04話.[ついていけない]
「デートしよ」
「はい?」
反応してからああ、なるほどと納得した。
デートしようとしたって言いたかったのを急ぎすぎて端折りすぎてしまったんだ。
その証拠に彼女はなにも慌てていなかった。
「これから好きな人とデートできるんだね、よかったね」
「はい? 私は壮としようとしているんだけど」
「えぇ」
なんかあれから急激に変わりすぎていてついていけない。
分かっていることは意味が分からないことも言うけど女の子ということだけだ。
「えっと、好きな人とは……?」
「どうでもいいでしょそんなの。それでどうなの? はいかいいえでよろしくお願いします」
悪く言ってこなくなっているから出かける分には構わなかった。
ただ、デート、そういう風にされてしまうのは少しだけ引っかかる。
好きな人がいる彼女的には間違いなくよくないことだから。
「デートじゃなければ行くよ」
「お出かけならいいってこと?」
「うん、デートは好きな人としたらいいよ」
「分かった、それでいいからどこかに行こ」
「うん、それならいいよ」
しっかし、どういう風の吹き回しなんだろうか。
出かけた先で馬鹿にしたいとかそういうのではないだろう。
それだったらいまして休日は好きな人と過ごすか、ひとりでゆったりと満喫する方がいいに決まっているから。
「行くことを決めておいてなんだけど、篠原じゃ駄目なの?」
「静枝とはもう何回もお出かけしているから」
「え、そうなの? そうなんだ……」
「あ、いまちょっと残念な気持ちになった?」
「うん、少しだけだけどね」
三年もいたのに出かけた回数は片手で数え切れてしまうこちらとしてはなんともね。
この前まで終わらせようとしていたのにすぐにこれでださいものの、少しだけ引っかかることがあるのは事実だから仕方がない。
「それならこれからは変えていけばいいんじゃない? いまは部活もやっていないし、休日はほとんど時間が余っているんだからさ」
「って、千が付き合ってくれるの?」
「うん、私としても暇な時間ばかりだと退屈になっちゃうからね。壮とどこかに行くことで少しでも楽しめればお得だと思うし」
でも、リードできるわけじゃないから楽しくはならないかもしれない。
それもまた彼女が我慢することで成り立つことかもしれない。
「……最近はどうしてそんなに乙女みたいになっちゃったの?」
「え、元からこういう生き方をしているつもりだけど」
「いや、最近は露骨すぎるというかさ」
僕のことが好きだった、ということならなにもおかしくはない。
だけど僕は確かにこの耳で「あの人が好きなんだ」と聞いたわけだし、確かにこの目で彼女の好きな人を見たんだ。
だから違和感しかない。
これまで通りで考えるとすれば言葉をぶつけてサンドバッグ扱いしそうなところではあるが、なんかそんなことにはならないと楽観視している自分もいるんだ。
「そう? 私と壮ってこんな感じじゃない?」
「ありえないとか言われていたんですけど……」
「あ、それはあれだよ、現時点ではという話であって……ですね」
「えっ? そうなのっ?」
「うん……」
そうなってくると現時点では最低評価だということだ。
なるべく好かれようと基本的に要求を受け入れてきたのになんでそうなったのか。
僕は他の誰よりも千のことを優先していたんだけどなあ……。
「僕、なるべく言うことを聞いていたと思うんだ」
「そうですね」
「それなのに……ありえないの?」
「あ……」
いや、そういう黙り方をされると余計に気になるわけで。
彼女はなにも言わないまま違う方を見始めてしまった。
何気にここ、僕の家だから空気が滅茶苦茶やばい。
気まずいどころの話ではなかった。
「と、とにかくっ、約束だからねっ」
「うん。あ、今日じゃなくていいの?」
「ええ!? そ、そんないきなりお出かけするのっ!?」
えぇ、休日なんだからいいでしょうに。
まだお昼前だし全然時間はある。
寧ろこれを言うためだけに来ていたのだとしたら期待ハズレもいいところだ。
「まだ時間はあるでしょ?」
「そ、それはあるけど……」
「だったらよくない? デートじゃなくてただ出かけるだけなんだからさ」
商業施設にでも行けば見ているだけでも楽しいことだろう。
他には……あ、ただ歩くのも楽しいかもしれない。
いい時間になったらご飯を食べて帰ってくるのも悪くはないはずだ。
まあそうなるとそれはもはやデートみたいになってしまうが、世の中には男女で普通にデートじゃなく出かけている人達もいるだろうから多くは言わない。
「きょ、今日はお家でゆっくりしようっ」
「そう? それならそれでいいけど」
一週間経過すればまたお金も貯まるからそれはそれで悪くない選択だと思う。
来週であれば丁度貰えるタイミングに重なるわけだからね。
昔だったら格好つけて奢ったりしているところだけど今回はどうしようか。
好きな人がいるのであれば気に入られようとしても意味はない……か?
「壮、肩を揉んであげるよ」
「え、それなら僕が揉んであげるよ」
「いいの? じゃあお願いしようかな」
最近は難しい顔をしていることが多いから疲れていそうだった。
なので、まあ前から負担をかけているしということでしていくことに。
「ん……」
「痛くない?」
「うん、痛いどころか気持ちがいいよ?」
「そっか、じゃあこのまま続けるから」
どちらかと言えば硬い、という感じだった。
力加減に気をつけつつ続けていたら流石に手が疲れてきたが我慢。
千はこれ以上に僕のせいで疲れてきたんだからね。
「ところでさ、静枝と連絡先とか交換……したの?」
「篠原と? してないかな」
「なんで? すればいいじゃん」
「うーん、求められないからね、求められたら多分すると思うけどさ」
自分から積極的に望むなんてことができていたらこうはなっていない。
その点に関しては奥手だったからこそ勝手に来てくれる千とだけいることになったんだから。
「千とだって千が話しかけてきてくれていなかったら一緒にいることもなかったわけだしね、連絡先だって同じことだよ」
「話しかけたのは壮が真面目にやっていたからだよ」
「なんらかの部活に強制入部とはいっても自分で選んだ部活だったからね、所属しているからには真面目にやらなければならないと考えて行動していただけだよ」
所属するまでは全く触れたことがなかったスポーツだったものの、触れてみたら面白かったから苦ではなかった。
あと、退屈じゃない毎日を望んでいるとはいえ、トラブルを起こして嫌われたりすることでそれを埋めたかったわけではないからそれが影響している。
「真面目にやっていたのは千でしょ、それのおかげで篠原は近づいてきたんだし」
「真面目にやっていたけど実力がね……」
「そんな運のことを話しても仕方がないよ、逆に言えばそう分かっていたとしても頑張れた千がすごいってことになるじゃん」
まあそれでも高校でもやると大抵はならないのが普通だ。
だからいま部活で頑張っている人達は僕にとって普通に眩しい存在だった。
テストで赤点なんかを取るようなら練習にも参加できないみたいだし、両立させなければならないのはかなり大変だろうからね。
「普通に格好よかったよ」
「そ、そう……?」
「うん、それは篠原も言っているんだからね」
全く関わったことのなかった他校の篠原が言っているからこそ説得力がある。
真面目だけど堅すぎないというか、ノリがいいから人が集まっていたしね。
僕としては来てくれない時間は見ていることしかできないレベルだった。
あの彼女を中心に形成された輪にはとてもじゃないが加われないのだ。
「し、静枝って呼んだら?」
「ははは、今度試してみようかな」
いつも冗談か冗談じゃない感じの発言を多くされているから真似してみよう。
どんなリアクションをするのかがいまから楽しみだった。
楽しみだったから月曜日の朝から実行してみた結果、
「どうしました?」
と、いつも通り柔らかい感じで返されてこちらが言葉に詰まった。
「あ、前々から名前で呼びたかったんですね?」
「そ、そうだよ?」
「ふふ、可愛い方ですね」
自分と千の発言通り、篠原が強いのは一目瞭然だった。
こういうときでも嫌な顔をせずに柔らかい態度でいられるのは強い。
千だったらいきなり名前で呼ばれた場合は、……どうなんだろうね?
「って、嘘ですよね」
「え」
「山田さんに言われたから試しにやってみるかと動いただけですよね?」
えぇ、なんでそれも分かるの。
しかも先程までと違って怖い顔をしているし……。
嘘をついても余計に自分の立場を悪くするだけだからそうだと認めたら「ですよね」と冷たい真顔で答えてくれた。
「私、誰かに言われたからと変えられるのは嫌です。どうせ名前で呼ばれるのであれば東さんの意思でそうしてほしかったですね」
「ごめん……」
「変なこだわりだとは分かっているんですけどね」
きっと他のことに関してもそうだろう。
例えば連絡先を交換するのも誰かに言われたからではなく自分の意思でしてほしいと。
僕限定の話ではないから気楽に接することができるのはいいと思う。
「ちなみに、山田さんのことはいつから名前で呼び始めたんですか?」
「千のこと? 二年生の春頃かな」
「え、ほぼ一年間は名字で呼んでいたんですね」
「うん、狙っていたわけじゃないけどガードが硬い子だったからね」
残念ながらそのときも千が求めてきたからなんだけども。
連絡先だってそう、全部千から言われてしたことだ。
……ま、まあ、気に入られようと軽い男になっていなかったと考えれば、という感じ。
ちなみにもうひとりの女の子とも同じようなものだった。
こちらは三年生のときからだったから基礎作りにも失敗したことになるのかねえ。
その証拠に、メッセージを送ったのに一ヶ月近くは無視され続けているわけだから。
「意外ですね」
「そう? 千って結構遠ざけることもあるからね」
「じゃあ、いまも安定して一緒にいられている東さんは特別ですね」
安定(最近終わりそうになった)のを見てそう言っているのならそれはもうそうなのかもしれない。
喧嘩して消滅しそうになってもなんだかんだ以前までの状態に戻っていることを考えればそういう見方もできなくはないのかもね。
「でも、千には好きな人がいるから、それもこの高校にね」
「え、それって結局は東さんってオチじゃないんですか?」
「えっ、それはない……ないでしょ」
もしそうだったら篠原に土下座をして謝ろうと思う。
別に屈辱なことではないから全然構わないが、まあそんな上手くはいかないだろうから僕はいつも通りのスタンスでいればいい。
「だって、デートするんですよね?」
「千から聞いたの?」
「はい、嬉しそうにしていましたよ」
正直に言うともうデートでもただのお出かけでもどうでもよくなってくる。
いまは少し前と違って仲良くしようというスタンスに変わっているからだ。
単純だから仕方がない、あとやっぱり進んで嫌われたい人間ではないし。
「それなら私も今度、東さんとお出かけしたいです」
「え、あ、付き合うぐらいならできるけど」
「はい、せっかく友達になれたんですから仲を深めたいじゃないですか。あ、それは山田さんとも変わらないですけどね」
「当たり前だよ、寧ろ僕とだけ仲良くしようとしていたら驚きすぎて顎がはずれるよ」
で、僕とだけではなかったものの、仲良くしようとしてくれたのが千と。
僕にとってはかなり貴重な存在というか、稀有な人間すぎて驚くというか。
「もしそうだと言ったらどうしますか?」
「それなら考え直した方がいいって言うよ」
「なるほど」
つまらない人間だからこそつまらない毎日になっていたはずだから。
だからもしそこが変わったら可能性はあるかもしれないが、そこが変わりそうにないから恐らくこの先もこのままだと思う。
でも、これならこれで楽しみなことだってあるわけだけだから悲観はしていない。
「恋には興味があるんですか?」
「あるよ、僕だって一応男なんだから女の子と仲良くしたいって考えてるよ」
「そうですか」
そう、寧ろ非モテだからこそそういうことへの興味というのは凄くなるわけで。
まあだからこそ上手くはいかない現実にぶつかって微妙な状態になっているわけだけだが。
「その割には山田さんを遠ざけようとしておかしいですね」
「いやほら、千には好きな人がいるからさ」
「だからって遠ざける必要はないじゃないですか」
「……仲良くしていてももどかしくなることは多かったんだよ」
前までの僕なら間違いなく仲良くできていたと胸を張って言えた。
が、好きな人がいるということも分かっていたから引っかかることも多かったんだ。
それで途中から絶対に付き合うことはできないのに仲良くしている意味なんかあるのか? と冷静に考えてしまったのが悪かったというか。
思えばそこら辺りからつまらなく感じ始めたわけだしね。
「好きになったら本気で動くけどね」
「それならいまから頑張った方がいいです、動こうとしたタイミングで山田さんも本格的に行動し始めるかもしれません」
「あー……」
本気になったタイミングで~なんてこともありそうだ。
寧ろその方が現実的だと言える。
あと、好きな人がいると分かっているのに無責任にアタックし続けるというのも……。
い、いや、まだ好きではないから分からないけどねっ。
「それにさ、僕は篠原の相手もしてあげなければならないからね」
「そうですね、またひとりになるのは嫌なのでその方がいいですね」
「真っ直ぐ返さないでよ……」
「え? だって事実ですから」
どちらかと言えば篠原が来てくれているという見方しかできなかった。
こちらから動いたことなんて全くないから情けないどころの話ではない。
「最初は嫌々といった感じでしたけどすぐに普通に対応してくれるようになりましたからね、私にとって東さんは相当いい人なんですよ?」
「それは否定するけどね、ただまあ……常に冷たくなんてできないんだよ」
「偉そうかもしれませんがそれでいいと思います」
「うん、篠原の言う通りだ」
ずっと冷たく居続けるのは嫌われようとしているようなものだ。
色々と優秀でもそこで終わっていたら駄目だと思うからこれでいい。
残念な点はなにも優秀ではない僕がこんなことを考えていることなんだけどね。
「壮ー」
まだこの場にはいないが千の声が聞こえてきた。
もちろん聞こえてくるぐらいだから本人もすぐに現れるわけで。
「あ、こんなところにいたんだ」
「なにか急用でもあった?」
「ううん、壮を探していただけ」
本当に最近はどうしちゃったんだろうね。
前まではあくまで友達と過ごした後のおまけ的な
もしかしたら二重人格者で片側をコントロールできなくて困っているとか?
「きみは山田千だよね?」
「はい? 山田千じゃなかったら誰だって言うの?」
「二重人格だったりとか……」
「ありません、静枝の前で馬鹿なことを言わないでよ、アホ壮」
あ、いまのだけでそれはないって分かった。
そうそう、こうやって馬鹿とかアホとか言ってこないと調子が狂うんだ。
もう敵視したりはしないが、できればこんな感じのままでいてもらいたい。
好きな人がいる人間を好きになってしまったりしないようにね。
「それより静枝に質問があるんだけど」
「私にですか?」
「うん、静枝って壮のことを気に入ってるの?」
ああ、またそんな変なことを聞いてしまうのか。
僕からしたらどうにもできず、そして断言されるところを直視するしかできないという悲しいルートへの突入だった。
「気に入っていません」
「そ、そうなの?」
「はい。ただ、一緒にいられる時間は好きです」
「え、それは気に入っているってことなんじゃないの?」
「私程度が気に入っているとか言うのはおかしいじゃないですか」
ん? これはまたなにかがありそうだった。
闇がありそうだから触れないようにしておいたのだった。
一緒にいられる時間は好きという発言にもね。
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