07話.[なくなっている]

 ほとんど出かけていないお出かけを終えてからほぼ一週間が経過した。

 もうすぐ月が終わるというところなので実は少しだけテンションが上がっている。

 昔から何故か月の終わりが近づくとうきうきし始めるから不思議だ。

 別に夏休み、冬休みが目の前に、というわけでもないのにね。


「少しだけ落ち着かなさそうですね」

「うん、少しだけテンションが上がってるんだ」


 月が変わればすぐに戻るから気にする必要もないことだ。

 寧ろ暗くなるよりはいいだろうと片付けている。


「今日は千さん、いないんですか?」

「うん、来てないよ」


 ひとりになって冷静になったことで自分がした馬鹿なことに気づいたのかも。

 少なくとも千らしくなかったからこれで元に戻るのではないだろうか。

 そうすればこちらも勘違いしないで済むし、期待し始めてからやっぱり違う人が好きだということで離れられたら気になるからこれでいい。

 あ、単純に篠原のことを考えて行動している可能性もあった。

 家とかでは話せるかわりに学校では篠原に~みたいな感じで。


「あまりしつこくならないように気をつけているのかもしれませんね」

「単純に友達が多いからじゃない? 最近はこっちを優先しがちだったから拗ねられてしまったのかもしれないよ?」

「なるほど、私や壮さんとは違うということですねっ」

「う、うん、少なくとも僕とは違ってたくさんの人といられる子だからね」


 最初からそのことで傷ついたことはない。

 羨んだところでどうにもならないことは分かっているからだ。

 ただ、なんかいまのは直接馬鹿にされるよりもダメージを受けた。

 にっこり百パーセントの笑顔で言うことではないだろう……。


「馬鹿にするつもりはないですがよく千さんといられましたね」

「一応、部活で繋がっていたからね」


 まあ、千がとことん我慢できる子だったからこそでもあるわけだが。

 もしそれがなかったら初めて話しかけられたときから大体一週間ぐらいで来ることはなくなっていたはずだった。

 それぐらい面白みもない人間だから仕方がない。

 もちろんそこでも傷ついたことはないし、八つ当たりもしたことはない。


「いいですね、私は同性のお友達もいませんでしたから」

「それって篠原が悪く考えすぎているからじゃなくて?」

「はい、必要なこと以外は全く話すことはありませんでしたからね」


 顧問もわざわざ仲良くしろとか言ったりしないか。

 明らかに雰囲気を悪くしていなければそんなもの。

 僕だって必要なこと以外は同性と会話できていなかったから余計に分かる。


「それでも活動に集中しておけば悪く言われることはありませんでしたからね」

「そうだね、乱していなければ空気扱いしてくれるよね」

「はい。ただ、悔しい気持ちでいっぱいでした」


 彼女は上を見つつ「大会で負けたことよりも悔しかったです」と。

 誰かといることを強く望んでいる彼女であればそうなのかもしれない。

 こちらは仕方がないと片付けられていたし、最後の大会が負けたときもやっと終わったという気持ちにしかならなかった。

 真面目にやっているのではなく、なにも言われないラインのところでずっと足を止めていただけということになる。

 なので、千は少しだけ見る目がなかったとも言えるのかなと。

 そして、運が悪かったというのはやはり事実なのだ。


「本当は高校でも続けようとしたんです」

「そうなんだ?」

「はい。でも、結局あの頃のことを思い出して踏み出すことができませんでした」


 まあそりゃ実際に体験してきているからこその恐怖があるだろう。

 マイナスのパワーというのは強いもので、いいことがあったのにさも悪いことばかりがあったかのように考えてしまうときがあるから。


「篠原には悪いけど大変なことが多いからそれでよかったと思うよ。十六時頃まで勉強、そこから十九時半まで部活、そこから帰ってご飯とかを食べたりしたら余裕とかないしね」

「そうですよね」

「もちろん、いま所属していて両立できている人はすごいけどね。あ、それができそうにない自分基準で話しているだけだから篠原ができないと決めつけているわけではないからね? そこだけは誤解しないでくれるとありがたいかな」

「分かっていますよ、壮さんは悪く言ったりはしませんし」


 ……強がりで千なんかありえないと言った人間がここにいるんだよなあ。

 しかもそれを篠原は直接聞いているわけで。

 高く評価してくれるのはありがたいが、それが引っかかることになるとは思わなかった。

 これまでそういうお世辞みたいなことを言われることはなかったからだ。

 あの千だってすぐに悪いところを指摘してきていたぐらいだし……。


「私、壮さんを見ていると頑張ろうって気持ちになるんです」

「なるほど、やる気がないから反面教師ということね」

「え、違いますよっ。だって最近は凄く楽しそうですから」


 だからそれは月の終わりが近づいているからだ。

 月が変わればいつも通りの自ら退屈になるよう進んでいる自分に戻る。

 まあ多少は変わった可能性もあるが、それでも根本的なところは変わらない。

 他人の頑張っている行為を馬鹿にしないし、自分を変えようとする気持ちも多分ない。

 それでもなんだかんだで生きてきたわけだからこれぐらいでいいんだろう。

 たまにいるかなり稀有な人間を大切にしておけばそれで。


「やっほー」

「今日は遅かったですね」

「うん、ちょっと係の仕事が長引いてて」


 あれから露骨に態度に出すことはなくなった。

 それは篠原のことを気に入っているからというのもあるだろうし、単純に僕といない時間が増えて冷静に見直したというのもあるだろうし。

 いまからでもやっぱりなし、そんな風になる可能性は高い。

 まあ仮にそうでも彼女の自由なんだからこちらは待つしかないわけで。


「そうだ静枝、私の友達が静枝と話してみたいって言っていたんだけど」

「そうなんですか? それなら今度……」

「うん、言っておくね」


 おかしいな、なんで篠原の場合はそうなるんだろう。

 こちらは千といても「千といるのやめてくれない?」と言われただけだった。

 千経由で近づこうとしてくれる人間なんてひとりも、うぅ……。


「同じ部活に所属していた子だったからきっと話も合うと思うよ」

「そうですか、それなら少し安心できますね」

「うん、それに私の友達だから信じてくれるとありがたいかな」


 彼女の友達であれば大丈夫だろう、なんて言えない。

 何故ならその友達に嫌そうな目、顔、声音をぶつけられたからだ。

 もちろんそれは彼女が悪いわけじゃない。

 ただ、そもそも知らないだろうから仕方がないことだとも言える。

 それに僕は同性ではなく異性だから篠原のときも同じになるとは限らない。


「ほら、私の親友もいい子でしょ?」

「壮さんは確かにそうですね」

「うん、だから大丈夫――あ」


 彼女は何故かそこで固まってしまった。

 篠原と一緒に見つめていたら「その子達の好きな子と仲良くしていなければだけど」と。

 そういうところはやはり女の子らしいと言えるかもしれない。


「大丈夫です、私は壮さんとしかいませんですから」

「……そ、その中には壮のことが好きな子もいるかもしれないよ?」

「その中にはいません、ただ、私の目の前にはいますね」


 出た、篠原の断言スタイル。

 で、前者は間違いなく事実だ。

 僕のことが好きな人間なんているわけがない。

 ありとあらゆることに許容できる人間でなければ不可能なことだった。

 だから可能性があるとすればやっぱり千ってことになるのかなあと。


「何度も言いますが邪魔をしたいわけではないんです」

「うん」

「でも、ひとりだと寂しいので相手をしてくれるとありがたいです」

「大丈夫だよ、壮も静枝のことを気に入っているしね」

「はい、ありがとうございます」


 今回も平和に終わった。

 ただ、千の態度次第では平和なままでいられるわけではないと内で呟いたのだった。




「私、決めたことがあるの」


 彼女はこちらの腕を掴みつつそう言ってきた。

 なんか大事な話みたいだからそのままちゃんと見ておくことにする。


「放課後は毎日壮と過ごすよ」

「これまでもそうじゃない?」

「そ、そうだけど、これからはもっと、というか……」


 そう彼女が決めたということならこちらも普通に対応するだけだ。

 まだまだ去られるリスクというのはあるが、必要以上に恐れていてもどうにもならない。


「あと、静枝と仲良くしていても頑張って我慢する」

「いや、我慢しないで千も来てよ、篠原だって来てほしいって言ってたじゃん」

「あ、行くよ? 行くけど……もやもやしないようにするって決めただけ」


 それは……自力でなんとかできることなのだろうか?

 例えば僕のことが気になっているとして、その相手が容姿と中身が整った異性と話しているところを見てなにも感じないということはないと思う。

 自分が彼女の立場になったときのことを考えてみればそうだとしか言いようがない。

 まあでも、彼女は僕とずっといられるような強さを持っている子だ。

 僕とは違うのは確かだから果てしないメンタル力でなんとかできるのかもしれない。


「……それにもやもやしても放課後にこうして壮に触れられれば飛ぶと思うし……」

「あ、なるほど」

「うん、全くいられないわけじゃないから」


 彼女はこちらに体重を預けてきつつ「静枝以外の友達がいなくてよかった」と中学生のときの彼女はなんだったのかとツッコミたくなるぐらいのことを言ってきた。

 いやあれか、あのときは確かにあの人が好きだったからなのか。

 僕に近づいていたのはひとりでいるから心配――同情心からだっただけ。

 それが何故か、いつからなのかは分からないが変化してしまったことになる。


「……静枝と話すときは楽しそうなのが気になるところではあるけどね」

「いい子だからね」

「それは同意するけど……」


 千といるだけで悪く言ってきたあのときの女の子達とは違うのだ。

 千と仲良くするために僕を利用しようとしてきていた同性とも違う。

 しっかり相手のことを考えて行動できる子だからこそ普通に対応したいと思う。

 あの鋭さはときどき怖くなるものの、それのおかげで少し前に進めたことがあるから悪いことばかりではないのは事実なんだ。


「静枝も壮のことをかなり気に入っているからなあ……」

「普通に嬉しいことだけどね、嫌われることが多かったから」

「え、壮って嫌われてたの?」

「あ、いや、ただ馴染めなかっただけだね」


 自意識過剰、被害妄想だったと片付けておく。

 余計なことは言わなくていい。

 何気にあのときの女の子もあの高校に通っていて、そのうえで千といるわけだし。


「触れたら満足できるの?」

「え゛っ、そりゃ……」

「ふーん、じゃあちょっと触れるよ?」


 頭を撫でたり、頬に触れてみたりを繰り返してみた。

 いやこれ、やられている側の気持ちを考えると申し訳無さしか出てこないぞ……。

 だからすぐにやめたし、しっかり謝罪もしておいた。


「そういえば中学生のときはあの人ともよくいたよね? 触れたりしてたの?」

「……したことないよ、勇気が出なかったから」

「じゃあ僕相手にできるってことはやっぱり友達レベルを超えてないからじゃない?」

「ううん、その経験があったからこそだよ」


 彼女は中途半端な笑みを浮かべつつ「そもそもあの人は紹介した後すぐに私の友達とお付き合いを始めちゃったから」と。

 初めて聞いたこちらとしては驚いた。

 ただ、進んで言いたくはないかと当時の千の心情というやつを考えてそりゃあねと片付ける。


「友達から報告されたときは驚きすぎて固まっちゃったよ」

「そりゃ……そうだろうね」

「うん、恋愛相談とかもしていたからさ」


 うわぁ、やっぱりそういうのはあるんだな。

 だけどその人が悪いわけじゃない。

 千は多分アタックできていなかっただろうから好意にも気づけてないしね。


「それでもよかったって後から思ったんだ」

「なんで?」

「だって、私がいてあげないと壮はひとりぼっちになっちゃうからさ」

「うーん、僕としては複雑だけどね。だって、僕のせいで自由がなくなってしまった、とも言えるんだからさ」

「そんなことないよ、自分の意思で壮のところには行っていたわけだからね」


 来てくれるのは本当にありがたかった。

 なんなら千に気に入ってもらおうとなるべく言うことを聞こうともした。

 が、その途中で好きな人とやらを紹介されて無駄だなと考えてしまったのだ。

 で、前にも考えたようにつまらない毎日の始まりになってしまったことになる。


「最初は静枝と一緒だったんだ、自分がひとりになりたくないからひとりでいる子を放っておけなかった。でも、一緒に過ごしている内に少しずつなにかが変わっていたんだろうね」

「でもさ、好きな人と上手くいっていたら――」

「そんなこと考えても無駄だから、いまだって付き合い続けているわけだし」

「あ……」

「そんな顔をしないでよ、いまは間違いなく壮だって――」


 彼女は慌てて口を押さえた。

 願望かもしれないがこれはもう信じるしかない。


「そっか、ありがとう」

「う、うん」


 だが、まだまだ恐れている自分がいる。

 あの人じゃなくても魅力的な存在なら周りの人間を惹きつけるからだ。

 やっぱり違う子にした~なんてことになる可能性はゼロではない。


「あ、送るよ」

「え、まだいたいんだけど……」

「怒られない? 最近は普通に十九時近くまでいるけど」


 こっちは両親の帰宅時間が普通に遅いから別に構わないが……。

 いるときだと揶揄されるから間違いなくいないときの方がいいに決まっている。

 ただ、やっぱり女の子を連れ込んでいることになるわけだし……。


「うん、怒られたことはないよ? ちゃんと壮のお家に行ってるって言ってるし」

「それが逆に怒られそうだけど……」

「なんで? 大会のときだって応援しに来てくれたでしょ? それで壮のことだって知っているわけなんだし……」

「いやほら、千は女の子なんだからさ」


 大切なひとり娘が前々から一緒にいる異性の家とはいえ夜遅くまで過ごしているわけで。

 頻度が高くなれば当然気になり始めることだろう。

 情けない点は、最近の千であれば、というか、千ならいつまでもいてくれればいいと考えてしまう欲深い自分もいるということだ。

 だからあまり説得力というのがなかった。


「あっ、そういうことかあ」

「うん、なんか指摘されていたりしないの?」

「されてないかなあ、『壮君といまでも仲良しなのね』とはお母さんから言われるけど」

「それって言われているようなものじゃない……?」

「そうかな? お母さんとかなら言いそうだけどね」


 いやそれは絶対に気にしている発言だ。

 説明しに彼女の家に行く必要があるのかもしれない。

 その方が真っ直ぐに向き合えるから悪いこともきっとない。


「今度千のお母さんと話してみるよ」

「え、あ、うん」

「というわけで今日はもう送るから」

「はーい……」


 あとは十八時までには帰らせるようにしよう。

 付き合い始めたならともかくとして、そうでない状態なら駄目だから。


「これからは毎日一緒に登校しようよ」

「うん、じゃあ千の家に行くよ」

「ううん、私が壮のお家に行くから」

「分かった」


 それなら早寝早起きもしなければならなさそうだ。

 寝坊してしまったら確実に足を引っ張ることになるから仕方がない。


「ここまででいいよ、送ってくれてありがとう」

「え、なんでそんな無駄な抵抗をするの?」


 彼女の自宅まで残り三十メートルぐらいしかないというのに。

 が、それに答えることもせずにとたとたと彼女は走っていってしまった。

 突っ立っていても仕方がないから背を向け帰ることに。


「頼むからここから他の人に~みたいなことはやめておくれよ」


 流石に問題ないと片付けられるレベルではなくなっている。

 千次第で今後楽しく過ごせるかが変わるからちゃんとしてほしかった。

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