06話.[たまにいるんだ]

「お邪魔します」


 飲み物やお菓子を購入して帰ってきた。

 DVDを借りたりするのはなんかあれだったので彼女に持ってきてもらった形になる。

 飲み物を注いでしまえばもうしなければならないのは終わりみたいなものだから気楽だ。


「子どものときにたくさん見ていたやつだから壮からしたら物足りないかもしれないけど、許してね?」

「普通に面白いやつだからいいよ、お菓子を食べたりしながら見られたら楽しいだろうし」


 映画館に行くのとは違って楽だからいい。

 千円以内に抑えられているわけなんだからお財布的にもありがたいことだ。

 それに最近の千であれば嫌な気持ちになることもないわけだし。


「あのさ、カーテンを閉めてもいい?」

「え、目に負担がかかるよ?」

「それは少しだけ光量を下げてもらうことで……」

「ま、まあ、いいけど」


 ただ暗いというだけで特別変わったことはない。

 難点があるとすれば少しだけ飲み物を飲んだりするときに気をつけなければならないというところだろうか。

 でも、先程も言ったように音とかをあまり気にする必要がないから僕からしたらこの方が間違いなくいいと言える。


「あ」

「あっ、ごめん……」

「いや、僕も悪いから」


 手の置いた場所が悪かったか。

 ソファだからまあ仕方がないと言えば仕方がないか。

 そして普通に映画の方は面白かった。

 一時間半ぐらいなのに最後まで集中していたぐらいだ。


「ふぅ、面白かったね」

「うん」

「でも、なんかあっという間すぎて少し困るね」


 ジュースとお菓子があっても普段のそれと変わらなくなってしまった。

 延々と会話をしているのも悪くはないが、いまみたいに他になにかがある方が僕的にはありがたいことだと言える。


「いまからでも千の行きたいところに行く? 本当はどこか行きたいところがあったんじゃないの?」

「いや、前にも言ったように壮といられればよかったから特には……」

「じゃあちょっと猫でも見に行かない?」

「猫? ペットショップに行きたいの?」

「違うよ、ちょっと付いてきて」


 近所の公園にはたまに猫がゆっくりしているときがある。

 今日もいるかは分からないが、千は猫好きだから行ってみる価値はあるだろう。

 夏というわけでも冬というわけでもないし、外に出るのが苦ではないからね。


「お、いたいた」


 男の僕が見ても癒やされる存在なんだから女の子からしたらすごい存在だろうね。

 まあ中には犬の方が好きって子もいるだろうから一概には言えないが。


「にゃ~」

「僕が飼っているわけじゃないけど可愛いで――」

「きゃわいい!」


 まあ、猫好きの場合はこうなるよねって感じの反応だった。

 横から話しかけても反応することはなかったから見ることに専念したよ。

 しっかし、終わらせるはずだった彼女となんか前よりも仲良くできている気がするのは気の所為だろうか?

 もしかしたらあれがいい方に働いたのかもしれないし、ただ単に僕が山田千という女の子を誤解、知っていなかっただけなのかもしれないし。


「あっ、……なんか恥ずかしいところを見せちゃったね」

「別にいいんじゃない? 猫だって逃げずに体を擦り付けているんだからさ」


 例えそれが体が痒かっただけだとしても側にいてくれていることには変わらない。

 猫語を理解できないから近くにいてくれていることで判断すればいいのだ。

 そして酷いことをする人がいる中、そういうのがないなら猫的にも安心できるのではないだろうか。

 安心できないなら僕達が来た時点で逃げているだろうしね。


「おいでー」

「にゃ~」


 ああ、別に千だからってわけではないところが可愛いな。

 相手によって態度を変えずに接するというのはなかなか難しいから彼、もしくは彼女はすごいということになる。


「いい子いい子」


 外で生活しているのに綺麗な毛並みというのもすごい話だった。

 猫の舌は特別なのかもしれない。


「そういえば猫耳というか獣耳の話なんだけどさ」

「うん」

「あれってリアルの人がつけてもおかしくならないのかな?」

「え、どうだろ……」


 ネットなんかにあるやつは完全にコスプレだし修正しているだろうからいまいち信じられていなかったというか。

 いやなんでそんなのを見ているのかという話だが、猫の画像を調べたりするとそれで引っかかることがあったんだ。

 もちろんほーん程度で触れたりはしていなかったが、例えば千がお化粧もせずに猫耳などを装着してみたらどうなるのかは気になる。


「猫耳、つけてみない?」

「つけないよ!」

「そっか、まあないしね」


 わざわざ注文してまで見たい人間ではない。

 そこまで熱量があったら寧ろ怖いだろう。

 千は間違いなく被害者になるし、これから自分のとって不利になる選択となる。


「じゃあこうやって」


 なるべく触れないようにしつつ、また猫にとってもストレスにならないよう優しく持ち上げて少し試してみた結果、間隔と大きさが短すぎて駄目だった。


「ただ猫が可愛い、だけどちょっと重いというだけで終わってしまう話だったね」

「猫ちゃんが可哀相だよ」

「うん、下ろすよ」


 なんかこれではそういう趣味がある変態みたいな人間だと思われてしまう。

 が、慌てて否定しようとしたらそれこそそうだと答えているようなもの。

 なのである程度満足できたところで静かに帰ることにした。

 なんでも口にすればいいわけではない。


「さあ、ゆっくりしようか」

「……なんか今日はおかしくない?」

「さっきの発言は忘れてよ」


 明らかにイカれていたのは自分でも分かっている。

 ただの会話だけではなく自分から広げようとした結果なんだ。

 残念ながら失敗してしまったが、待つだけの人間だけじゃなくていいだろう。


「お菓子もいっぱい食べてよ、ほぼ千のために買ってきたみたいなものだし」

「……それよりお願いしたいことがあるんだけど」

「ん? うん、言ってみて」


 彼女はこちらの腕を掴みつつ「頭を撫でてほしい」と言ってきた。

 雨でも降るんじゃないかって窓の向こうを確認してみたが晴天で降らないぞと直接言われているような気分になった。

 別に恥ずかしいとかそういうのはないからなるべく優しくを意識してしたけど……。


「なんか嫌なことでもあったの?」

「……ないよ、なんかこうしてほしくなっただけ」

「そうなんだ」


 千や篠原に頭を撫でてほしいなんて思ったことなんてないけどな。

 そこは性差なのだろうか?


「ちょっ、本当にどうしたのっ?」

「……なんか壮に触れたくなったの」


 これは性差と言うより……。

 いやいや、勘違いすると痛い結果に繋がるからやめておこう。


「……ねえ、あんまり静枝と仲良くしないで」

「え、中学のときは他の子ともっといなさいって口うるさく言ってきていたよね?」

「……あの頃とはなにもかもが違うんだよ、あのときは少しだけお姉さん目線でもあったわけだし……」


 なるほど、しっかり者だったからこそ放っておけなかったということか。

 たまにいるんだ、わざわざ面倒くさいことに首を突っ込もうとする人間が。

 しかも稀有度を上げているのはそこから高校まで一緒にいてくれているというところだとしか言いようがない。

 で、そのタイミングで窓がノックされる音が聞こえてきてふたりでびくっとなった。

 そこにいたのは丁度話題に出された篠原だったという……。


「今日はどうしたの?」

「いま呼ばれた気がしたのでお散歩ついでに寄らせてもらいました」


 これだ、篠原の謎の鋭さはなんなのだろうか?

 別に不都合なことがあるわけではないがときどき怖くなる。


「篠原、もしかして僕ら以外の友達は――」

「いませんよ? でも、壮さんや山田さんといられれば十分すぎるほどですからね」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ、同じクラスにひとりだけでも友達がいてくれたらもう少し楽になると――」

「壮さんもいませんよね?」

「はい……」


 これは真っ直ぐの剛速球だった。

 そしてここで直前に千から言われたことを思い出して口を閉じる。

 僕と篠原にその気はなくても千からしたらそう見えるのかもしれないからね。


「今日はなにをしていたんですか?」

「映画を見たり猫を見に行ったりしたよ」

「猫さんっ、いいですねっ」

「近くの公園に行けば多分会えるよ?」

「なるほど、それなら今度行ってみますね」


 優しくできる人間だから怖がられるということもないだろう。

 もし怖がられたとしたらそのときは僕か千が抱いて撫でさせてあげればいい。


「それよりそれは紛れもなくデートですね」

「そうかな?」

「はい、完全にデートですよ」


 千を見てみたらさっと違う方を向かれてしまった。

 彼女的にはそのようには考えていないということだろう。

 あの発言は間違えてしまっただけというのがいま証明されたことになる。


「羨ましいです」

「ほら、だから他の子とさ」

「……怖いんですよね、自分から近づいて失敗したからひとりだったわけですから」


 それはこちらも同じだ。

 ただ、こちらは動こうとすらしなかったから同じ扱いは失礼かと片付けた。


「普通に怖いよね、求めて否定されたら全否定された気持ちになるし」


 友達になってくれという要求を断る人間はあまりいないだろうが……。

 それでもあまりだからそういう人間もやはりいるんだ。

 たまたまその人間に当たった場合のことを考えると動かない方がいいとすら思えてくるから難しかった。

 まあなにが問題かってマイナス思考をして動けないことなんだけども。


「静枝」

「はい、なんですか?」

「もっと来ればいいよ、壮でも私でもいっぱい相手をするから」


 それでもこれまで通りの生き方を貫くのは変わらないということか。

 私がいるのであれば、ということなのかもしれない。

 しっかし、最近の千は変としか言いようがないな。

 確かに来てくれていたけど、そんな独占欲を働かせるような子ではなかったし。


「ふふ、ありがとうございます。おふたりのおかげで楽しく過ごせていると言っても過言ではないですからね」

「うん、どんどん来て」


 千はあくまで笑顔だった、篠原も先程からずっとそうだった。

 だが、篠原はこっちを見てから物凄く優しい顔になって「でも、本当は壮さんとふたりだけでいたいんですよね?」と口にした。


「確かに誰かといたいですが、邪魔をしたいわけじゃないんです。あ、もちろん完全に行かないというわけではありませんけどね」

「え、えっと……」

「壮さんも来ればいい的なことを前に言ってくれましたしね」

「うん、それは変わらないよ。それに逃げたところで篠原にはバレてしまうから意味がないというかさ」

「ふふふ、大抵の場所なら分かりますからね」


 怖い怖い、何故なのかを知りたいような知りたくないようなという感じだ。

 知ってしまったら戻れないかもしれないという恐怖がある。


「ところで、初対面のとき以来ですね」

「ああ、そういえば家の前にいて無視しようとしたらできなかったんだよね」

「ふふ、いきなり不自然でしたよね。お家を知っていたのも壮さんからしたら怖いって感じでしたでしょうし」

「千の家を知らなかったのは本当なの?」

「はい、あの日まで山田さんとはお話ししたこともなかったですからね」


 本人曰くひとりでいたから気にしていたみたいだが……。

 それでもそれこそあの日まで話したことなかったんだから家を知っているのは尾行とかをしたとしか考えられないわけで。


「あの日はいきなり雨が降ってきてびっくりしたよ」

「雨って予報では言ってましたよ?」

「あ、そうなんだ? 退屈で仕方がなくて外に出たタイミングで降られたからなあ」


 そういえば傘をさしていたかと思い出した。

 当たり前か、家に入れたときもびしょ濡れだったのは自分だけだったしね。

 千が来てからはすぐに去ってしまったからなんだこれってなったことだ。


「あの日は大してお礼も言ったりしないで出ていってすみませんでした」

「いや、自分が困ったから千を呼んだだけだからね」

「でも、それで山田さんとも初めてゆっくり話せたわけですから」

「そう? それならよかったかな」


 いっ!? ……背中をつねられているのはなんでだ。

 って、なんでもなにも分かりきっていることかと片付ける。

 でもさ、篠原みたいにいい子が相手だったら余計に冷たくなんてできるわけがない。

 それにどうせなら仲良くできた方がいいわけだし……。


「あ、そろそろ帰りますね」

「なんで?」

「一時間ぐらいで帰ると家族に言ってあったので」

「あ、そうなんだ、それじゃ気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 多分ではなく普通に空気を読んでくれただけなんだろうな。

 なんか申し訳ない気持ちになってきてしまった。

 それでも追わない辺りがまあ悪いというかなんというか。


「千、別に篠原が悪いわけじゃないんだからさ」

「……嫌だったから」

「とりあえず座ろうか」


 さっきからみんなで立っていて不思議な感じだったんだ。

 少なくともふたりはソファに座らせればよかったといまさら気づいた。


「篠原が相手だとすいすい話せるんだよね」

「それは分かるよ、多分静枝がスムーズにいくように調整してくれているんだよ」

「そうだろうね、だからこそ態度を変えて接したくないんだよ。千とはこうして家とかで会えばゆっくり話せるでしょ?」

「……分かった、これからは我慢する」


 誰が相手でも一貫して変えないのが自分らしさだったはずだからね。

 あと、最近の千はらしくないんだ。

 前だったら先程も言ったように仲良くしなさいって言われているところで。


「それに家に来るのなんて千ぐらいだしね、さっきの篠原は例外って感じでさ」

「……なんで時間はあったのに作らなかったの?」

「作れなかった、と言う方が正しいよ。篠原よりも臆病だったというところかな」


 ふらふら適当だったくせに実際は違かったことになる。

 フラットに対応できているようでその内は恐れていたわけだ。

 求めたときに断られるというのは自分から求めている分ダメージが大きいから。

 ある意味告白をして振られるよりことよりも友達になってと望んで断られる方がやばいのかもしれない。


「千が来てくれたのも間違いなく影響しているよ」

「それはいいの……?」

「僕にとってはいいことだね、千からすれば面倒くさい人間に話しかけてしまって運が悪かったってところだけど」

「……そんなこと言わないでよ」

「そう? まあ千がそう言うなら」


 あ、いまのはそうじゃないと言ってほしくて口にしたみたいでださいな。

 発言に気をつけなければならないのはいつだって変わらない。

 

「千は変わったよね、なんか僕に甘くなったというか」

「え、悪いことをしたらちゃんと駄目って言うけど」

「あ、うーん、なんか違うか――お、甘えるようになったと言うのが正しいかな?」


 来てくれるとはいっても当然毎回というわけではなかった。

 優先したいことだって千には多いからそこは仕方がないことだと分かっている。

 ただ、最近は他よりこちらを優先してくれている感じがするのだ。


「そ、そんなに甘えてる?」

「前と比べたらね、頭を撫でてほしいとか前までなら絶対に言わないから」

「確かに……」


 嫌ではないから構わないものの、後で文句を言うようなことはやめてほしい。

 多分、そんなことはしないけどね。

 だって千なら文句があるなら直接口にしているはずだから。


「嫌じゃないから僕的にはいいけどね」

「そっか」

「うん、嫌ならそもそも今日一緒に過ごしたりしないよ」


 今度はちゃんと口にしてから撫でておく。

 また勝手に触れるべきじゃないと怒られても嫌だからだ。

 そういうのを察知するのが得意の篠原の前では特に気をつけなければならない。


「ま、やっぱりあの人が好きって言って離れることになってもそれでいいけどね」

「……そんなことしないよ」

「そうなの?」

「……あの子が好きなままならこんなこと求めないでしょ」

「そっか」


 まあ……そうか。

 軽い人間ではないから、うん、馬鹿な発言だったなと内で片付けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る