08話.[仕方がないこと]

「晴れてよかったですね」

「そうだね」


 空を見てみたら物凄く綺麗な青色が広がっていた。

 暑いわけでもないし、寒いわけでもないのが最高だと言える。

 ただ、ひとつ気になるのは、


「なんで静枝と出かけてるんだっけ」


 これだ。

 いや、元々静枝もメンバーの中には入っていたんだ。

 もちろん千も入っていて、それで三人で行くはずだったんだけど……。


「千さんは急用ができて無理になったからですよ」

「そうだけどさ」

「……嫌なんですか?」

「嫌じゃないよ、寧ろ静枝的に物足りないでしょ」


 千がいないと自分勝手になりすぎてしまうかもしれない。

 コントロールしてくれる存在だからいてくれるとありがたかった。

 でも、いないということならもう仕方がない。

 こうして集まった以上、ゆっくりと今日を過ごすだけだ。


「……やっと名前で呼んでくれてもやっぱり千さんには勝てないんですね」

「待って待って、誤解しないでよ」


 こちらはいきなりふたりきりとなって困惑しているだけだ。

 もっと言えば千が滅茶苦茶ハイテンションだったから今回は三人で楽しめる~的な感じでちょっとこちらもテンションが上っていたんだけどな。


「私はあのときの約束をやっと叶えられると思って嬉しかったですけどね」

「あのときの約束?」

「はい、千さんとデートをするという話をしたときのことです。ほら、私ともお出かけしてくださいって頼んだじゃないですか」

「ああ! 確かにしたね」


 あれは嘘ではなかったみたいだ。

 適当に言っているだけだと思ってた。

 だって僕と出かけたところで有意義な時間を過ごせるとは言えないから。


「はい、ずっと待っていたんですよ?」

「そっか、じゃあ静枝の行きたいところに行こう」

「いいんですか?」

「うん、あんまり行きたいところとかないからね」


 下手に口にすると楽しめなくなるからこれでいい。

 静枝が行きたいところに行ってくれれば付いていくだけでいいから気楽だ。

 

「それなら猫さんを見に行きたいです」

「そういえばその話もあったね、行こうか」


 さて、今日は来てくれているだろうか?

 もし今日に限って現れないということになったら拗ねられそうだ。

 千さんには見せて云々と言葉で刺されてしまうかもしれない。


「にゃ~」

「猫さん!」


 よかった、言葉で刺されることはなくなったようだ。

 あと、猫とか可愛い生物を目の前にすると大抵はこうなってしまうらしい。


「み、見てくださいっ、自ら体を擦り付けてくれてますよ!?」

「お、落ち着いて。それにそれは多分静枝が優しいからでしょ」

「優しい……ですかね?」

「うん、雰囲気もね」


 だが、そうなると僕のところにも来てくれるのが意味が分からなくなる。

 男でも女の子でもどっちもいける……とか?

 違うか、単純にここでゆったりと生活している猫達が優しいんだ。


「なるほど、相手が女の子なら誰にでも褒めて入ろうということですね?」

「違うよ、相手が悪かったら相手が女の子だろうと先生だろうと指摘するよ。ただ、静枝は違うから悪く言う必要なんてないでしょ?」


 そこまでクソな人間じゃない。

 当たり前のように悪く言う人間だと思われているのであればそれは悲しいことだ。

 相手が女の子ならって言われても困る。

 女の子なら誰でもいいというわけじゃないんだ。

 容姿がよくても中身が駄目なら話にならないわけだし。

 非モテだからこそそういうところを特に気にしているというわけで。


「でも、千さん的には不安になってしまうと思いますよ?」

「優しいから優しいと言っているだけだから、それに静枝なんて特に思ってもないのに僕のことをいい人とか言うからお互い様でしょ」

「む、適当に言っているわけじゃありません!」

「わ、分かった分かった。まあ、悪く言わないところが静枝は優しいってことでしょ」


 こっちなんて特にお世辞なんて言ったりしない。

 むかつく行動をしてきたなら真っ直ぐにぶつけてる。

 証拠はこの前の千に対する僕の態度だ。

 当然、一緒にいようとなんてしない。


「はぁ、千さんもよく我慢できていたと思います」

「あっ、それは酷いんじゃないっ?」

「知りませんっ、あなたが悪いんですっ」


 いやだってなんか無駄にいい人判定をしてくるからだ。

 悪く言われる方が嫌なのは決まっていることだが、無理やりいい人だと言われてしまうのもそれはそれで複雑だった。


「あ、アイスでも買うから落ち着いてよ」

「……甘いものを買い渡せばいいと考えられているのは嫌です」

「いいから、僕もちょっとアイスが食べたくなったからさ」


 コンビニに行って好きなのを選んでもらって会計を済ませてきた。

 わざわざどこかに行ってからだと溶けてしまうから外で食べることに。


「本当にこれでよかったの?」

「……釣られたわけではありませんが壮さんのお金で買ったものですからね」

「そっか、じゃあ、はい」

「ありがとうございます」


 片割れを食べていたら冷たくて美味しかった。

 どうやら機嫌もそこそこよくなったみたいだし、これで言葉で刺されることもないはず。


「私にも優しくしてくれる壮さんは好きです」

「それって他の部分には……」

「はい、意地悪ですからね」


 えぇ、優しいんじゃないのか。

 矛盾しすぎていてついていけない。

 こういうことにならないよう千もいてくれることを望んだんだけどな。


「……ごめんなさい、嘘をつきました」

「あ、そう?」

「はい、最初から壮さんは優しいだけでした」


 そうかあ……?

 というか、最初こそ千のことしか興味がなくて離れていったような……。


「今日だって私しかいなくて残念なはずなのに普通に付き合ってくれているわけですからね」

「なんで? 僕、静枝といるのも好きだけど」

「え」

「お世辞とか言わないよ? 静枝といるのが嫌いなら廊下とかでも相手をしてないでしょ」


 つまらないならつまらないと言うし、楽しいなら楽しいと言う。

 千になんと言われようとこのスタンスを変えることはしない。

 ただ、決して気に入られたくてこんなことを口にしているわけではないのだ。

 何故なら、いてくれている相手が折れてくれているだけだから。

 実力ではないことは強く分かっているんだ。

 だからこれは感謝を伝えるような行為と同じようなものだと考えてほしかった。


「悪口を言ってこない人間を好きにならないわけないでしょ。僕なんか明らかに面白みもない人間なのに、千のときと変わらない態度で静枝は接してくれたわけだからね」

「……そんなこと言わないでくださいよ、それじゃあ私や千さんを馬鹿にしているようなものじゃないですか」

「かなり稀有なふたりだからねー」


 片方は少なくとも恋愛的なそれはないけども。

 いやまあ、付き合い始めるまで千からのそれも分からないままだ。

 変なところで自信を持ってしまうとかなりのダメージを負うから気をつけなければならない。


「というかね、簡単に好きとか言わない方がいいよ? 非モテの人間とかには滅茶苦茶クリティカルヒットするからね?」

「好きなのに好きだと言ってなにが悪いんですか?」

「ははは、静枝は頑固だねえ」


 千がいなかったら間違いなく揺れていた。

 それでも千があれだけアタックしてきてくれている時点で揺れているわけにはいかない。

 彼女の中のそれが単なる友達としてみたいに決めつけてしまうのはあれだが、まあない方が高いからこちらはこのままでいい。


「今日のことは私から報告しておくので安心してください」

「待って、報告するとか言われたら怖いんだけど……」

「え? 悪くなんて言いませんよ?」

「そ、そう? それならいいか」


 再度空を見上げる。

 相変わらず青くて綺麗だったものの、それが何故かより複雑な気持ちにしてくれたのだった。




「好きだと言ったみたいですが」

「うん、静枝と一緒にいられるのは好きだよ?」


 静枝本人のことも気に入っている。

 何度も言うが、嫌な人間が相手だったら一緒に過ごそうとなんてしない。

 証拠もある、それは千との件が正にそれだ。

 ……まあすぐに冷静になったことで千のありがたさに気づけて変えたわけだが……。


「千といるのも好きだし、静枝といるのも好きだよ」

「人としては?」

「好きだよ? ただ、千の方は明らかに時間が違うからね」

「なるほど……」

「うん、やっぱりそこで大きく変わってくるよ」


 しかも露骨にアピールされている状態だ。

 これがなにもなければもしかしたら揺れていたかもしれないが。


「それに勘違いでもなければアピールしてきてくれている女の子が近くにいるわけだからね」

「……でもさ、静枝のそれも同じようなものなんじゃないの?」

「もしかしたらだけどね。ただ、分かりやすくしてくれないと困惑するだけだからね」


 露骨すぎるぐらいじゃないとこれまで非モテだった自分としては踏み込めない。

 それ次第で対応の仕方を変えなければいけないからだ。

 相手が一生懸命に向き合おうとしてくれているのならこちらもそれに応えるのが当たり前だということぐらいは分かっている。

 ……既に答えが出ているようなものだけど彼女は気づいているのだろうか?


「ごめん、いまさらどこかに行かれたら発狂するからやめてね」

「……まだ疑っているの?」

「信じているからこそだよ」


 女の子は簡単に終わらせることができる存在だと思う。

 その割には次へとすぐに動けてしまうだろうからずるいというかなんというか。

 言葉ひとつであったとしても相手をその気にさせてしまうプロだ。

 無自覚なら質が悪いし、意図してしていても悪いと言える。


「ところで急用ってなんだったの? 急用ができたとしか聞いてなかったんだけど」

「あ、親戚の女の子が急遽家に来ることになってね」

「ああ、そういえばこれから高校生になるんだよね」

「といってもまだ受験生だけどね」


 僕の親戚には若い子がいないから少し羨ましい。

 集まることがあってもひとりでいることが多いというのもなんとも……。

 コミュニケーション能力の差って残酷なんだなとまた分かった。


「もしかして喧嘩してしまったとか?」

「いや、なんかこっちの高校に通いたいらしいよ」

「えっ、自宅は遠いんじゃなかった?」

「うん、ここから四百キロとか離れているからね」


 そうなると完全に千目当てだということか。

 学校生活が上手くいっていないという可能性もある。

 まあまだ夏前だからこれから色々考えて変えていくんだろうけどさ。


「でも、あの高校に通うことになったら壮が駄目になりそうだよね」

「ちょいちょい、女の子なら誰でもいいわけではありませんよ」

「本当かなあ……」


 当たり前だ。

 それにそういう無駄なプライドがあったからこそ非モテだったんだと思うし。

 いや、こんなことは言いたくはないが、千がおかしいだけでいまでも非モテなままでいるとしか思えない。

 言動とか極端なところとかが証拠だった。


「千だからこそこうして触れるんだよ?」

「それって友達同士でもそうじゃない?」

「違うよ、気軽に頭を撫でられるのは千だけだからね」


 それでも過剰にならないようにある程度でやめて離れた。

 ここは僕の家だから離れるにも距離が足りないんだけども。


「これまでの僕を知っている千ならこれがどれぐらいすごいことなのか分かるはずだけど」

「でも、私は幼稚園時代や小学生時代を知らないから……」

「中学であれなのに小学生のときに上手くできてるわけがないよ」


 僕はずっと同じスタンスで生きてきた。

 で、歳を重ねていくごとに輪に加われない人間だとも分かった。

 怒られない程度に頑張るぐらいでしかなかった。

 だからなにもかもを真面目に頑張る千が眩しかったのかもしれない。

 自分ができるからとできない人間を馬鹿にしたりしないところも多分よかった。

 ただまあ、僕に対しては結構厳しいところがあったから微妙な気持ちになることもあったのは事実だと言える。

 だが、そうやって真っ直ぐ指摘してくれる存在が近くにいてくれて間違いなくよかった。

 そうでもなければ退屈さに負けて学校に行くことはなくなっていたかもしれないし。


「それっぽいことは気に入っている相手がいれば言うかもしれないけど、こういうことは本当にこの子だって決めている人にしかしないから」

「うん……あれ?」

「うん、千にしかしないよ」

「えっと、じゃあ……」

「そうだよ」


 あとは千次第だということだ。

 受け入れるのも受け入れないのも自由。

 踏み込むことはできない的なことを考えていた自分だが、流石に待っているだけじゃ情けないし、もしかしたら取られてしまうかもしれないから強気に出たんだ。

 こういう話題になるよう変えようとしていたわけじゃないからラッキーだった。


「そうでもなければ発狂するとか言わないでしょ? まあ、実際は発狂とかせずに静かになんでって悔やむだけだろうけど」

「そっか」

「うん、だから後は千次第だよ」


 まあでも、ここからそんなつもりじゃなかったと離れるのはひとつの選択肢だ。

 残念ながら他の男子と仲良くした方がいまより楽しくなることは明白だから。

 自信を持てなくなってしまったのはなんでだろう。

 昔だったらなにを言われてもいいと考えて行動できていたはずなんだけど……。


「受け入れるよ――って言ったら偉そうかなっ?」

「ううん、偉そうなんかじゃないよ。ありがとう」


 いつか自信を持てるようになりたかった。

 優しさとか同情とかだけではなく、魅力があったから好いてもらえたのだと思えるように。


「よし、抱きしめてもいい?」

「い、いきなり?」

「うん」

「……いいよ?」


 優しくさせてもらったらなんかよかった。

 柔らかいし、温かいし、千相手にこうできているということが少し信じられなかった。

 あの最近の喧嘩があったからだと思う。


「あ、そういえば安心できてる?」

「うん、普通に壮といるときは安心できるよ?」

「なんかないの? それだったら友達の状態でも達成できるよね?」

「……もっと触れたくなるのは問題かな」


 なるほど、欲求を抑えられなくなるかもしれないということか。

 こっちもいま抱きしめたくなったわけだから仕方がないことなのかもしれない。


「あと……」

「キス?」

「へっ!? ま、まだ早いよっ」

「あ、そうか」


 急いでなにもかもしてしまうと飽きられてしまうかもしれないからなあと。

 その可能性の方が高いわけで、僕はこれから維持できるかどうかが問題だ。


「……ただこうして密着したくなるだけ」

「そっか、まあでもいまので気持ちが分かったよ」


 もっと怖い点は別れた場合には違う男子に対してこうすることか。

 ずっと付き合い続けたままでいられる可能性の方が低いから不安しかない。

 結婚までいけてしまえば浮気とかされなければずっと、ということもできるが……。


「いまはとにかくもっと仲を深めよう」

「うん、そうだね」

「千が他の子のところに行っちゃわないように頑張らないと」

「……私は壮を選んだんだよ?」

「うん、だけどやっぱり不安になるからさ」


 またあの売り言葉に買い言葉みたいな感じで悪くならないというわけではないし。

 だからこれからはよりいっそう彼女を優先して動くだけだ。

 まあでも、そこまで不安になる必要もないんじゃないかって矛盾めいたことを彼女の顔を見つつそう思ったのだった。

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