第4話決意と別れ

 ──◆◇◆◇──


 さて、そっからはずっと母親に抱かれている俺なわけだが、このままいけば俺は処分されるだろうな。


 だがまあ、俺だって伊達に抱かれ続けたわけじゃないんだぞ。多少は愛着もできたし足掻いてもいいかも知んねえな、なんて思ってあれから生き残るために色々と考えてたんだよ。

 死んだことになってんだったら無理に騒いで生きてることを周りに知らしめようか、とかな。


 だがそれは色々と問題点があったのでやめておいた。


 考えてもみろ。ここは王族専用のエリアだろう。妊娠した王族をそこら辺の木端と一緒にするとは思えない。万が一がないように他からは隔離した場所にこの部屋はあるんだと思う。

 なので叫んだところで誰もきてくれはしないし、もしその騒いでる声がうるさいから明日を待たずに殺しましょう、なんてなったら目も当てられない。


 なので騒いで俺の存在を気づかせる作戦は無しにしておいた。

 命がかかってんだから分が悪くても賭けに出るべきじゃないかとも思ったが、今の状況はあまりにも分が悪すぎる。もう一つの作戦があるんだからそっちにかけた方がマシだ……多分。


 一つだけじゃなくて他にももっと作戦を用意しておきたかったんだが、あいにくと今の俺はできることがものすっごく限られている。愛着が生まれたからと言ってもだからどうするって話しなわけだ。

 だって俺子供だし? もっと言うなら赤ん坊だし? できることって言ったら、泣く、笑う——以上だ。……これでどうしろと?


 ただまあ、やっぱり現状を再確認したところで、このまま死んでもいいとは思えなくなっちまったんだよなぁ。だからどうにかするしかない。


 と言うわけで次の作戦だが、これが本命だ。本命っつっても作戦としては相変わらず賭けの要素が大きすぎるんだがな。だがそれは仕方がない。


 作戦名は『オペレーションスマイル』だ! ……まあ、簡単に言えば媚を売ることだな。

 媚びって言っても喋れるわけじゃないので笑うくらいしかできないわけだが、こう、「なんだこの赤ちゃんは! かわいい! 殺したくない! よし、死んだことにして匿おう!」みたいな流れがくれば生き残れると思うんだ。

 けど、実際問題として王様からの命令に逆らえんのかって話だよな。


 つってもそれ意外にはまともな案なんてないわけで、それに賭けるしかない。さっきの騒いでどうこうってよりは可能性があるはずだ……多分。


 ——っし! っつーわけで、そうと決まったら全力で媚を売るぞ! そうだよ。元々諦めるなんて俺らしくもない。

『俺の人生』はもう終わったんだとか、予期してなかった二度目だからとか、何聞き分けのいいこと言ってんだよ。望外の二度目があった? なら全力で足掻けよ。足掻いて足掻いて、そんで生きて見せろって話だ。

 仕方ないからって聞き分けのいいこと言って諦める必要なんてねえだろうが! 


「あーーーーー!」


 そう決意したところで体が勝手に反応し、大声を上げて手足をばたつかせてしまった。


 母が俺を宥めたところで俺の意識は眠りへと落ちていった。オヤスミナサイ……。




 はい。と言うわけで翌日ですね。今日は私の処分される日となっております! ……はあ。


「あうー」


 今の俺が何をしているのかというと、おっぱいをもらっていた。俺の朝食だ。

 よく転生ものの話だと母親が美人すぎておっぱいを飲むのが恥ずかしいとかあるが、んなもん全く気になんねえ。だってまだ視界がぼやけて顔なんてまともに見えねえし。赤ん坊の視界っていつになったらまともになるんだ?

 あとはまあ、この人は俺の母親なんだっていう……なんだろう。確信っていうか、カッコつけて言うなら『魂がそう言ってるから』とかなんかそんな感じ?


「ヴェスナー。いい子ね……」


 自分の胸に吸い付いている俺に向かって、母は慈しむように、だがどこか無感情なように感じられた。


 だが、多分それは気のせいなんかじゃないんだろうな。だってこれから自分の子供が殺されるんだ。それも夫の命令によって。そして母はその命令に逆らうことはできない。

 そんな状況になったら、正気でなんていられるわけがない。


「失礼します妃殿下。お時間です」


 そうしてしばらくの間母親に抱かれながらうつらうつらと半分……や、八割方眠りながら待っていると、なんか知らんが誰かやってきた。

 だが、顔は見えず誰かは分からなくても、状況はわかる。時間だってことは、俺はこれからこの母親の元を離れて捨てられに行くんだろう。


「ヴェスナー……」


 部屋に入ってきても母はそいつらのことなんか気にしないで俺のことだけを見ている。

 ……だがそれは、ずっとだ。昨日から変わらない。ずっと俺だけのことを見ている。


 多分俺の母は、どこか壊れてしまったんだろう。いや、まだ明確に壊れていなくて『壊れかけ』なのかもしれないが、それでも


「お前達には『アレ』をある場所まで運び、焼いててもらう」

「……拝命いたしました」


 なんだか物騒な話をしているが、ここでそんな話をしてるってことは、まともに話してなかったのか?


 でもまあ、仕方がないだろうな。こんなことを公にできるはずはないし、下手に話して死んだことになっている俺が生きてるってバレたらまずいことになるはずだ。だから今になるまで詳細な説明をせずにここまで連れてきたのかもしれない。


 だが、それは俺にとってありがたいことだ。返事をした方はどことなく間があったような気はするし、あまり乗り気じゃないのかもしれない……と思う。

 だとしたら、その隙をつけばまだ可能性はある、か? 少なくとも希望は持てる、はずだ。


 さっきから思うとか、はずだ、とかはっきりしないが、でも仕方がないだろ? こんな状況で確信なんて持てるわけがないってんだ。


 なんて思ってたら、乱暴に持ち上げられた。


 馬鹿野郎! もうちっと丁寧にもてや! ぐえー。


「ま〜あ〜」


 そんなことをしても意味がないはずなのに、俺は自然と母に手を伸ばして声を出していた。こんなこと、するつもりなんてなかったのに……これは本能ってやつだろうか?


 だが、そんな俺の行動は思わぬ事態ってほどでもないが、思わしくない事態をひき起こした。


 抱いていた俺を奪われ呆然と俺を見ていた母が、俺に手を伸ばしながら呻き声を出して泣いてしまったのだ。


 やめろよ。泣かないでくれ。約束だ。俺は絶対に生き残るから。また会いに来るから。だから、そんなに泣かないでくれよ、母さん。


 そう誓ってもその意思は声になることはなく、母に届くこともない。

 俺は俺のせいで泣かせてしまった罪悪感と、それをどうにもすることができない無力感を感じていると、乱暴に振り回されて何か硬いものにぶつかった。


「もて」


 どうやら俺は誰かに押し付けられたらしい。多分俺を処分するために一緒にやってきたやつだろう。


 ……くそ、泣いている母をどうにかしたいが、どうすることもできない。


 悔しいが、生き残るって誓ったんだ。だったら、今はとにかく自分にできることをやるべきだ。



 まずは観察だ。観察って言ってもよく見えんが、雰囲気や俺に対する態度でどんなやつなのか多少はわかる。

 そうして観察した結果なんだか、強面だなこのおっさん。よく見えねえが、雰囲気がそんな感じだ。だが悪くない。俺を処分するために連れてこられ、そのことは理解しているはずなのに、俺を抱いている手がやけに丁寧だ。まるで本当の父親みたいに俺を気遣っているような気がする。


 ……父親、か。よし、君に決めた! 

 何を決めたのかってーと、なんてことはない。こいつを父親に仕立て上げるぞ。


「ぱ〜あ〜」


 パパと口にしたつもりなんだが、これで通じただろうか? あいにくとこれが精一杯なんだ。気付け。


 俺を受け取った男はいやそうにため息を吐き出したので失敗したかと思ったが、俺を抱いている腕にはわずかだが力が篭った。


 ひとまずは成功したと見ていいんだろうか?


 まあ、仮に失敗してたとしても他に道はないんだ。この調子でやってくしかないな。


 そうして布を被せられてから部屋から連れ出された俺だが、布で視界が覆われる前にぼやけた視界で母らしき人物がチラリと見えた。


 ……待っててくれよ。俺は生き残る。生き残って、いつか必ず会いに来るから。だからその時まで待っててくれ。それじゃあ——お元気で。


 姿の見えなくなった母に再びそう誓って、俺は生き残ってやるんだと決意を新たにした。

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