第14話スキルの説明

 ──◆◇◆◇──


 そして数日後。親父がなんか若い女の子を連れて俺の部屋にやってきた。


「——っつーわけで用意したのがこいつだ。もと貴族の娘だから礼儀作法や常識なんかも教えてもらえ」

「初めまして。本日よりヴェスナー様に天職について教えさせていただくこととなりましたソフィアと申します」


 全く説明もなしで出会い頭にそんなことを言われても何が「っつーわけで」なのかわからないが、まあ今の言葉でも大体はわかった。この間言っていた天職の訓練に関してだな。天職が『農家』のやつを用意しておくとか言ってたし。


 だが、それはそれとしてちょっと疑問がある。


「元貴族? それに常識とか作法って、もう習ってるけど?」


 一瞬だけ拐ってきたのか、と思ったけど、ここの奴らはそう言うことをするようなやつじゃないってのは理解している。

 だがそうなると、本当に何で貴族の娘なんかがここにいるんだってなる。『農家』の天職ってだけなら連れてこられるやつはそれなりに数がいると思うんだよな。実際農家が一番多い天職だとも言われてるし。


「二人の兄とそれから姉と妹がいたらしいが、他の奴らは『魔法師』だとか『騎士』だってのにこいつだけお前と同じで『農家』だったから、使えねえってんで売られたらしいな」


 あー、なるほど。俺と同じ境遇なわけで。貴族や王族なんて血統や見栄えを重視する奴らには『農家』はそれほどまでに邪魔なんだろう。

 これが一人娘だったら違ったのかもしれないが、まあ子供なんて次を作ればいいって考えるだろうしどのみち一人しかいなくても同じか。


「それから作法と常識だが、別に構わねえだろ。一人から学んだことは偏りやすい。多くの奴から学べばそれだけ安定した知識を得ることができる」

「ふーん。まあ、わかった」

「うし。んじゃああとは好きにやれや」


 親父はそう言うと背中越しに手をひらひらと振りながら去っていった。


 ……え? 話すのってそれだけなのか!?


 まあしゃーない。よく考えてみれば今更呼び止めても話すことなんて特になかった気もするし、このままスキルの訓練といこう。


「えー、あー……じゃあお願いします」


 っと、その前に自己紹介か。名前を聞いたけど、こっちからは言ってなかったな。


「俺はヴェスナー。天職は『農家』です。よろしくお願いします」


 金の髪に青い瞳をした少女で、歳のころは十五ってところだろうか。

 綺麗どころと交配を続けてきた貴族の娘らしく顔の造りは良く、胸の発育もそれなりに良いので健康だったら美少女と呼んでも差し支えないくらいの見た目だ。


 だが、そう。健康だったら、だ。

 腰のあたりまで伸びている金の髪にはそれほど艶がなく、頬も痩せこけているとまではいかないものの健康とはいえないくらいにはやつれている。


 服はウチのものを使っているからだろう綺麗なものだが、服とそれを着ている人の雰囲気が釣り合っていないためにどうしても違和感を感じてしまう。


 そして何より、特筆する点が一つある。


「はい。よろしくお願いいたします。ですが、私に丁寧な対応は不要です。私は奴隷ですので」


 ……目が死んでるぅー。


 この少女、先ほどから動きはしっかりとしているのだが、焦点が合わないようなどこを見ているのかわからず、生きる気力の感じられない瞳をしているのだ。


 まあ親に捨てられて奴隷になったんならそうなっても仕方がないか?


 けど、なんだな。親に捨てられたとか、親近感が湧くな。俺も親に捨てられたわけだし。まあそのあとは親父のおかげで奴隷にならずに養ってもらえたけど。


 ————————まあ、どうでもいっか。


「わかった。じゃあそうするよ」


 そんなわけで俺はソフィアの目が死んでるのなんて気にする事なく話を進めていく。

 だって家族じゃないし、知人でも友人でもないもん。


 助けてやれって? 馬鹿いえ、んなめんどくさいことやってられっか。


 親に捨てられて絶望してるやつになんて声をかければいいんだってんだ? そんなこと知らないし、そこで頭を使うくらいなら他のことに使うわ。暇があって簡単にすみそうならちょっと目をかけて手入れしてもいいけど、基本的には俺は俺のことが最優先だ。


 手間暇かけてでも守りたい、助けたいって思う奴って言ったら、俺をここまで連れてきた初期メンバーと親父、それからこの屋敷で生活してるそこそこ仲のいいやつらと孤児院のカイルとベルくらいだ——いや、あともう一人いたな。


 俺の母親。本当の父親はクソッタレなので死んでもいいが、母は俺がいなくなることで泣いてくれた。あの人が今どうしてるのか知らないが、せめて一度くらいはあって話をしたいし、困っているなら助けてやりたいとは思う。


 だが、この少女——ソフィアは違う。友人でも家族でもなく、たった今あっただけの他人だ。

 だから助ける気はなく、スキルの使い方さえ教えてくれれば問題ない。


 それによく言うだろ。心の問題は時間が解決してくれるって。ここにいればそのうちどうにかなるさ。親父なら無闇矢鱈と捨てるようなことはしないだろうし。


「それで、早速だがスキルってのはどうやって使うんだ?」


 と言うわけで早速スキルの訓練に入るとしよう。


「はい。お教えさせていただきますが、ですがその前にまずは基本的な天職についての知識を身につけていただきたく思います」


 知識、ね……。また勉強か、とも思うが、今回の勉強はそれなりに楽しみでもある。


 本当なら事前に知識くらい詰め込んでおきたかったんだが、十歳になるまで勝手に使えないようにってスキル関係の知識は教えてくれなかったんだよな。

 孤児院で聞こうとしても、孤児院でも同じようにしているようで十歳以下のカイル達は何も知らなかったし、年上の奴らは教えないように言われているのか教えてくれなかった。


「天職とはこの世界の誰もが持つ神から与えられた力です。『神の欠片』と呼ばれるその力は人の中で『天職』及び『副職』という形でその者の適性——才能を表し、『スキル』と言う形でその力を発現します」


 それは知ってる。まあ知ってるって言っても、俺がこの世界に生まれた時に聞いた国王達の会話、それから今に至るまでに聞いた断片的な情報から判断したおおよその予想だけど。


「『天職』は親からの遺伝によって同系統になりやすいですが、一度決まれば変えることができず、『副職』もまた同じです」


 そう。生まれ落ちた瞬間に決まっている。じゃないと俺が捨てられるわけがない。後から職を変えられるんだったら王族を捨てるなんてことはしないはずだからな。


 だが、遺伝って話は初めて聞いたな。……というか、それで行くと俺の天職が『農家』になったのも副職が『盗賊』になったのも、王家の血筋のせいじゃね? まあ俺自身に問題がないとは言わないけど、でも『俺』が生まれてもおかしくない素養というか原因はあったんじゃないかと思うんだが、どうなんだろうか?


 ……まあ、その辺はどうでもいいか。どうせ今更変えられるもんでもないわけだし。


「『魔法師』の天職を授かったとしても、それが『炎魔法師』なのか『水魔法師』なのかで使えるスキルは変わってきます。一口に『魔法師』と言っても自身の属性と違う魔法は使うことができません」


 つまり『炎魔法師』は炎しか使うことができず、『水魔法師』は水だけしか扱えないってことか。

 そうなると、思ったよりも使い勝手は悪そうだな。まあ、現時点で『農家』よりは役に立つことは間違いないだろうけど。


「スキルは天職の位階を上げることで新たに発現、強化されていきますが、位階を上げるには最後に発現したスキルを一定回数使用する必要があります。その回数は十万回です。例えば第一位階のスキルを十万回使えば第二位階のスキルが発現し、第二位階のスキルを十万回使えば第三位階のスキルが発現すると言った形です。そして、それは『天職』だけではなく『副職』も同じです。こちらも位階ごとに十万回の使用をしなければ位階を上げることはできません」


 位階……ようはレベルだな。天職も副職もレベルは十まであって、そのレベルを上げるには新しく覚えたスキルを一定回数使う必要があると。


「そして、第三位階上がるごとに常時発動型スキルを覚えます」

「常時発動型? ……パッシブスキルか?」

「パッシブ……?」

「ああいや、なんでもない。気にするな」


 俺の言葉の意味がわからなかったようでソフィアは死んだ目で無表情ながらも、不思議そうな色を混ぜて俺の言葉を繰り返した。

 まあそりゃあこの世界にゲームなんてないし英語もないだろうから、パッシブスキルなんて言っても理解できないだろうな。


 けど、俺の理解としては間違ってないだろうし、そっちの方がわかりやすいのでその呼び方でも構わないだろう。


「……はい。では常時発動型スキルのについてですが、これは通常の位階が上がることで覚えるスキルとは少々異なります。まず第三位階になると覚えるのですが、第三位階のスキルとは別枠で覚えることになり、その後は第六、第九と三位階上がるごとに強化されます」

「ふーん。第六、九はいいとしても、第三位階は通常のスキルを覚えた上で、それ以外にもう一つってことか」

「はい。ですがそれだけではなく、常時発動型スキルは稀にその内容が変わります。通常同じ天職であれば同じスキルが発現するはずですが、中には常時発動型スキルは他者とは違うものが発現する可能性があるのです」


 あー、レアスキル的なあれか。

 そうだなぁ……レアだからって役に立つとは限らないけど、俺も欲しいよなぁ。だって、なんかそういう特殊項目ってかっこいいし。役に立たなかったとしても、それだけで満足できそうな気がする。


「例えるのであれば、私たちの天職である『農家』の第三位階の常時発動型スキルは『植物理解』——簡単に言えばそれがどのような植物なのか、見ただけで判断することができます」

「……それはそれですごいんじゃないか?」


 簡単に言えば植物限定の『鑑定スキル』ってことだろ? 戦闘では役に立たなくても、野草や毒草なんかのことが理解できるんだったら隠れた効果とか希少植物の生息条件とかもわかってそれなりに有用なんじゃないだろうか?


「いいえ。第三位階の常時発動型のスキルはそれほど効力が高くないため、植物の名前とちょっとした特徴が『理解』できるだけです。ただ名前を知るだけならば『商人』の『鑑定』スキルの方が優秀です。あちらは植物に限らずなんであろうと名前を知ることができますので」


 あー……なるほど。ちょっとした効力程度の知識であればすでに知られているし、効力が知られていないような希少品はそうそう表に出てくるものでもないから『植物理解』なんてもんを使う必要もないと。

 必要だとしても何百何千もの『農家』は必要ない、か。


「話を戻しますが、基本的な『農家』の常時発動型スキルは『植物理解』ですが、稀にそれとは別の『意思疎通』と言うスキルが発現します」

「意思疎通ねぇ……」

「はい。ですがそれも、植物がどのような感情をしているのかと言う漠然としたものですので、実際に会話ができるようになったり意思のやりとりができるわけではありません」

「それもあって役立たず、か」

「……はい」


 役立たずと言った瞬間にソフィアがぴくりと眉を動かして反応を見せたが、まあどうでもいい。それよりもスキルのことだ。


 えっと、意思疎通は漠然とした感情がわかるだけ、か。でも、んー……つってもそれも第三位階までの話だろ? パッシブスキルは三位階ごとにレベルアップって話だから、第九位階まで上げれば完全に意思の疎通ができるようになるんじゃないだろうか?

 まあだからどうしたって感じも……いや、待てよ? もし、完全に植物と意思の疎通ができるんだったら、距離やなんかの制限次第だが結構使えるスキルじゃないか?


 ……まあ、意思疎通のスキルが俺に発現してみないとなんとも言えないし、希望はある、くらいに思っておくか。それに、第九位階になれば『植物理解』の方も役にたつかもしれないし。こう、隠された効能や他の植物との組み合わせによる効果、見たいのがわかるかもなんて思ったり。


 結局のところ、実際にそこまで上げてみないとわからないんだけどな?


 ——っと、そうだ。ついでに聞いてみるか。


「ちなみに親父……『剣士』の常時発動型スキルは知ってるか?」

「『剣士』の方であれば、剣の扱いが上手くなる『剣術』、もしくは相手の動きを理解できる『先読み』となります」


 剣術に先読みかぁ……親父のことだから両方とも持ってそうだな。だって『剣士』の職を二重で持ってる特別な存在で、壁をぶった斬って悪人を倒し、子供のために居場所を作るような奴らしいし。


 ……なんか俺よりも親父の方が主人公やってないか?


 異世界に転生だなんて俺はそれなりに主人公ポジにいると思うんだけど、親父の方がやばいくらい主人公やってる気がする。


『最強の剣士が騎士をやってたけど王様の子供を拾ったので騎士を辞めて育てることにしました』——ってか? 

 ……まじでそうなってるから笑えねえなぁ。

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