水曜日は禍燃ゴミの日

@Kazuha-ninja

水曜日

水曜日



今日は水曜日。可燃ゴミの日。

お気に入りの靴だったが、底が何度も剥げてきた。お別れの時だ。

自治体指定のゴミ袋に入れて、口を固く縛る。


外は蒸し暑い。そろそろ夏も近い。

蒸れた空気を吸い込んで、胸のうちの億劫さを逃すように吐き出す。

街灯が何回か明滅した。


地面に落ちた蛾がバタバタと踠く。避けて通る。


ごみ捨て場の金網戸を開ける。すえた匂い。

生ゴミや衣服、いろんなゴミが混じりあった、不要とされたモノの怨念みたいに纏わりつく。


ゴミを捨てる。



カサカサと音がする。

ネズミかと思ったらなにもない。


カサカサと音がする。

なにかが擦れた音。


カサカサと音がする。

喉がつかえたような感覚を覚える。


カサカサと音がする。

目の前の袋が蠢いていた。





不気味さに支配されながら、その袋を見ると蠢くのを止めた。



しばし、佇む。




踵を返して立ち去ろうとする。

袋がカサカサと蠢いた。


袋を見ると、また蠢くのを止めた。


そばにあるゴキブリの死骸が目につく。


虫か何かだろうか──。


開けてみようとする。誰かに見られているような気がする。




袋の口を解いた。


焦げた匂いと、何か不快な感じの臭いが混ざりあって鼻から脳へとせりあがる。犬の唸り声みたいに喉が鳴った。



中に焦げた赤ん坊の死体があった。


背筋が震える感覚。えらが痛む感覚。脱力感。まるで声が凍りついたかのように、喉の奥でへばりつく感覚。


混乱。


何かをしなければならないという焦燥感と、何をするべきかわからないという忘却。


金縛りのように強張った体をどうにかするため、ようやくか細い叫びがあがった。







水曜日


数回目の事情聴取が終わった。


疲れた。部屋の真ん中で四肢を投げ出す。



今日は可燃ゴミの日。溜まった弁当の容器などを袋に突っ込む。


袋のなかで、ゴミ同士が擦れあって音が鳴る度、心臓が口から出そうになる。


不快な蒸し暑さが外に満ちている。


電柱の陰で、轢かれて死んだ猫の死骸。

腐肉をウジ虫が食んで、ぬらぬらと闊歩している。




ゴミ捨て場の金網戸を開ける。すえた匂いと一緒に、焦げた臭いが漂った気がした。


ゴミ袋を投げるように置く。すぐ踵を返す。


ガサガサッ!と派手な音がした。恐怖にひきつった悲鳴が、笛のように口から出る。


振り向くと、積み重なったゴミ袋の山が崩れていた。



ゴミ捨て場の淀んだ空気を肺に取り込みながら、落ち着こうとする。


袋が蠢いた気がした。




凝視した。袋は動かない。


視界の隅に丸まったネズミの死骸。



袋は動かない。


不安にかられて袋の縛り口を解いた。


中から変色したリンゴや柿の皮が溢れだした。臭い。


不安から開放された気になって、震えた安堵のため息を吐き出す。



おぎゃあ。


虫が体を這い上がるような感覚。生ゴミの異臭と恐怖が胃を締め上げて嘔吐しそうになる。


おぎゃあ。


踵を返してその場をあとにする。




聞こえないふりをする。


聞こえないふりをする。





聞こえないふりをする。





水曜日


今日は可燃ゴミの日。


袋は動かない。外に出ようとして、ちいさい手形の煤がドアに張り付いているのが見えた。



聞こえないふりをする。



居室に戻って、布団を頭からかぶる。蒸し暑い。



聞こえないふりをする。



息苦しくなって、少しだけ隙間から息継ぎする。ちらりと映った部屋の柱に、小さい手形の煤。



聞こえないふりをする!!!




お許しください。お許しください。



聞こえないふりをする。



暗闇に目が慣れた。腕に小さな手形の煤。





聞こえないふりをされた。








水曜日


今日は可燃ゴミの日。

子どもを抱っこ紐で括り、ゴミ袋を手に外に出る。


真っ赤な夕焼けで町が燃えているようだ。子どもはふっくらした手を伸ばして夕焼けをつかもうとしている。


んまんまんま……と、歯の生えてない口からよだれと声が出てくる。袋を置いてぬぐってあげる。お腹が空いたのかしら、あとでたくさんミルクをあげよう。


ゴミ捨て場に袋を捨てる。変な臭いがする。子どもが思いっきり顔をくしゃくしゃに歪めた。くちゃいくちゃいだねー、と鼻をつっつく。



帰路にある空き地に寄る。カラスの鳴き声が止んだ。木の枝や草を集めて、家から持ち出した新聞紙を捻る。


お許しください。


たくさん集めたクズと新聞紙を敷き詰めて子どもを置く。マンママンマと小さい手が空を切る。


子どもを抱っこ紐で縛る。


あとでたくさんミルクをあげようね。


ライターで火をつける。


まるで夕焼けのように真っ赤に燃える。







水曜日


太郎は水蛭児様のオヤシロに御返ししてきた。

許せ。


村長に滞りなく済ませた旨を話す。皆沈んだ顔。村長がおれを労う。甚六は鼻を啜っていた。優しい奴だ。倅を飢えで亡くしたばかりだのに。


一刻経ったがかかあが戻らない。次郎と最期の刻を惜しんでいるのだろう。






宵五つんなってもかかあは戻らない。村の若い衆が捜しだした。



空が紅く染まった。煌々と火具土様のオヤシロが燃えているのがわかった。すぐにおかしいことになってると気づいた。駆け出す。




ついた時には、オヤシロは煤の残骸になっていた。鳥居も燃えて崩れ落ちていた。なのに周りの林や石畳は燃えているどころか、煤ひとつなかった。


みんな愕然とした。戦慄くやつもいた。



オヤシロの真ん中にある石柩を開けたが、次郎はいなかった。かかあが逃したんだとすぐに気づいた。



鳥居が崩れているのが、何を意味しているのかすぐわかった。


お許しください。お許しください。と必死に祈ってみたが──聞こえないふりをされた。





聞こえないふりをする。




【終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水曜日は禍燃ゴミの日 @Kazuha-ninja

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ