第11話孤児院での日常

 ジートとの話を切り上げた俺たちはそのまま今度こそ止まることなく孤児院へと向かっていく。


「——っと、坊っちゃん。孤児院の奴らは問題ねっすか?」


 孤児院に向かって歩きながら雑談をしていると、エディがそんなことを尋ねてきた。

 ちなみに馬車とかを使わないのは、使うといざって時に反応が遅れて危険だからだ。金がないからとか、用意できないからなんて理由じゃないのがこの街らしいよな。


「問題ねぇ……お前らが俺のことを甘やかしたり坊ちゃんって呼ぶ以外には特にねえかな」

「はは、そりゃすまねっす。けど、坊ちゃんは坊ちゃんっすよ。何せあのボスの息子なんすから」

「息子っつっても、血は繋がってねえ義理の、だけどな」

「……っすね」


 坊ちゃんって呼ばれんのが気恥ずかしくて、辟易とした態度でエディの言葉を否定したんだが、そんな俺の言葉を聞いてエディは寂しげに笑った。


 そんな様子を不思議に思ったが、すぐに何がまずかったのか思い至った。


 ……今のはまずかったか。親父——ヴォルクに限らずみんなは俺のことを本当の息子として思ってくれてる。それはこのエディも同じだ。どこかチャラそうに見えても俺のことを気遣ってくれてる。だってのに、こっちから壁を作るようなことを言うべきじゃなかったな。


「……まあ、血が繋がってねえ親子なんてこの街じゃ珍しくもないし、俺だってんなもんどうでもいいと思ってるけどな。俺は俺で、親父と……あんたたちの息子だ。ただ、あれだ。……坊ちゃんはやめてくれ」


 素直に「悪かった」、というのが気恥ずかしくてそんな婉曲な言い方になってしまった。


 だがそれでもエディには俺が何を言おうとしたのか通じたようで、僅かな間を置いた後俺の頭に手を乗せて乱暴に撫で回した。


「なーに生意気に気ぃ遣ってんすか。子供は子供らしく好き勝手すればいいんすよ。それでこっちがどう思おうと、そりゃあこっちの思いすぎ、考えすぎってやつなんすから」

「そーかよ」

「そうっすよ。まああれっすね。坊ちゃんって呼ばれんのが嫌だったら早くこの街を一人で出歩けるようになる事っすね。じゃないといつまで経っても『坊ちゃん』っすよ」

「……そのうちエディだけじゃなくて全員ぶっ倒してやるから覚悟しとけ」

「期待してるっす」


『坊ちゃん』呼びが変わらないことを理解すると俺はため息まじりに宣言したんだが、エディは楽しそうに笑ってるだけだった。




 しばらく——十五分ほどか? それくらい歩いてると薄汚れた外壁に囲まれたなかなか広い敷地を持った場所に辿り着いた。


「ベル、カイル」


 辿り着いた場所は頑強そうな門が締められたんだが、それを開けて中に入るとほど近くにあった茂みから知人の姿を見つけた。


「おん? おお、ヴェスナーじゃん! 今日も来たのか!」

「まあな。家にいてもやることなんてほとんどねえし」

「でもお屋敷にはボスや皆さんがいらっしゃるんでしょ?」

「いてもみんな仕事だよ。頼めば相手してくれるだろうけど、その分仕事が遅れるから邪魔しないほうがいいだろ」


 この男女の二人組はこの孤児院にいる兄妹で、俺の友人だ。俺がこの場所に来るときは基本的にこいつらと一緒に行動している。


 茂みに隠れてたってことから察するに、多分今は〝勝負〟中なんだろう。


「坊ちゃん。じゃあ俺はちっと責任者に会ってくるんで適当に遊んどいてくださいっす。ただし、くれぐれも敷地から出ないでくださいっすよ」


 俺が二人と話しているとエディがそう言って話に入ってきた。


「わかってるって。俺もそんな馬鹿じゃない」

「それから、敷地内でも完璧に安全ってわけじゃないんで、警戒はしといてください。なんかあったら迷うことなく叫ぶんすよ」

「わかってるからさっさといけって」


 少々過保護すぎるようにも見えるエディの背を手で押すとエディは離れていったが、多分どうせ完全に離れてったってわけじゃない。いや物理的には離れてったんだが、魔法的にというか、この世界特有の特殊能力で俺のことを監視してるはずだ。じゃないと護衛としてきた意味がないからな。


「で、今日は何してんだ?」


 エディがいなくなったことで俺は二人に向き直るとそう問いかけた。


「今日は鬼ごっこだな」

「それ、今日はってか、今日〝も〟じゃねえ?」

「仕方ねえじゃん。これが一番重要なんだし」

「まあそうだけどさ」


 鬼ごっこってのはこの世界でも遊びだが、こいつらにとっては単なる遊びでは終わらない。


「ちなみに、今始まったばっかりだから混じっても問題ないと思うよ」

「そう? じゃあちょっと模擬剣取ってくるよ」

「おう。俺らはここにいるつもりだけど、まあいなかったら頑張れ」

「んー。りょうかーい」


 そう言って返事をすると俺は孤児院の倉庫まで鬼ごっこに使う模擬剣を取りに走り出した。


 模擬剣を使う鬼ごっこってなんだよって思うかもしれないし、俺だって最初はそう思った。

 だが、この街ではそれが合理的というか、そうする必要があったのだ。


 この鬼ごっこ、目的は単なる遊びではなく自衛のための訓練だ。鬼(犯罪者)から逃げて生き延びるためにはどう行動すればいいのかを鍛え、模擬剣を持つのは万が一に追い付かれた場合に対処する力を鍛えるためだ。


 そんな理由だから、この鬼ごっこは見つけたら『手でタッチ』なんて生ぬるいことはしない。持っている模擬剣を使って相手を切る。まあ切るって言っても実際には切れないから叩くだけど。

 で、切られたらそいつが今度は鬼だ。そこのタッチされたら交代ってのは普通の鬼ごっこだな。


 だがこの鬼ごっこ、基本的に俺が不利だ。というか一定年齢以下は不利、というべきか。

 なぜかって言うと……


「あ、ヴェスナー様? 来てたんですね」


 と、そこまで考えて剣を手にして倉庫から出たところで、孤児院の少年であった。


「あー、今さっきな。……で、今の鬼はお前か?」

「はい。悪いですけど、相手してもらいますよ」


 少年はそう言って腰を落とすと持っていた模擬剣を構えた。


「加減したりは……してくれないよな?」

「するなって命令が来てるもんで」

「だよなー」


 俺は一応親父——ここの設立者の息子だから、本来なら加減とかごますりとか忖度とかあってもおかしくない。


 しかし、これは遊びではあるが訓練の意味合いが強い。そんなだから俺の訓練にもなるから加減しないようにって親父から通達が来てる。


 すぐに襲い掛からずに待ってくれてるのは最低限の気遣いというか、できる限りの配慮だろう。


「それで、準備はいいですか?」

「ダメって言ったら止まってくれるか?」


 無理だろうなと思いながら倉庫から取り出したばかりの短剣を構えて問いかけるが、少年は俺の言葉を否定すると直後、動き出した。


「無理です——ね!」


 そう言った瞬間目の前にいたはずの少年の存在が希薄になり、気を抜けばその存在を意識から外してしまいそうになった。


「っ——!」


 これだよ。これだから俺たちは不利だってんだ!


 この世界には『神の欠片』なんて呼ばれるもんのおかげで全員が特別な力を使える。

 それぞれできることとできないことがあるのだが、力の方向性ごとに『天職』と名付けられたそれはその天職ごとに特別な力を与えてくれる。


 目の間にいる少年の存在が希薄になったのもその『天職』の力——スキルの効果だ。多分『隠密』とか『気配遮断』とか『認識阻害』とかその辺の盗賊系の能力だろう。足音が聞こえることと少年の年齢からすると気配遮断あたりか?


 天職は目覚めたスキルの使用回数で天職そのものの『レベル』が上がり、新しいスキルを覚え、既存のスキルの効果が上昇する。

 だが、この少年のスキルは俺にかかった効果もそれだけで完全に意識から外すことはできてないみたいだし、多分天職のレベルは低い、はず。


 俺もスキルを使って対抗できればいいんだが、それはできない。

 天職は誰でも使えるが、『神の欠片』が生まれてからすぐは体に馴染んでいないから使うことができない。まあ『できない』ってこともないが、無理して使うと早死にしやすいってことで十歳から使用することが良いとされている。


 そんなわけで、まだ十歳になっておらずスキルの使い方を教えられていない俺としては、スキルを使える十歳以上のやつを相手するのきつい。


 十歳以上って言ってもスキルを覚えたての十や十一歳程度ならそこそこ余裕はあるのだが、この少年みたいに十三歳ともなるとそこそこきつい。

 くそっ、早く十歳になりたい!


 ——とはいえ、相手はまだまだ子供だ。スキルはなくても頭の中身は年上な俺からしてみればその部分にはアドバンテージがある。


 気配を消して突っ込んできた少年は俺の横から剣を振り下ろしてきたが、俺はそれを前にダッシュすることで避ける。

 剣を避けられた少年はそのままダッシュした俺に追い縋るように走り出したが——ここだ!


 俺は少年が追ってきたのを確認すると急停止、続いて反転し、横薙ぎに剣を振るった。


「うっ!」


 が、俺の剣は天職だけではなく体格の差もあって不意打ちであったにもかかわらず受け止められてしまった。


 鬼は反撃を喰らったら三十秒は止まらないといけないというルールなので、これで仕留めることができれば逃げることもできたんだが……無理だったか。


 不意打ちを凌がれた後は純粋な斬り合いになったのだが、まあ当然のごとく俺が不利だ。頭の年齢が違うって言っても、俺は日本にいた時は剣術や武術なんて習ったことがなかったからな。こっちの世界で人生を賭けて鍛えてるこいつらに勝てるわけがない。


 そんな考えが正しいと証明するかのように俺は次第に押され始めた。それでもギリギリのところで耐えているのは俺もこの世界で鍛えるようになった成果だろう。まあそれでも後数分もしないうちに負けると思うが。


 だが、俺の作戦はこれでおしまいではない。


「あっ、おいカイル! ちょっと助けてくれ!」

「えっ!?」


 かかったな! カイルなんて来てねえよ!


 俺が手をあげて隙を見せながら少年の背後に向かって呼びかけたことで、本当にカイルがそこにいると思ったんだろう。

 少年は目の前の俺から目を離して振り返り、いもしないカイルを探す。

 後はそこを後ろからグサリとすればそれでこの勝負は終わりだ。


 卑怯? この街では卑怯なんてもんはない。あるのは強いか弱いか。生き残れば強くて、負けたら弱かった。それだけだ。


「勝てば官軍ってなあ!」

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