第7話ヴォルク:赤ん坊を殺——さない
「——で? んでそんな厄介ごと持ってきてんすか?」
今回任務を果たすために俺は自分の隊と共に行くことになったんだが、城を内密に出発してしばらく進んでからメンバーの一人——エディがそんなことを言ってきた。
隊長——つまりは上官にそんな口調でものを言えば普通なら罰されるところだが、俺たちは元々がお行儀のいいお坊ちゃんってわけでもねえ。だから誰もんなことは気にしねえ。まあ公の場ではそれなりに礼儀正しくもするが、普段はこんなもんだ。
「しゃーねーだろ。上からの命令を断れってか? 王様からの勅命だぞ?」
エディは軽い態度をしてるしバカっぽい言葉遣いだが、その実頭は悪くねえし腕だって俺の次に良い。一応この隊の副隊長だしな。そんなわけだから、きっと今の俺たちの状況を理解してんだろうな。
つっても、状況を理解してんのは俺とエディだけじゃねえ。多分全員理解してんだろうな。
俺たちは今は騎士なんてやってるが、元々は傭兵や冒険者だ。だから自身の置かれた状況を理解する力ってのはそれなりにある。雇い主に騙されたり状況判断を間違えたりしたら死ぬからな。
「いやー、つってもどう見ても厄介ごとじゃないっすか」
「こなしたところで無事に終わるとは思えねえぞ?」
「んなもんは俺だってわかってんだよ」
こいつらの言う通り、今回の任務はこのまま赤ん坊を所定の場所へ持っていって殺すってだけじゃおわんねえだろうと考えてる。
殺すこと自体はまあいい。いや良かねえが、騎士になる前もなってからも、人を殺したことはある。今回は赤ん坊だが、罪のない人間を殺すって点では同じだ。
だから問題はそこではなく……
「ぱ〜あ〜」
なんて考えてると、さっきまで眠ってたのか静かだった赤ん坊がそう言って笑いながら俺に向かって手を伸ばしてきた。
だから俺はお前のパパじゃねえよ。
……あ、やべえ。パパって自分で言っててきめえな。んな言葉を使うガラじゃねえわ、俺。
「なんかこの子、やけに隊長に懐いてねえか?」
「こんな厳つい顔のどこが良いのかねぇ?」
「隊長、実は本当のパパだったりしません?」
隊員のバカどもはそんなふうに言ってるが、こいつの父親ってことはあの女の相手をしたってことになるんだが、あんな美人の相手をしたことなんざねえよ。
「んなわけねえだろ」
あんな美人が嫁だったら嬉しいが、俺なんかが家庭なんてもんを持てるわけがねえ。俺の性格的にも、今までやってきたこと的にもな。
「で、それはともかくとして、本当に殺すつもりっすか?」
「いくら俺たちがクズの集まりっつっても、流石に俺ガキを殺したくはねえんだけど?」
隊員達は文句をたれてる何、んなもんは俺だって同じだよ。いくら人殺しにはなれてるっつっても、ガキを殺してえなんて思うほど腐っちゃいねえ。
「俺だって殺したかねえよ。だが、勅命だぞ? 逆らってみろ。どうなると思ってんだ」
だが、ここで命令に逆らってみろ。王は俺たちを殺しにくるぞ。
俺はそれなりに強いって自負があるが、それでも国を相手にしてたら死んじまう。だからここは嫌でも言うことを聞くしかねえ。
「まあ分からなくもないっすけど、どのみちどうなるかなんて分かんねえんじゃねえっすかねぇ?」
「……うっせえ。ともかく指定された場所まで行くぞ」
なんて考えたが、おめえらに言われるまでもねえってんだ。俺だってわかってるさ。
だがそれでも、今はとりあえず指定された場所へ進むしかねえんだよ。俺たちがどうするにしても、〝あっち〟がどうするにしてもな。
指定された場所まで行ったわけだが、周りは鬱蒼とした森に囲まれていた、人っ子一人見えない。これならばガキ一人殺したところで気付かれないだろう。
「で、丸一日かけてこんな場所まで来たわけだが、まああれだな……どうすんだ?」
隊員の一人が発したその言葉は俺たちの状況を考えれば別段おかしなものでもない。誰かが聞いてたとしてもガキを殺すのか、それとも殺さずに逃げるのか、と聞いているように聞こえるだろう。
だが、俺はその真意を理解していた。俺だけじゃなくて他の奴らもそうだろう。
「——チッ。仕方がねえ。こうなったらもうどうしようもねえだろ。殺すぞ」
俺はそう言ってから抱いていた赤ん坊を地面に下ろそうとした。
「あ〜う〜! ぱ〜あ〜!」
だが、捨てられるって理解したのか、俺に手を伸ばし、服を掴んで暴れ出した。
掴んでるっつっても、所詮は赤ん坊の力だ。簡単に引き剥がすことができた。
そんな赤ん坊の手を傷つけないように服から離させた俺は今度こそ地面に起き、隊員達に視線を巡らせた。
「お前ら注意しろよ。周りで見てる奴らがいないか確認しとけ。こんなところで火なんて使ったら目立つからな。目撃者なんてでたらまずいだろ」
俺の言葉を聞いた隊員達は頷き、振り向いて周囲の状況を確認し始めた。
だが、俺が剣を構えたところでエディが振り返ってきた。
「——っと、そうだ。隊長、ちょっと良いっすか?」
「……おう」
「みんなもいっすか? ちょーっと話があるんすけど」
エディの呼びかけで俺だけじゃなくてつい今まで周りの状況を確認してた隊員達が全員こっちに振り返った。
「隊長」
そう言ったエディの顔は楽しげで、だが普段のようなバカっぽさを消して真剣なものになっている。
他の奴らも同じようなもんだ。視線を向けると全員笑っている。
全員バカばっかだよな。ほんと。
……まあ、それは俺もなんだがな。
「ああ——やれ」
「「「おう!」」」
俺の合図とともに隊員達は一斉に動き出し、森に潜んで俺たちのことを監視していた奴らに突っ込んでいった。
「……まあ、こうなるよなぁ」
森の中に誰かが隠れてんのは初めっからわかってた。これでも俺は『剣士』の天職をレベル八まで上げてんだぞ?
十段階中の八だ。レベル五でもすげえって言われる世間一般で言えば、天才っつっても良いくらいだ。
天職はレベルが一上がるごとにスキルを一つ覚えるんだが、剣士の天職が覚えるスキルの中に『気配察知』ってもんがある。
それだけじゃなく、この場所に到着した時に隊員の一人が声をかけてきたが、それは合図だった。
やつは『盗賊』の天職で、レベル五。その覚えたスキルの中に周囲の中に『探知』ってもんがあって、それは俺の気配察知よりも高性能な周辺を調査するスキルだ。
それによって森に潜んでいたやつがいることを察し、「どうする?」なんて聞いてきたわけだ。
俺たちが到着した先にピンポイントで待ち伏せするかのように姿を隠し配置されたやつらがいる、なんて状況になったらどう考えたって怪しすぎんだろ。
それによって俺は城の奴らが俺たちを殺そうとしてることを理解した。まあ、理解したっつーか確信した、だな。元々口封じで殺される可能性は理解してたわけだし。
っつーかこんなところまで人を送るくらいだったら、そいつらが赤ん坊を持ってくりゃあよかっただろうが。
まあ、赤ん坊の死を俺たちのせいにして罪をなすりつけて実情を誤魔化そうとしたとかそんなところだろうな。
「隊長―。どうすんっすかー?」
で、そんなわけで俺たちを口封じするために要員を確認した俺たちは、襲われる前に殺してやろうと動き出し、実際に殺したわけだ。
だが、自分たちが生き残るためとはいえ、城の手先を殺したんだ問題になるに決まってる。
盗賊が襲ってきたかと思った、と言い張ればお咎めなしかもしれないが、その場合は後から一人ずつ殺されるだろう。
なので俺たちはもう城に戻ることはできない。
「うっせえ! 今考えてっから待ってろ!」
つっても、どうするかなんて限られてる。
……っし、そうだな。そうするしかねえか。
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