第6話ヴォルク:赤ん坊と王妃

 



「失礼します妃殿下。お時間です」


 翌日になってやってきたのは俺たちが普段行かないようなお偉いさんの区画。その中でも女性用の場所で、早い話が女の王族が使う場所だ。


 早朝に人目を憚るようにこそこそと連れてこられたと思ったら、まさかこんな場所だとはな。そりゃあ堂々とこれねえわ。

 俺みたいのがこんなところに来たってなったらどうしたって噂になる。昨日の口ぶりからしたらできる限り秘密にしておきたいみたいだしこそこそするのも当然ちゃあ当然だな。俺としては厄介ごとな気配がプンプンするからもうすでに嫌気がしてきてるんだが。


「ヴェスナー……」


 だが、俺たちが部屋ん中に入ったってのに部屋の中にいた女はこっちを見向きもしないで腕の中の赤ん坊を見つめている。ヴェスナーってのは、その赤ん坊の名前か?


 この部屋の主であの赤ん坊を抱いてる女では、俺も数回しか見たことねえがこの国の王様の嫁——つまりは王妃様だろ? まあ何番目だったかまでは覚えちゃいねえが。


 その子供ってことは、あの赤ん坊は王子様か。……はんっ。王族に生まれるなんて、羨ましい限りだな。この先多少の苦労はあるかもしんねえが、それだって俺ら平民からすりゃあ屁みてえなもんだろうよ。

 全く、羨ましいかぎ——


「お前達には『アレ』をある場所まで運び、焼いてもらう」


 ——り、だな……あ? こいつ今なんつった?


 焼くって、あの赤ん坊をか?


 ……っとに、マジで厄介ごとかよ。


 そのガキは王子じゃねえのか? それを焼く? まだ生きてんのにか?

 ……いやー、どう考えても厄介事ってだけじゃ済まねえな。


 そりゃあ俺たちが適任なわけだわ。つか他の奴らじゃ受けねえな。

 だが、なんだってそんなことを? 考えられる可能性としちゃあ不義の子ってところだが……。


 ちらっとみた限りじゃそういう雰囲気の女でもねえんだよなぁ。

 こういう場合、大抵は自分の不貞に対して後ろめたさのある暗い表情をするか、もしくはガキも他人も気にせずに全く悪びれないかのどっちかだ。

 だが、この王妃はどっちでもねえ。ただ純粋に自分の子供の心配だけをしている……ような気がする。まあただの勘なんだがな?


 ただまあ、ただの勘っつっても、それなりに経験を積んできた俺の人生から判断した結果だ。そう違ってるとは思えねえ。


 だったらなんで、って話に戻るんだが……。


 と、そこで一つ気がついたことがある。

 そういやあ、昨日王子様が産まれたが流産したって話じゃなかったか、ってな。


 だが実際には生きてる。

 王子様が生きてんのに死んだって話しが流れてる。この二つの食い違いはどういうわけだ?


 何かしらの事情があるんだろうが、こんな厄介ごとを押し付けるってことは、これ、もしかしたらもしかするか?


「……拝命いたしました」


 だが断ることもできないもんだから、俺はそう返事をするしかない。

 昨日の時点ならまだ断ることもできたかもしんねえが、ここで断ったところで事情を知ったんだから消される可能性がある。


 まあ、それは受けたとしても同じだけどな。


 目的の場所まで行って、ガキを殺して証拠を燃やして、そんで帰ってきたところで、もしくはその途中で闇討ちなんてのは十分考えられる。

 断るにしても断らないにしても、どっちにしても詰んでる。


「ま〜あ〜」


 自分にこれから起こるあれこれについて考えていると、不意にそんな声が聞こえてきた。

 声の下方を見てみると、王妃の抱いてる赤ん坊が王妃に——母親に手を伸ばしながら声を出してた。


 だが、そんな赤ん坊の声を聞いてか、それとも自分に向かって手を伸ばす姿を見てか、赤ん坊を抱いている王妃は顔を歪めて嗚咽を漏らした。


 ……チッ。ったくよぉ。んなもん見せんじゃねえってんだよクソったれが。


 自分のガキをそれまでよりも強く抱きしめながら泣き出した王妃のことなど構わず、俺をここまで案内した男は王妃から乱暴に赤ん坊を取り上げた。


「もて」


 で、その赤ん坊をまともとは言えない持ち方で俺の方に押し付けるように渡してきた。


「ぱ〜あ〜」


 押し付けられた仕方なく赤ん坊を受け取ったんだが、戸惑いながら抱いていると赤ん坊は笑って俺の方に手を伸ばしてきた。

 っつか「ぱあ」って、そりゃあ「パパ」って言いたいのか? 俺に対して?


 わりいが、あいにくと俺はお前の父親じゃねえんだよ。


 …………………………はああああぁぁぁ〜〜〜〜。……もうこうなったら、こいつらが約束を守って俺を昇進させて、その後は何事もなく終わってくれることを願うしかねえよなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る