを使う前に倒れたんだったら賭けには出ずらいからな。


 でもまあ、それもおいおい確認するとして、まずは——


「おはようございます、ヴェスナー様」


 なんて考えてると、俺が起きたことを察したのか誰かが寄ってきて声をかけてきた。

 この声は……誰だ? 聞き覚えがあるようなないような……?


 だが、その声の主の姿を見たことで理解した。ソフィアだ。そういえばスキルの修行用にって親父が連れてきたんだったな。


「あー……ああ、おはよう。状況は?」

「スキルの使用中に倒れ、お部屋へと運ばせていただきました。その後はおよそ丸一日眠り続けました」


 あー、やっぱスキルの仕様で倒れたか。でも、何だな。丸一日も寝てたのか。


 ……にしても、スキルを使うってのはあんなにきついのか。


 だが、あれだけのキツさが来るってわかってれば耐えられる。実際スキルを百回使えるやつだっているんだ。できないわけじゃない。

 昨日が三十六回だったなら、今日は三十七回使えるようになればいい。そして明日は三十八回。そうして毎日一回ずつでも増やして、精神力の消耗に慣れていけばいい。

 最初に考えた 一年でレベル十ってのは無理かもしれないが、それでも数年以内には辿り着けるはずだ。


「それではヴォルク様をお呼びいたしますので、お待ちください」

「は——? ち、ちょっと待った! 親父を呼ぶのか?」

「はい。起きられたら呼ぶように言いつけられておりますので」


 スキルの使用に関しての辛さを実感し、今後について考えていたのだが、そんな思考を邪魔するかのようにソフィアから声がかけられ、そして部屋を出て行った。多分俺が起きたことを親父に知らせに行ったんだろう。


 だが、待って欲しい。スキルの使いすぎでぶっ倒れたなんて親父に知れたら……。

 まあ倒れたこと自体はもう知られてると思うんだが、こうして起きたばかりの時に会えば確実になんか言われる。具体的には笑われる。


 しかし、この後に起こるであろう出来事について思考を巡らせているとソフィアが戻ってきた。当然、親父も一緒に、だ。


「よお。バカが無茶してぶっ倒れた感想はどうだ?」


 そう言った親父は、俺の想像した通りニヤニヤと人を小馬鹿にするように笑っていた。


「……倒れた息子に向かっての第一声がそれかよ」

「大丈夫だったか、なんて声かけても素直に心配を受け取るようなやつじゃねえだろ、お前は」

「まあ、心配して涙と鼻水垂らしながら駆けつける、なんてことを親父がやったら笑うけどな」

「ぶふっ!」


 俺の言った姿を想像したんだろう。親父と一緒にいたエディが吹き出すように笑ってしまい、それを聞き咎めた親父は顔だけで後ろを振り返ってエディを睨みつけた。


「まあ、そんだけ言えるんだったら問題ねえだろ。あとは休んどけ」


 エディから俺に対して向き直った親父は鼻を鳴らし、俺の頭を指で突きながらそう言った。


「なあ、親父の最高記録は何回だ?」


 そんな俺を突く親父の指を払い除けながら、親父に対してスキルの使用回数にを問いかける。


「あ? ……んなもんいちいち数えてねえからなぁ。でもまあ、五百くれぇじゃねえか?」


 ちょっと気が急いたせいか言葉が足りないかも、なんても思いはしたが、親父はしっかりと俺の意図を察したようだ。


 だが俺は、その親父の言葉の意味を理解できなかった。


「は? 五百? ……百回できればいい方って聞いたんだけど?」


 俺にスキル講義をしたソフィアにチラリと視線を向けるが、ソフィアは何の反応も示さない。


 そんな視線を逸らした俺の頭をもう一度小突くように親父が指で突いてきたのでそちらへと視線を戻す。


「そりゃあ貴族の間では、ってやつだな。俺たちみてぇな傭兵は割と無茶なところに送られたりすっからな。命を諦めるようなバカみてえな戦場で死なないために、死に物狂いでスキルを使う。だが、そん時にゃあ正確に何回使ったかなんてのは数えちゃいねえんだよ。百回ってのは、数えられる状況で数えながら使ったやつの言葉、ってやつだ」


 あー、つまりは元貴族のソフィアが知っているのはあくまでも貴族の常識ってことか。だからこそ、親父たちみたいな『本当の危機』を経験したことなく、本当の意味でスキルの使用限界を超えたこともないからスキルの使用回数についてを勘違いしてたと、そういうことか。


「ま、それだって慣れてるからだな。初めてで三十も使えりゃあ十分だろ」


 十分って言われてもな……。百回すら満足にできないんじゃ到底満足なんてできるはずもない。


「普通なら無茶すんな、とかいうところなんだろうが、好きなだけぶっ倒れろ。どうせ満足するまで勝手にやるんだろ? だったら俺たちの手の届く範囲でやってもらったほうが楽だ」


 俺の感じていたそんな不満を察したのだろう。親父は頭をかきながら呆れたようにそう言い放った。

 そして今度はチラリとソフィアに視線を向けてから鼻を鳴らした。


「ただし、ソフィアは外すなよ。倒れた時に一人で倒れられても困るからな」

「つっても、どうせソフィア以外にも監視がいんだろ?」

「監視じゃなくて護衛な。まあいることは変わりねえが。いやなら俺に一撃入れられるようになってから文句を言え。そん時にゃあ聞いてやらあ」


 親父に一撃入れるって、かなり無茶なこと言ってねえか? だってこのクソ親父、城の壁をぶった斬るような変態だろ? 普通に鍛えてたんじゃ無理に決まってる。多分副職の盗賊を鍛えてのスキルを覚えたところでどうなるもんでもないだろ。


 となると、やっぱまだ最後まで判明してない『農家』をレベル十まで上げて、想定外の馬鹿げたような攻撃でどうにか一撃入れるしかない、か?

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