第17話大体勉強と気絶を繰り返すだけの毎日

「——っと、そうだ。今日やるはずだった課題は五倍に変更な。それが終わるまではスキルの使用は禁止だから頑張れよ」

「は……? ざけんな! 今日って、もう夕方前じゃん! 終わるかよ!」

「ハッ! んなのはぶっ倒れた貧弱な自分を恨めや。終わらなかったら明日にでも回しゃあいいだろ。そんじゃあ励めよ、バカ息子」


 それだけ言い残すと親父は軽く手を振りながら部屋を出ていった。


 くそっ! 課題が終わるまでスキルの修行禁止とか、いじめかよっ!


「あれでも心配しての言葉だ。今日は休めってことだろう」

「わかってるさ。わかってるけど……」


 親父の言葉に顔をしかめている俺に対して、今日の俺の護衛役であるジートが俺を宥めるように言ってきたが、そんなのはわかってる。


 日課の課題ってのは俺に対する教育のことで、勉強とか訓練のことだ。

 俺が暮らしているのは犯罪者だらけの街だが、こんな屋敷に住むだけあって——というかこんな屋敷に俺を住まわそうと当時この辺りを牛耳ってたボスの一人に喧嘩うるだけあって、親父は俺のことを真面目にまともに育てようとしている。課題もその一つだ。毎日一定の勉強や訓練をやらされている。


 勉強の内容としては作法とか歴史とか法律とか、まあそんなもんだな。


 元々は他に四則計算とかもあったんだがそれ問題ないから途中で無くなったし、言語は『神の欠片』の影響で統一されてるから学ぶものがない。

 科学はなくって代わりに学ぶのはスキルだしで、国数英理の四科は問題ないためそこら辺の勉強はない。


 代わりに作法やらがあるんだが、正直こんな街で作法なんて必要なのかとも思う。

 俺が今後街の外に出ることになったとしても、こんな授業としてしっかりと習うような作法なんて必要ないんじゃないかとも。


 体術や法律は仕方がない。だって知らないとこの街ではやっていけないから。


 だが、たいして必要だとは思えない作法なんかを学ばせるってことは、親父は俺が貴族と関わることを——もっと言うなら王族として返り咲くことになった時のことを考えてるんじゃないだろうか? ……なんて、そんなことを考えてしまう。

 親父は俺が王族だってことを知ってるわけだし、ありえない話じゃない。

 正直俺にとっては、母親に関すること以外王族に関して興味なんてないんだけどな。


 でもまあ、知識や作法は身につけておいてマイナスにはならないし、興味ない、関わらない、なんて言っても将来どうなるかなんてわからないんだから勉強しておいて損もないわけで、俺自身学んでおいてもいいかなとも思ってる。

 それに、作法はそれほど何かを教えるってこともないから定期的にそれっぽい実践稽古をしておしまいだ。なのでそれほど厄介ではない。


 歴史も法律も詳細まで覚える必要はなく、必要なところだけ覚えておけばいいと言われているので難しいというほどでもない。

 俺は日本にいた時にも勉強してたからこっちの世界の人に比べて『学び慣れて』いるからな。勉強は嫌いだが、できないわけではない。


 しかし、それが五倍にもなるとなればどう考えたって一日では終わらない。本来半日は潰すような内容なのだから、頑張っても今日明日で終わる量ではないのだ。


 あの親父だけじゃなくてここの奴らは過保護だからな。初めてのスキル使用でぶっ倒れたんだから休ませようとしてるんだろう。


 だが、だとしても、だ。何であんなことを言ったのかわかっていたとしても、それを納得して受け入れることができるかと言ったらそうではない。


 とはいえここでは親父が絶対なわけだし、逆らうわけにはいかない。下手に逆らってもっとスキル使用を禁じられたら嫌だし。


「あーくそっ! やってやる!」


 そうヤケクソ気味に叫ぶと、俺はベッドから降りてやり損ねた課題をこなすために着替え始めた。

 それにしても……


「生まれ変わっても勉強かぁ……」


 気分はまさに夏休み前の学生だ。

 必要なことだとはわかっているが、それでも目先に楽しみがぶら下がっているのにそれを耐えて勉強しなくちゃいけないってのは、なかなかに辛いものがある。それでもやるしかないんだけどな。


「まあ、これもスキルのためだと思うしかないよな」


 そしてその日は地理や算数や作法の勉強と、それから体術の訓練をして過ごすことになった。




「さーて、今日も今日とてスキルの回数稼ぎといくか」


 クソ親父からやるように言われた日課の勉強や訓練の五倍をこなすのはなかなかに骨が折れた。


 だがそれも三日かけてようやく終わり、今日の俺はまさに刑期明けの囚人の気分だ。

 これでやっとスキルの修行に戻ることができる。


 ようやくスキルの修行の時間ができたことで、俺は意気揚々と庭へ出ていった。

 その背後には当然の如くソフィアと、今日の護衛であるジートがいるが、今更誰かがいることを気にしない。


「<天地返し>」


 そう言うと倒れた日と同じように土が持ち上がり、一定の高さまで浮かび上がってから反転して地面へと落ちた。


 ……よし、問題なく使えるな。相変わらずショッボイスキルだが、ぶっ倒れたって言ってもその影響は完全に無くなっているようだ。


 なら、やることは限界まで使うことだな。今回は丸一日ぶっ倒れるのをあらかじめ予想していたから毎日やるはずの課題はさっさと終わらせたし、いくらでもぶっ倒れられる。いやまあ、できることなら倒れたいわけじゃないけど。


 というわけで、どんどんスキルを使っていこうか!


「——これで三十……あと少し」


 意気込んだ俺はスキルを使い続けて……ってほど数をこなしてるわけでもないが、修行を始めてから三十回使ったあたりになってかなり疲労を感じている。疲労自体はそれなりに前から感じていたが、そろそろ立っているのもきついくらいになってきた。この辺りが今の俺の限界なんだろう。


 だが、限界なんて超えてなんぼだ。あと七回使えば前回ぶっ倒れた時よりも限界を超えることができるんだから、それくらい耐えて見せろ。


 もうどれくらいきついのか、どんなふうになるのかなんてのは前回の時にわかったんだ。だったら耐えられる。頭痛も吐き気も疲労感もふらつきも息苦しさも、全部気合いでねじ伏せてやれ。

 消耗するのは精神力。だったらできる。心が折れなきゃ立っていられる。


 だから——やってやれ。


「<天地返し>」


 そうして声にするごとに地面がスプーンで掬ったように抉れて浮かび上がり、持ち上がった土が空中でくるりと逆さになると、ドサリと音を立てて土は地面に落ちた。


 言ってしまえばそれだけの魔法とも呼べないような『奇跡』。

 だが俺はその光景に僅かながら満足感を得ていた。


 地面に落ちた土へと視線を外してその隣、踏み固められている地面へと視線を向けるともう一度スキルの名前を口にして地面を抉った。


 その後も土を抉っては落とし、またその隣の土を抉り、と何度も繰り返していった俺だが、とうとその回数が五十回にまでたどり着いた。


「ふう、ふう……っつぁー…………ふう」


 スキルの使用による疲労感から倒れそうになるが、それでもようやく五十一回目を終えた。


 前回が三十回だっただけに、意気込んだところで正直ここまでできるとは思っていなかった。だが、案外気合いでなんとかなるもんだったな。


「ヴェスナー。おい、そろそろまたぶっ倒れんぞ」


 一息ついて五十二回目のスキル行使に移ろうとしたところで、護衛役のジートから待ったがかかった。


 その声音は心配そうな色を帯びており、だるい体を動かして振り返ると案の定、親父と同じように厳つい顔を歪めて俺のことを見ていた。


「限界までやるからこその修行だろ? ここが命がかかってる場所だとしたら、辛いから、なんて言ってスキルを使うのをやめるわけには行かないだろ?」


 だが、心配してくれるのはありがたいが、ここで止めるわけには行かない。


 スキルは使い続けることでスキルの使用に慣れ、より多くの回数のスキルを使うことができるようになる。

 そしてそれは限界を超えての行使の方がより早く慣れることができるという。


 であれば、こんなところで手を緩めるわけにはいかない。


「まあ、こんなスキルが戦場で役に立つかって言ったらあれだけどな」


 しかし、そう言って笑おうとしたんだがどうにもうまく笑えない。どうやらそれほどまでに疲れているようだ。

 まあ正直こうして話していることどころか、何かを考えること自体きついからな。笑うという動作なんてのに力を割いている余裕なんてない。


 俺が止めないことを理解したのかジートは顔を顰めたまま黙ったので、俺は再び前に向き直ってスキルを使うべく目の前の地面を睨みつけた。


 そうしてジートの静止の後もスキルを使い始めたのだが、結局それから五回ほど使ってまた丸一日ぶっ倒れることとなった。


 だが五十回だ。それだけの回数スキルを使うことができたんだ。前回が三十回しかできなかったことを考えれば、大きな進歩だろう。


 この調子でいけば、一日百回程度はすぐにできるようになるだろう。


 だがそれで満足はしていられない。目標は一秒で一回——三千六百回なんだから、もっと気合入れないとな。

 それができるようになれば一ヶ月でスキルのレベルを上げることができる。


 正直、できるのかってちょっと疑問だし、他人に言えばバカにされるようなそんな目標だ。

 だが、ただでさえ不遇なんて言われてる『天職』なんだから、それくらいやらないとだろ。目指す分にはちょうどいい目標だ。


 それからは俺のスキルの修行が本格的に始まった。

 毎日気絶から目が覚めたら日課の体術や勉強をこなして、たまに孤児院に言ってカイル達と『遊んで』、予定が片付いたらスキルを限界まで使ってぶっ倒れる。それの繰り返しだ。


 そして一ヶ月後。

 そんな倒れて起きて倒れて、なんて日常を繰り返してたら、最初は一日寝てたんだが次第にぶっ倒れても倒れる時間が減るようになった。力を使うこともだが、倒れるのに慣れてきたんだろう。……嫌な慣れだな。


「よし、今日は半日寝るだけで済んだな」


 今日も今日とてスキルの使いすぎで気絶して目を覚ましたのだが、窓を見るとちょうど朝日が差していた。

 昨日は昼過ぎにぶっ倒れたんだが、その時からすでに半日経っていて今は翌日の朝だ。時間的にはちょうどいいと言えばちょうどいい。


 部屋を見回すと部屋の隅にある椅子ではソフィアが座っているが、これは何もソフィアをずっと部屋に待機させているわけではない。流石に俺だって寝る時くらいは一人になるさ。

 俺が倒れた時には看病役として誰かが見ていることになっているのだが、今日はそれがソフィアだったというだけだ。まあ毎日ぶっ倒れているので誰かしらいることになるのだが、それはいい。


 この後は飯食って体術の稽古をしてカイル達んところに行って、軽く法律と歴史を勉強したらそれでおしまいだ。その後はまたスキルの修行に移れる。


「〜〜♪」


 今日の予定を頭の中で確認してからベッドを出て着替え始めるのだが、思わず鼻歌を唄ってしまった。だが、それだけ気分がいいのは確かだ。何せ今が充実しまくってるからな!


「——どうして?」

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