05話.[指摘するよりも]
「壮さん」
「あれ?」
「はい? どうしました?」
なんか今日の篠原はいつもより楽しそうだった。
こちらとしてはいつも通り廊下で過していただけなので違和感がすごい。
そしてこういう意味不明な状況のときに限って千はいないという……。
「あ、なんか嬉しいことでもあったの?」
「いえ、これといって変わったことはないですね」
「その割にはそんな感じがするけど」
「そうですか? 私を直接見ている壮さんが言うならそうなのかもしれませんね」
最初は無表情が多めの子なのかと考えていたがそうではなかったようだ。
というか、それは普段接していることで分かっていたことかと片付ける。
まあそれでも冷たい顔をするときもあるが、それはこちらが失敗したときだけだから気にしなくてもいいレベルだった。
「そういえば聞きたいことがあったんですけど」
「うん? どうしたの?」
「私のこと一度でも小さい、とか思ったことはありますか?」
「あるよ? 初対面のときなんて小学生とすら考えたぐらいだし」
「む、酷いですね」
なんだそんなことかと言いたくなるような質問だった。
実際に小さいんだからそれ以外の感想は抱けない。
これでも大きいと言う人間がいたらアホかとツッコミたくなるレベルだ。
小学生と比べれば大きいとか言っているようなものだし。
「ところで、どうして急に名前で呼んできているの?」
「私が自分の意思でそうしたいと思ったからです」
「千のことも呼んでいるの?」
「いえ、まだ仲良くできている気がしませんから」
えぇ、それでどうしてこっちとは仲良くできていると思うんだ。
確かに最近は一緒にいる時間も多いが、彼女からすれば千が来なければひとりぼっちの人間の相手をしているだけだというのに。
「あ、まあ別に嫌というわけじゃないから好きにしてよ」
「はい、このまま呼ばせてもらいますね」
「じゃ、そこに隠れている人の相手でもしようか」
先程から隠れる気なんて全くなかった。
ただ、だからこそダメージを負っていないか気になる。
仲良くできている気がしないなんて言われたら誰だって気になるだろうし。
「気づいてたの?」
「途中からだけどね」
隠れる(隠れてない)けどらしくなさすぎる。
寧ろ堂々とやって来て篠原を連れて行くぐらいが彼女だと言えるぐらいだ。
それなのに今回はどうしたのだろうか。
「ちょいちょい、私も千さんって呼んでほしいな」
「私ですか?」
「あっ、静枝もそうだけど壮に……」
「ふふ、面白そうですね」
別になんら屈辱的な行為ではないから千さんと呼んだら嫌そうな顔をされた。
名前プラスさん付けで呼ばれたことよりも全然こちらが狼狽えなかったからだろう。
「壮さん、そういうところはよくないと思います」
「そうだよ、そこは『えぇ!?』って慌ててよ」
「別にさん付けぐらいで狼狽えないでしょ、最初は山田さんって呼んでいたのに」
「そうなんですかっ!?」
「「うわっ、びっくりしたあっ」」
嘘はついていない。
最初は確かに山田さんと呼んでいたんだ。
それがいつしか山田になり、本人から望まれて千呼びになっただけ。
「……なんで私は呼び捨てなんですかね」
「それは最近のスタンス的にという感じかな」
「私が見下されているから、とかではないんですね?」
「当たり前でしょ、人のことを見下したことなんてないよ」
なんかさん付けするのは自分らしくないと気づいたんだ。
人としてならさん付けした方がいいに決まっているけど。
「それよりふたりはいつも仲良しだね」
「仲良しに見えますか?」
「うん、凄く仲良しに見える」
確かに仲悪く見えるような感じではないと思う。
だけどそれはあれだ、篠原が合わせてくれているからだ。
相手が折れてくれるような人間ではないときっとこうはならない。
「私は壮さんといられる時間は好きですからね」
「おお、前もそうやって言っていたよね」
「はい、嘘をついてもメリットがありませんからね」
……こちらはただ受け答えをしているだけなのにいいんだろうか?
一緒にいられることが好きだといってくれるのは嬉しいが、自分のことをかなり冷静に見られている分だけ引っかかってしまっているというか。
「でも、安心してくださいね、男の子として好きとかそういうのはありませんから」
「え゛、なんでそれを私を見て言うの?」
「え? だって山田さんは壮さんのことが好きですよね?」
「え゛、なんでそうなるの?」
「え? 違うんですか?」
どうしてもそういうことにしたいようだ。
仮にそうだったらあの紹介はなんだったのかということになってしまう。
ま、まあ、絶対にではないがほとんどの確率でそうなることはないからそこまで慌てる必要はないはずだ。
「だって、デート、するんですよね?」
「お、お出かけするだけだからね?」
「なるほど、
「ちょちょちょっ、いまのニュアンス的になんか悪意を感じるんだけど!」
もうお出かけでもデートでもいいからさっさと終わらせてしまいたい。
が、こんなことを言っている割には「ま、まだいいでしょ!?」とどんどんずらされてしまうのだ。
乙女的には異性と出かける以上、最低限の時間が欲しいということだろうか?
もう二週間が経過しようとしているわけだがその点については……。
「私、どこかに行くのではなくてどちらかのお家で過ごすのがいいと思います」
「確かにそれだとお金を使わなくて済むよね」
「はい、仮に使ったとしてもお菓子代とか飲み物代だけですからね」
僕的には千に来てもらう方がいいかな。
家には僕以外誰もいないから千も余計な気を張らずに済む。
一番嫌なのは外でだれて変な時間で解散することだからそれが一番だった。
「あ、外で少し過ごしてから残りはお家で、みたいな感じでもいいかもしれませんね」
「なるほど。千的にはどう思う――って、どうしたの?」
そんな不思議な顔のまま固まるような話題ではないと思う。
どちらかと言えばあまり多くないお小遣い、つまりお金を使わなくて済んでよかったと安堵するところではないだろうか。
物欲がない人間でもたまに使うと無くなったことに引っかかるものだからね。
「私は戻りますね」
「うん、また後で」
「はい」
ただ、ここで固まったままの千を残されるのは微妙だ。
残念なことにまだまだ余裕があるというタイミングでなら尚更なこと。
「千的にはどこか行きたいところがあったの?」
「……いや、私は壮とどこかに行ければよかっただけだから」
「それなら家でも大丈夫ってこと?」
「それはまあ……休日なんだから大丈夫だけど」
この前だって普通に来ていたんだからいまさら緊張するということもないだろう。
そうなれば篠原が言っていたようにお菓子とかを用意しておくだけで済ませることができるということで感謝しかなかったわけだが……。
「その日になったら千の好きなお菓子でも買ってぱーっとやろうか」
「や、やるってなにを!?」
「なんか借りてきて家で見るのもいいかもね」
アクション映画が好きではあるが、そこはまあ千に合わせなければ駄目だ。
なので、当日の彼女次第ということになる。
恋愛映画とかだったら気恥ずかしいどころの話ではないだろうなあ……。
「な、なんだ、キス……とかをしたいのかと思った」
「え、もしかしてしたい――」
「そ、壮となんてしたいわけないじゃんっ!」
声でかあ……。
あと、そこまで必死に否定されると怒りすら湧かないぐらい悲しくなるから勘弁してほしい。
もし現時点で彼女のことが好きだったとしたらいまので精神が終わっている。
「お、落ち着いて」
「あっ、……ごめん」
「いや、謝らなくてもいいけどさ」
なんか怖かったからこれで終わらせておいた。
後は当日の自分に任せればいいだろう。
「やばいやばいやばい……」
今週の土曜日と決めた日からなんだか落ち着かない。
壮と過ごすことぐらいこれまで何度もしてきているのになんでだろうか。
いや、理由は分かっている。
それは静枝に変なことを言われてしまったからだ。
「朝からやばいやばいってどうしたん?」
「あ、ちょっとね……」
「もしかして東君とのこと?」
「えっ、なんで分かるの……?」
「いや、適当に言ってみただけだけど……」
これが止めになった。
自分から死にに行くなんてアホらしい話だ。
この話を続けるとさらにダメージを負いかねないから教室をあとにした。
「お、今日はひとり?」
「……うん」
「たまにはこういうのもいいかもね、僕からすれば千とふたりでいるのが自然だし」
私が行かないと他の誰かといようとしないから駄目だった。
あ、そういう点ではいまの静枝と似ているかもしれない。
なんだか放っておけなかったんだ。
そしてその割には真面目にやっていたからそこがよく見えた、というか。
「……そういえば仲直りしたんだからもうここで過ごさなくてもいいんじゃない?」
ここで過ごしているのを見るとまるで静枝を待っているみたいで気になるんだ。
「なんか気に入っちゃったんだよね。ここなら静かだし、来るのは千とか篠原だけだから落ち着くんだよ」
「確かに静かだよね」
「うん、賑やかなところより好きかもしれない」
私的には賑やかなところも好きだけどここも確かに悪くない。
というか、ここに行かないと壮や静枝とゆっくり会話できないから行くしかないと言う方が正しいだろう。
「結局、勇気がなかったんだよね」
「え、な、なんの話?」
いきなり変えてくるからたまにすぐに対応できないときがある。
壮は結構不思議な子でもあるかもしれない。
退屈とかつまらないとか言いながらも勉強とかだって頑張っているし、静枝みたいに近づかれても冷たく対応をしているわけではないから。
人として、学生として当たり前だと言われるかもしれないけど、私はそのようには考えていなかった。
だって私が同じ立場だったらなにもかもが嫌になって適当にしていただろうし……。
「関係を終わらせようと動いたときの話だよ。チャンスは何度もあったのに結局僕は完全に絶ち切ることができなかった、ださいよね」
「……いまも思ってるの?」
「情けないとは思ってるよ。ただ、もう千や篠原といたくないとは思ってない」
「そうなの?」
「うん、進んで嫌われたい人間じゃないんだ」
……私があのときあんなことを言ってなければそもそもそれすら起こらなかった。
でも、その件がなかったら私は自分の愚かな部分に気づけず終わっていたわけで。
「……ごめんね、可愛げのないことを言って」
「いや、千がありえないとかありえないからね。そもそも僕は選べる立場にないわけだし、千がああ言いたくなる気持ちも分かるよ」
「いや、ちが……」
「あれから冷静になったらよく分かったよ、自分がつまらない選択ばかりしているからつまらない人生になっているんだなって」
つまらない選択、か。
人間だったら間違えることだってあるはずで。
「中学のときに好きな人を教えてくれたでしょ?」
「あ、うん」
「あのとき、これ以上千と仲良くしても意味がないって考えた自分がいたんだ。それからは少しずつ合わせないようにしていたんだけど、よく考えたらそこら辺りからつまらなくなったんだよなって」
「え、それって……」
つまり……好きではなかったけど引っかかってしまった、ということ?
仲良くした先でお付き合いを始めたりするわけで、その希望が断たれてしまったからなるべく一緒にいないことを選んだと……?
確かに好きな人だよと教えてから余所余所しくなったような気が……と思い出した。
「はは、来てくれるのは千だけだったからね。それにあの頃から、いや、もっと前から恋には興味があったんだ。そんなときに部活繋がりで異性が話しかけてきてくれたりしたらまあ……期待もしちゃうよねって話だね」
「……そっか」
だけど悪いことをしたとは思えない。
私はひとりでいながらも腐らずに頑張っていた壮だから近づいたんだ。
「千は真っ直ぐに近づいて来てくれた理由を言ってくれたよね」
「うん、だって真面目にやってて偉いって思ったから」
「そう、だから僕も変な態度を取らずにいられたんだと思う。まあ、最近のあれは本当に恥ずかしいことだけどさ」
「えっと……だからそれも、なんだよね?」
「うん、そこに関係しているよ」
別に狂わせたくて、弄びたくて言ったわけじゃない。
確かにあのときは好きだったからだ。
でも、それでここまで影響を与えていたということなら……。
「篠原は今日来ないみたいだね」
「……静枝は壮のことを気に入っているし行けてないときは寂しそうだね」
「はは、寂しがり屋だからね」
壮以外といるところを見たことがないから普通に気になる。
それでも誰かといることを望んで動いているからあの頃の壮ほどではないかと内で片付けておいた。
「そういえば名前で呼んだの?」
「うん、だけど誰かに言われたからするんじゃなくて自分の意思でしてほしいって言われたから篠原呼びを継続中かな」
「それなら壮の意思で呼んであげればいいんじゃない?」
「うーん、そこまでこだわる必要もないからなあ。だって名字呼びでも名前呼びでもさ、結局一緒にいられていることには変わらないんだしさ」
「でも、私的には名前を呼び合えた方が仲がいい感じがするけど……」
だからこそ壮にも求めたのだ。
何ヶ月も言うことを聞いてくれなかったから暴れそうになったぐらい。
「でも、よかったかも」
「なにが?」
「私のときと違ってあっさり呼んだら……複雑だし」
「ああ、さん付けから名字呼び捨てまですら結構変えなかったもんね」
多分、私だからとかそういうことではない。
壮がそういう風に決めて生きているからだってことは分かっている。
ただ、あまりにも否定されてしまうと一応乙女としては複雑なわけだ。
自分が可愛いとかそういうのは思ったことはないけど、やっぱり女である以上ね。
「千だから呼ばなかったわけじゃないよ」
「うん、それは分かってるよ」
「うん、なんか気恥ずかしいのもあったんだろうね」
こちらはその気恥ずかしいのを抑えて話しかけたわけで。
だからできればささっと変えてくれる方がよかったと言える。
一方的に絡んでいるみたいで他者から冷たい目で見られそうだし……。
「あ、ちょっとじっとしてて」
「え」
固まっていたらぐいっと近づいてきて頬に触れられた。
なっ、となっている内に「髪の毛がついていたから」と言われて熱くなる。
「でもさ、髪の毛とかがついていたらくすぐったくて気づくんじゃない?」
「……全然分からなかった」
「そっか、あ、細いからなのかもね」
恥ずかしくていまにでも消えたい気持ちになっていたタイミングで静枝が来てくれてなんとか耐えることができた。
とりあえずふたりが話しているところを見ていれば落ち着くことができる。
……はずだったんだけど今度はもやもやが出てきて駄目になった。
「女の子に気軽に触れ過ぎだと思います」
「え、だけど言葉で指摘するより早いかな――」
「駄目です、触れられるより言葉で伝えてもらえる方がいいと思います」
「あ、ほら、千だったら一緒にいる時間も――」
「駄目です、それでも親しき仲にも礼儀ありってことですよ」
た、確かにいきなり触れられるのは驚くからやめてほしい。
静枝が言うように言ってくれれば大丈夫なわけなんだし……。
「分かった分かった、僕が悪かったということでいいから」
「はい、それは直した方がいいと思います」
「はぁ、篠原は頑固だね」
「いえ、これは壮さんが悪いだけだと思います」
責めたいわけではないからそこで終わらせるよう頼んでおいた。
なんかしゅんとした壮の顔が可愛くてそれ以上はなにも言えなくなってしまったけど。
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