第2話農家で盗賊な王子様

 ──◆◇◆◇──


「陛下、無事に生まれました」

「性別はどうだ?」

「男児にございます」

「そうか」


 光を感じてから最初に聞いたのは赤ん坊の泣き声と周りの人たちの声、それからなんだか偉そうな男の声だった。


 なんで生まれたばっかりで、なおかつ日本語でもない言葉を理解できているのかって言ったら、そんなの俺にもわかんない。


 多分でいいなら、きっと生まれる前に見た……ような気がする光のせいだと思う。


 俺は死んだ後、なんか視界が暗くなったと思ったら少しの時間だけ光に照らされて、そんでまた暗転した。

 しばらくはその暗さに心地よさを感じてたんだが、急に洗濯機に放り込まれたようなシェイク感と全身が締め付けられるような感覚を味わい、急に視界が明るくなった。


 で、その直後に周りの声だ。


 それが生まれ変わるってことなんだろうと理解するのには、それなりに時間がかかった。


 自分の思い通りに動かない体に、声を出そうとすると必ず叫びになってしまう声。

 視界は動かすことができないし、なんでか白黒でしか見えないしぼやけて見えるからろくに状況を確認することもできない。


 それでも声だけは理解できたからそこからなんとか状況は理解できてたんだが、それを頭が受け入れることを拒否したのだ。

 異世界に生まれ変わりたいなんて思ってたが、いざその事態に直面すると混乱してうまく頭が働かないものだってのが理解できた。


 まあここが異世界だなんてのは予想でしかなかったけどな。モンスター的なやつを見たわけでも魔法を見たわけでもないんだし。


 それでも異世界なんだと思ったのは、ぼやけながらもうっすらと見えた明らかに病院ではない豪奢な景色と、聞き覚えがないはずなのに完璧に理解できる言葉のおかげだと思う。まあそこには多分そうであってほしいって願望もあったんだと思うけど。


 そんなわけで異世界(仮)に生まれ変わったんだが、その(仮)ってのはすぐに訂正、というか撤去されることとなった。


「神託を」


 生まれて初めてあったのだというのに、陛下と呼ばれた父親らしき男は感慨もなさげにそれだけ言った。

 その様子にちょっとだけムカついたが、よく考えてみれば『陛下』なんて呼ばれてるってことは、まあそういうことなんだろうなって理解したから仕方がないと思えた。

 陛下——つまりは王様だ。王様ってのは子供を作るのが仕事みたいなもんだし、多分俺以外にも子供がいて、上に兄だか姉だか……多分兄が何人かいるんだろう。


 ……あれ? というか、それって俺も王子様か? まじで?


 あー、つまりなんだな。………………ふっ、これが勝ち組人生ってやつか。王子様ってことは転生ガチャ大当たりじゃん。

 別に日本にいた時が貧乏だったってわけでもないが、せっかく王子様に生まれた訳だし今世ではめっちゃ贅沢してやろうっと。


 そんなことを考えていると、誰だかわからんが多分男が俺の前にやってきて頭を下げた。


「それではこれより、陛下の御子様に与えられた天の欠片を調べさせていただきます。


 ……あん? てんのかけら? ……なんだそれは?


 よくわからない単語が出てきたが、多分異世界由来のなんかだろう。スキルとかギフト的なアレじゃないかと思う。


 何をするつもりなのか全くもってわからないが、この体ではどうすることもできないのでおとなしくしているしかない。


 ……なんて、そんな仕方ない風を装っちゃいるが、正直なところすっっっっっっごく楽しみである。

 だって仕方がないだろ。むしろ当然じゃないか? だって異世界に生まれ変わったんだ。てんのかけらがなんなのかいまいちよくわからないが、それでも魔法的なあれをみることができるかもしれないんだから、楽しみに決まってる。


 そんな風に内心でワクワクしながら待っていると、俺の前に出てきた男が手を翳し、そこから金色の光を放った。

 放ったって言っても、こう、ビーム的なあれではなく柔らかい木漏れ日みたいな感じのやつだ。それが俺の体を包んだ。


 突然手から放たれた光を見たことでここは異世界なんだと俺の中で確定し、俺は心の中で狂喜乱舞していた。


「……え?」


 だが、俺の喜びとは裏腹に、俺に向かって光を放った男は困惑したような間の抜けた声を漏らした。


「どうした。失敗したか?」


 無愛想で偉そうな父が威圧的に問いかけ、俺に光を放った男は慌てて口を開いた。


「あ、いえ。天職は判明しました……」

「ならば言え。何を迷っている」


 口を開いたがその声は徐々に勢いを失い、小さくなっていった。


 そんな態度に苛立ったのか、先ほどよりも威圧感を増した口調で俺の父である国王が問いかけた。

 男はそんな国王を見てわずかに逡巡を見せた後、意を決したように再び口を開いた。


「は、はい。申し訳ありませんでした。……へ、陛下の御子様に与えられた天職は——『農家』でした」


 男がそう言った瞬間、その場から音が消えた。


 実際に音が消えるなんて現象が起こったわけではないが、そう感じるほどに静まり返ったのだ。

 周りにはそれなりに人がいたはずなのに誰も身じろぎせず言葉を発さず、呼吸の音すらも聞こえない。


 先ほどまで威圧感たっぷりだった国王さえそのオーラを消してしまっていた。


 正直、当事者ではあるが事情がわからない俺には何が何だかさっぱりである。


 何がまずいのかって言ったら、多分だが最後に言った『天職が農家』って部分だろう。その前で躊躇ってたし、それ以外におかしいところなんてないし。


 天の欠片を調べるって言って天職を告げたんだから、多分その『天職』が『天の欠片』なんだろうってことはわかる。

 だが、そうだとしても、農家の何がまずい………………あー。もしかしたら分かったかもしんねえ。


 天職ってのはその者にとって最適な職業を表すもんだが、この世界ではもっと違う意味があるんだろう。


 〝天〟の欠片と〝天〟職——つまり、文字通り『天に与えられた職業』なんじゃないか?


 王家に生まれた俺に与えられた職業が農家となると、なにがどうなるのか知らんが、まずいんだろう。と思う。


「………………何? 農家、だと? 余の子が、か?」

「は、はい」


 俺の天職を調べた男は返事をしたが、国王は問いかけたんじゃなくて思わず口から言葉が漏れてしまっただけなんだろう。再び黙り込んでしまい、この場にはまたも静寂が訪れた。


「どういうことだ」


 そうしてわずかに時間が経ってから口を開いた訳だが、どういうことだって言われても、何が、としか言えない。周りだって誰も答えずに困惑してる。まあよく見えないから雰囲気からそうじゃないかって察してるだけなんだが。


「……副職はどうなっている?」

「ふ、副職は、ですね。その——盗賊でございます」


 もう何度めになるのかわからない沈黙だが、なんだか今までよりも空気が痛い気がする。

 まあ王の息子に対して盗賊なんて言ったらそうなるわな。


「——子は流れた。そう周知せよ」


 ……ナンダッテ?

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