第3話現状の理解

 流れた——苛立った様子の国王は唐突に告げたのだが、その言葉の意味が理解できない。頭が理解することを拒んだのだ。


 だってあれだ。流れたってことはつまり、死んだってことだろ? 

 で、その『子』ってのは俺のことで……え? それって俺は死んだことになるの? なるのってか、死んだことにされるの? 父親に?


「は? そ、それはつまり……この子は……」


 俺を抱き抱えている女性——多分母親なんだろう人は戸惑ったように声を震わせながら言葉を発したが、それが最後まで紡がれることはなく止まってしまった。

 そりゃあ夫から自分たちの子供を殺すなんて聞いたら、そうなるだろうよ。


「王家に『農家』などという天職を持った子が生まれてはならぬ。『農家』など生まれれば、それは王家が平民と同列の存在であると語るようなものだ。それは王家の権威を揺るがしかねない。加えて副職が『盗賊』だと? どちらを選んだとしても王家に相応しくない」

「ですが——」

「くどい。決まったことだ」


 俺の母が国王に対して反論しようと口を開いたが、それは威圧感のこもった言葉で強引に止められてしまった。


「同じ平民にでる天職であっても、『剣士』や『商人』であれば問題はなかった。だが、『農家』はならん。平民にもっとも多い天職である『農家』も、犯罪者の代表である『盗賊』も王家には生まれてはならんのだ」


 ……あー、なんだなぁ。つまりこれは転生ガチャ失敗ってことか?


 なんとなく話が見えたが、やっぱりさっき俺が考えたことはおおよそは合っていたらしい。


 どういうことかっていうと、こういうことだ。

 王家はその特別性を維持するために平民とは違うってところを見せなくちゃいけなくって、そのためには平民の象徴ということができる『農家』は邪魔な存在ってことだろう。


 ……ふっ。まだまだ赤ん坊なのに察しが良くて困っちゃうね——なんてバカ言ってる場合じゃねえ!


 つってもなあ。このままじゃ処分されることになるんだろうけど、この体じゃうまく逃げるどころか、そもそも自分の意思で動かすこともできないからなぁ。ぶっちゃけどうしようもない。


 俺の胸の中には諦念の思いが溢れていた。


 にしても、盗賊かぁ……。盗賊ねぇ……まあ、盗賊か。わからなくもないな。だってあんな最後だったし。


 でもさぁ、農家がそんなに悪いことかねぇーって思うんだよな。

 盗賊はわかるよ? この世界の天職の盗賊とやらは斥候とかスカウト的な、いわゆるゲームの『役割としての盗賊』であるのかもしれないが、それでも言葉上のイメージは悪い。間違っても王族に出ていいようなもんじゃない。


 だが農家はいいだろ別に。

 だって貴族や王族って言っても、最初からそうであると生まれた訳じゃないだろ? 国ができた最初は誰だって『貴い血筋』ってやつじゃないんだ。

 むしろ最初の職業は全員農家じゃねえの? あ、いや、戦士かもしんねえな。でもまあ、なんにしても最初期の職業であることには変わりないはずだ。だったらそれらこそ『貴い』職業だと思う訳だよ。

 ぶっちゃけ血筋で個人の資質や未来を判断するなんて馬鹿馬鹿しいと思う。ま、庶民の感覚だけどな。


 なんにしても、王様の決定に逆らうなんてこと誰もしないだろうし、せっかくの二度目の人生も初っ端おしまいかぁ……。

 まあ、この世界や人間に愛着が湧く前に死ぬんならまだマシだなとは思えるな。所詮は一度死んでんだ。それも自分の自業自得で。

 だったら今のこの状況は望外の奇跡。夢みたいなもんだ。二週目ってよりは、エクストラステージとかボーナスステージみたいなやつ。


 これが数年経ってから処分ってことになったら、結構〝くる〟ものがあっただろうけど、今ならまだ諦めもつく。どうせ『俺』の人生はもう終わったわけだし。


 ……ただ、あれだよな。愛着はないし、死んでも仕方がないとは諦めがつくけど、さっきから俺を抱く腕に力がこもっている母親のことを思うと、ちょっと……なんだろう。なんとも言葉にできない感じがして、残念に思う。


「口の固い者を選んで処理させよ。ただし城では殺すな。穢れる」


 穢れるって……自分の子供を殺すことを決めたようなやつが穢れだとか気にすんなよ。


「はっ」


 だがそう命じられた国王のそばにいた人物は返事をすると共に部屋を去っていった。


「この場にいる者全てに命じる。他言無用だ。この事が他者へと知れたのならば、その者とこの場にいる者、全員が死ぬことになる」


 さっき出ていったやつは口止めしなくていいんだろうかと思ったが、多分さっきのは忠臣的なやつで漏らす心配がないとかそんなんだろう。


「理解できたのであれば最低限を残して直ちに部屋を出てゆけ。そして流れたことを周知し、死後の準備を整えよ」

「「「はっ!」」」


 どうやら俺の処分は覆ることはないらしく、死ぬための準備が進められていった。


「せめて……せめて今だけは、この子を抱かせてくださいませ。どうか……お願いいたします」

「……おかしな気は起こすでないぞ」


 そうして部屋に数人を残して国王は出ていった。


 国王が出ていき、数人だけが残った部屋の中には痛いくらいの静寂が訪れていた。


「……ごめんなさい。守ってあげられなくて、ごめんなさい……」


 泣かないでほしい。ぼやけた視界でまともに顔も見ることができない初対面の女性に対してそう思ったのは俺がこの人に守られていると感じたからで、つまりはこの人のことを母親なんだと認めてしまったからだろう。


 ……ああくそ。嫌だなぁ。愛着なんてないから死んでも諦められるって考えてたが……愛着ができちまったよ。

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