第12話天職と副職

 

 ……負けました。


 いや言い訳をさせて欲しい。あの少年との勝負には勝ったんだ。だが、勝って逃げた後に報復というか憂さ晴らしというか……野郎、仲間の鬼を引き連れて反撃しにきやがった。


 まあ俺を討ち取っても鬼から交代できるのは一人だけなので、そのあとは誘導して俺に鬼をなすりつけたやつを狙うように仲間割れさせたけど。


「おう、帰ったか」


 鬼ごっこが終わってからは適当に座学やらおやつやらの時間をカイル達や他の孤児たちと一緒に過ごし、時間となるとエディに連れられて屋敷に戻ってきたわけだが、今はその屋敷のホールで養父であるヴォルクとばったりと遭遇した。


「来週からは訓練が増えんぞー」

「はあ? 訓練って、今度は何させる気だよ」


 親父は気楽に、なんてことない感じで言ったが、正直今でも訓練はしているが子供にやらせるようなことではないと思う。

 戦い方に逃げ方、毒物の見分け方とその効能の確認(実体験有り)。それ以外にも色々諸々と、子供にやらせるかってくらい色んなことをやってる。いやこの街にいることを考えれば必要なんだけどさ。だって怠けたら死ぬし。


「スキルの訓練だ」


 これ以上訓練が増えんのか、と思って嫌気が指していたんだが、その一言で俺の気分は百八十度変わった。


「スキル? まじ?」

「ああ。来週にはお前も十歳になるし、そろそろいいだろ」


 俺の誕生日は来週だ。十歳になったらスキルを使えるように使い方を教えてもらえることになってたが、それでも十歳になってすぐにスキルを教えてもらえるとは思わなかった。


 親父もだが、親父に限らずここで働いてる初期メンバーたちは厳しいこともあるんだが、基本的には過保護だからな。

 スキルの使用に際して安全マージンをとって十歳になって一ヶ月くらいしてから教えるもんかと思ってたよ。


「マジか、スキル……マジか……!」


 そう呟いてしまったのは仕方がないだろう。だってスキルだぞ? 地球にはなかったおもしろ特殊能力だ。それが使えるようになるってのは楽しみにするに決まってる。誰だって自分の手から魔法を放ったりできるようになるとなれば心が躍るだろ?


「なんだ? そんなに嬉しいのか?」

「ったり前じゃん! 十歳になるまで待てって言われてどれほど待ったことかっ!」


 どれほどって言っても十歳になるまでなんだから十年だけどな。スキルというものを知ったその日からつかえる日をずっと待っていた。


 俺が普段になく楽しげな様子を見せているからか、親父は呆れたように頭をぼりぼりと掻き、小さく息を吐きだした。


「まーそうか。お前、前っから何度も言ってたしな。つっても、お前の場合は期待するようなもんじゃねえと思うぞ」


 だが、そんな俺の高揚した気分は親父の言葉で一瞬で静まった。まあ静まったとは言っても、表面上は冷静になれたってだけで心の中の高揚が治ることなんてないんだがな。


「……それは、俺の天職が農家だから?」


 それは俺が本当の父親である国王から捨てられた理由でもある。

 天職が『農家』だから。ただそれだけの理由で俺は捨てられた。


 あそこが王家で、威信や威厳ってもんが大事だってのはわかるが、自分の子供を捨ててまでしないと守れないような脆い国家ならそんなものに意味はあるのかって思う。

 ……まあ、そう思うのには捨てられた恨みってもんが少なからず入ってると思うけどな。


「ああ。まあ副職の方を鍛えりゃあそれなりに使えるが、天職より効果は落ちるからな」


『天職』の中でも不遇とされている職がある。俺の天職である『農家』もその一つだ。理由は意味がないから。

『農家』の覚えるスキルには種まきや水やりなんかがあるけど、そんなものは自分でもできる。

『盗賊』の気配遮断みたいに自力でできないことや、『剣士』の切断みたいに鉄を切り裂くことができるようになるってわけでもないし、ましてや『魔法師』のように超常現象を発すことができるわけでもない。


『農家』の覚えるスキルというのは、やろうと思えばスキルなんてなくても誰でもできることなのだ。だからこそ不遇とされている。

 しかし……


「んー……そもそもさ、そこが疑問なんだけど」

「あ? 疑問って何がだ?」

「天職に不遇があるって話。剣士も魔法師も農家も、全部同じように『神の欠片』っていうくらいなんだから、その力に差はないんじゃないのかって。少なくとも、『神』の名前を語ることができるだけの力は秘めていてもおかしくないと思うんだよね」


 そう、いくら農家なんて凡庸な呼び名であっても、仮にも『神』の欠片なんて呼ばれるものなんだ。能力の最大値にこそ違いはあったとしても、最低値は神の名前に相応しい『奇跡』とよべるようなものであってもおかしくないはずだ。


 それに、天職は使い込むとレベルが上がって一レベル上がるごとに新しいスキルを覚えるのだが、農家のスキルは鍛えても無駄だと言うことで誰もまともに鍛えずレベルをあげないせいで、今の所レベル四までのスキルしか確認されていない。

 ならレベル十まで上げたとしたら、他のに見劣りしないすごい技を覚える可能性だってある


「……あー、まあそう考えることもできる、か?」

「できるできる」

「まあ、頑張るってんなら好きにしろ」

「もちろんっ!」


 言われなくったって頑張ってやるさ! みてろよ、度肝を抜くような超強力な必殺技を身につけてやるぜ!


 まあ仮に戦闘なんかには使えなかったとしても、普通ならこの街で育たないような植物を育てることができれば金にはなるはずだ。


 それができなくても最低限食料を育てるのにかかる日数を半分に減らすことくらいまでできれば、一応金にはなる。暮らすことには問題ないはずだ。何せこの街、方々から嫌われてるせいで食料の買い付けって結構難しいらしいし。


「後で天職が『農家』の奴隷を用意しておいてやるから、詳しいことはそいつに聞け」

「りょーかい——っと、そうだ」


 そう言って部屋にでも戻ろうとしたのか、親父が一歩踏み出したところで俺は親父に声をかけて呼び止めた。


「あ?」

「親父って副職はなんなんだ? 天職は剣士だってのは知ってるけど、副職までは聞いてなかった気がするんだけど」

「ああ、そうだったか? まあ人に教えるようなもんでもないからな」

「そうなのか?」

「ああ。そうだな……スキルの勉強がてら教えてやる」


 そう言うと親父は改めて俺に向き直り、少しだけ背筋を伸ばしていかにも『しっかりしてます』って態度を出しながら話し始めた。……多分、カッコつけたいんだろうな。教えてくれるなら別になんでもいいけど。


「天職自体はそいつのことを判断するのに役立つから割と教えることに忌避感を持つやつはいないが、そいつがなんの『職』についているかわかれば必然的にそいつに何ができるかも大体わかる。『魔法師』っつっても炎か水かでやることも対応も変わる感じだな。だから自分から進んでバラすやつはいねえ」


 あー、まあそうか。殺し合いになるかもしれない相手に自分はこれからなになにをします、ってばらすようなもんか。


「副職は……いわば奥の手だ。天職はバラしても、万が一に備えて副職の方は黙ってるのが基本だ。この街じゃ特にな。だから副職を聞くのはマナー違反だし、んなことすりゃあ敵対意思を持ってるのかって思われるかも知んねえから気をつけろ。誰彼構わず不用意に副職を聞くんじゃねえぞ」


 それなりに名前が知られてれば天職はバレるから対策されるだろうけど、副職までばれなかったらそれだけで敵の対応を惑わすことができる。だから隠すわけだが、それを探ろうとしたら怪しまれてもおかしくはないってことか。納得。


「……で? 結局親父の副職はなんなの?」

「……お前、話聞いてたか?」

「聞いてたけどそれとこれとは別でしょ。それとも俺が敵意持ってると思う?」

「いや、まあ、思わねえが……」


 親父はそう言うと眉を寄せて少し困ったようにしている。

 普段は厳ついのにこうして困ったようなところは少し可愛いところもあるなと思ってしまう。これがギャップ萌えというやつだろうか? 厳ついおっさんのギャップ萌えなんて見たくないけど。


「いいじゃねえっすか、ボス。どうせあんたのはこの街の奴らにはバレてんすから」

「そうなのか? エディ」


 親父が話すことのないまま黙っていると、そんな様子を見かねたのかエディが若干呆れたような態度をしながら口を出してきた。


「っす。ボスは昔傭兵団にいた時にやんちゃしてたんすけど、そん時から界隈じゃ広まってたっすよ」

「副職って隠すもんなんじゃないのか?」


 広まってたって……それじゃあさっき話しと食い違うぞ?


「基本は、っすね。ただ、有名になればいつまでも隠し通せることでもねえってことっすよ。講釈たれといて自分がバレてるってのは話としてはあれなんすけどね」


 なるほど。隠し切れないほどに有名になったと。……どれくらい暴れればそんな隠している副職がバレるくらい有名になれるんだろうな?

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