03話.[こんな感じでも]

「ストップ!」


 すっかり廊下に逃げるのが普通になっていた。

 そして今度こそ篠原や山田に見つからない場所を目指して歩こうとしていたのだが、残念ながらそれよりも先に山田の方が動いたということになる。


「……山田も馬鹿だよね」

「……このままじゃ嫌だし」


 仕方がないからどこかに行くのをやめてこの場に留まることに。

 ただ、廊下のど真ん中で突っ立っていると迷惑だから端に寄った。


「篠原はいないんだね」

「うん、まだ来てないよ」


 何組なのかも分かっていない。

 自分がひとりになりたくないからひとりでいる人間を放っておけないとか言ってしまう不思議少女ちゃんは別に毎時間山田のところに行っているわけではないらしい。

 もしかして直行してきているのだろうか?

 それともまさか、探すためにそんな余裕はないということなのだろうか?


「名字呼びはやめてよ、壮から名字で呼ばれるのとか久しぶりすぎてなんか恥ずかしいから」

「いや、……僕は一緒にいるのをやめるつもりだから」


 多分、これに流されて仲直りしたらまた同じパターンになる。

 今度は篠原も一緒になって悪く言ってくるかもしれないから信じない。

 ぜ、絶対に信じて変えたりしないぞっ。


「その割には反応してくれるよね?」

「それは無視したらタックルされるからだよ」

「た、タックルなんてしてないよ、あれは壮が弱いから倒れただけだし」

「いやいや、後ろからいきなり衝突されたら基本的にはああなるよ」


 下手をすれば綺麗でもない床にキスをする羽目になる。

 しかもその後は馬乗りになってきたし本当に怖い女の子だ。

 顔すら見させないという効率プレイ。

 なので、先生が来ていなかったらずっと顔を床に押さえつけられていたと。

 こちらはうつ伏せだったからねえ……。


「山田はなにがしたいの?」

「これまで通り普通に仲良くしたい」

「仲良くなかったんでしょ、それが今回の件で分かったじゃん」

「違うよ、壮が勝手に悪く考えただけだし……」


 そりゃ悪く言われたら悪く考えたくもなる。

 これは好意の裏返しだっ、なんて楽観的にはなれない。


「……付き合うのはあれだけど普通に仲良くしたいんですけど」

「いまのいる? 何回も言わなくたって魅力がないことぐらいこれまで生きてきたんだから分かってるよ」


 魅力があるなら誰かから最低でも一度は告白をされているはずだ。

 だが、僕に限ってそんな甘い展開はない。

 いたずらですら告白されたことないってやーばすぎでしょこれ。


「ちが……」

「なにも違くないよ、馬鹿なことも魅力がないこともその通りなんだから」


 自分から退屈な毎日になるように動いていた愚か者なんだから。

 ちょっと頑張ることもしないで周囲が勝手に変わってくれることを望んでいた。

 そんな傲慢な人間を求めてくれるような稀有な人間がいたらこちらが驚く。


「よかった、仲直りできたんですね」

「盗み聞きしてたの? 趣味悪いね」

「そんなのじゃありませんよ。大体、東さんの教室近くで話されていたら嫌でも聞こえるじゃないですか」


 なんで僕の教室近くの廊下で話していたら聞こえるんだよ。

 そもそも篠原は静かに現れすぎだ。

 何組かすら言わないのはフェアじゃない。

 仮にクラスを知ることができたらそこからかなり遠い場所まで行くぞ僕は。


「そこまで声が大きいつもりはないんだけどなー」

「大きいですよ? あと、スタンスがぐらぐらしていて関わる相手の方が大変そうです」

「う、うるさいな、いつでも真っ直ぐ生きられたら誰も苦労しないでしょ」

「いまだって揺れていましたもんね」


 くそ、によによしやがってっ。

 なんか弱みを握りたくなってきた。

 だってこちらばかりが恥ずかしいところを見られているから。


「ちゃんと観察できて偉いでちゅねー」

「そうして異性に触れたりできるんですね」

「……その純粋無垢な顔はやめてくれ」


 この先きっと、僕が彼女に勝てることはないと思う。

 冷静に対応されたらうぐっと詰まって終わるだけだ。

 それにいまのこれは勢いでやっただけでしかない。

 気軽に異性に触れられるようなメンタルはしていなかった。


「山田さんと東さんって相性いいと思いますけどね」

「いや、僕が折れてきてあげただけだからね」

「はあ!? 私だって色々と我慢してきたんだけど!?」

「じゃあこれで終わりでいいでしょ」


 お互いに不満を抱えたままの関係なんて長続きしない。

 我慢が当たり前の関係なんてなにもいいことはない。

 それを分かっているからこそ僕から離れようとしているのだ。

 それなら山田が責められるわけじゃないだろうしいいと思うけど。


「……なんですぐにそうなるの」

「我慢してきたんでしょ? 我慢が当たり前の関係なんて微妙でしょ」

「だからってゼロにする意味が分からない」


 楽な方に動かないのが意味分からない。

 僕みたいな馬鹿な選択をしてはいけない。

 自分がこんなのだから相手にそうなってほしくないと考えているのか……?

 いまだけは篠原と同じような感じだと言えるかもしれない。


「東さんは極端すぎです、少しずつ変えていったらいいじゃないですか」

「でも、不満を感じているんだよ? それがなくなると思う?」

「思います、一気にはできなくても少しずつなら間違いなく」

「それは篠原みたいに真っ直ぐ向き合える人間限定の話でしょ」


 気づいてしまったからには難しいんだ。

 少し前までの僕であればすぐに仲直りしているところだが。

 まあ少し前の僕であれば少なくともこんなことにはしてないからね。

 なにを言われても適当にへらへら笑って回避するだろうし。


「とにかくこのまま終わりにしてしまうのはもったいないから駄目です」

「あーもう分かったからとりあえず放っておいて」

「嫌です、無理です、山田さんが望んでいる限りは聞けません」

「違う違う、あくまで休み時間はひとりで過ごさせ――」

「無理です、私は自分が決めたことを変えたくありません」


 最強かっ、いやこんなの最凶だよもう。


「……やっぱり静枝の言うことは聞くんだ」

「これだけしつこく来られたらもうどうしようもないでしょ……」


 それに彼女には変な力があって見つけられてしまうから逃げられない。

 いまのを否定されてしまった以上、頑張ろうとするだけ無駄ということだ。


「ふふふ、私がいれば東さんは強く出られませんね」

「これからは静枝にいっぱい協力してもらおうかな」

「はい、どんどん頼ってくださいっ、東さんには負けませんから!」


 勘弁してくれ、どんな最凶コンビだよと。

 ただまあ、悪く言ってくることはないみたいだからそこまで怖がる必要はない……か。


「ところで、なにか趣味とかないんですか?」

「え、あ、これだって趣味はないかな」

「それなら誰かとお喋りすることを趣味にしましょう」

「それって趣味じゃなくない?」

「細かいことはいいんです、あなたに必要なのは誰かといることだと思います」


 その誰かといた結果がこれなのを分かっているのだろうか?

 あ、彼女は別の中学だから知らなくてもおかしくはないかと片付ける。


「私は一度でも話した人には楽しそうにしていてもらいたいです」

「篠原の言いたいことは分かったよ」

「はい」

「でもねえ、山田だって冷静になればきっとなにをやってたんだろって後悔するだろうからさ? 僕なりに動いてあげたんだけどね」


 山田からすればあのとき話しかけてしまったのが運の尽きというものだろう。

 そのせいで僕みたいなのに毎日来られることになったんだから。

 多分、あの年だけで終わらせるつもりだったんだろうけどね。


「それこそ余計なお世話だと思います、山田さんはあなたといたがっていますから」

「それは言葉をぶつけることでストレスを発散できるからじゃないの?」

「違います、現にいまは全くぶつけていないじゃないですか」

「それは篠原に嫌われたくないからだよ、同性の前ではいい人を演じようとするところがあるんだから」


 山田はこちらの腕を掴んできて「余計なお世話」と。

 事実前からそうだったから合っていると思うけどね、そう内で呟いた。


「よし、とりあえず私は去るのでおふたりだけでゆっくり話してください」

「「え」」

「ん? どうしました?」

「「い、いや……」」


 それをなにも問題ないと判断したのか「ごゆっくり」と残して歩いていった。


「とりあえず……空き教室にでも入ろうか」

「そ、そうだね」


 正直、立って話をしていたら疲れてしまう話題だから仕方がない。

 こういうときに開放してくれていて感謝しかなかった。

 流石に教室ではやりたくないからね。


「山田――」

「名前で呼んでよ……」


 変にこだわって面倒くさくなるよりはいいか。

 くるくるすぐに意見を変えるのも自分らしいと言えるから違和感はない。


「……なんか篠原は千よりも強そうだね」

「うん、私より間違いなく強いよ」

「なんか気弱そうな感じもしたのにそんな面は全くなかったよ」


 ただ、僕の家を知っていて千の家を知らないというのも普通におかしい。

 そのことを聞いてみても本当にあのときまでは家を教えたことはないらしかった。

 そもそもあの日から一緒に過ごし始めたからとも。


「……それより静枝ばっかり優先しているのはなんなの?」

「え、優先してた?」

「うん、私の言葉は無視することが多かったけど必ず相手をしていたし」

「無視できるような強さがなかったんだ」

「……むぅ」


 どこへ逃げても必ず発見されるその力には敵わないと諦めたのかもしれない。

 それに悪く言ってくるわけではないから千と比べてまだよかったのかも。


「そういえば好きな人とはどうなの?」

「いまはそれどころじゃないので」

「いや、高校一年生の内から仲良くしておくべきでしょ」


 せっかく中学時代から一緒にいられているんだから上手く時間を作るべきだ。

 僕のところに来て下らないことで時間を無駄にしている場合じゃない。

 流石に僕が優先順位の上の方にくることはありえないからね。

 これで結果が変わってしまうかもしれないからこちらが止めなければならないんだ。


「……静枝ばっかり優先するのはやめてよ」

「そもそも、終わらせるつもりだったんだけど……」

「駄目、絶対に終わらせさせない」


 もういいって片付けたのは千も同じだったのに……。

 これはもう意地になっているとしか言いようがない。

 格下相手に切り捨てられるような行動をされてむかついているんだろう。

 そうでもなければここでは「あっそ、それじゃあ終わりね」で済ませるところだ。


「……嫌だよ、せっかく一年生のときから一緒にいて仲良くできてきていたのにさ」

「仲良く……できてた?」

「うん。遊びに行った日は確かに少ないけど、平日で学校のときは毎日一緒にいたでしょ? 壮だって私のところに来てくれたじゃん」

「あーまあ……」


 って、なんでいきなり乙女みたいな言動をしてきているんだっ。

 いつもこのような感じだったらそれこそ今回のようなことはしてないぞっ。


「な、なんか急に変わりすぎじゃない? いまだけそんな態度を装ったって結局行き着く先は同じ――」

「にはさせない、……私が調子に乗っちゃっていたのを最近になってやっと分かったんだ」


 それはまたなんとも遅い自覚だ。

 でも、ここで誰々のせいと言うのではなく自分だと口にするあたりがやっぱりいい子なんだってことが分かる。

 た、単純かもしれないけど素直に認めなければならないこともあるんだ。


「壮……」

「……そんな顔で見ないでよ」

「じゃあ……仲直りしてくれる?」

「……分かったから、分かったからちょっと離れて」


 やばい、今日の千は可愛く見えて仕方がない。

 まあ明日になればこの症状も治るだろうから問題ないと言えば問題ないが。


「……もしかしてドキドキしてた?」

「そ、そんなわけないよっ、千なんて対象外――」

「……なの?」

「もうそれずるいよっ」


 諦めて降参ポーズ。

 やはり女の子はずるくて賢いと分かった日となった。




「ふふ、よかったですね」

「半分どころかかなりきみのせいでもあるけどね」


 千は用事があるとかで既にいなかった。

 教室でぐったりとしていたら篠原が来てくれたので会話をしている形になる。


「篠原は何組なの?」

「六組ですね」

「へえ」


 やっぱりこの高校は何気に人数が多いようだ。

 各学年六組ずつあるんだからね。


「部活は興味なかったの?」

「興味がないわけではないですけど大変じゃないですか」

「そうだね、そこに慣れない高校生活も加わるから大変だよね」


 勉強だって当然難しいわけで、しっかりできている人は本当にすごいと思う。

 放課後だってすぐに帰られないのにね。


「……あと、小中とほとんどひとりだったので今度こそは上手くやりたいなと……」

「なるほど、まあその点については僕も同じだからマイナスに考える必要はないよ」

「いえ、これは他の方と違ってよくないことだと思います」

「あ、そう……」


 誰かといることを強く望んでいる彼女であればそうか。

 僕だって千がいてくれていなかったらどうなっていたのかは分からない。

 とにかく醜く強がって、部屋でひとりになった際に泣いていたと思う。


「あと、私と東さんは違いますよ」

「ま、まあ……」

「私の近くには山田さんみたいな存在はいてくれませんでしたから」


 そう考えると千はかなり我慢してくれていたんだなあと。

 そりゃあんな感じで言いたくなるよねと納得することができた。

 もちろん自分だけが我慢を強いられているだなんて考えたことはないが、自分が考えているよりも遥かに向こうにはそれを強いていたようなものなんだ。


「ちょっと偉そうかもしれないけどこれからいくらでも変えられるでしょ」

「はい、そう信じています」

「それに僕のところに来れば自然と千ともいられるからね」


 その後は千とだけ話すようにしたって構わなかった。

 なんかぼうっとしていられるのも幸せだって思えてきたからそれでいい。

 ふたりが話しているのを見ているのも楽しいだろうから悪くはない時間をきっと過ごせるはずだから。


「ふふ、本当は東さんが私に来てほしいだけじゃないですか?」

「えっ? えー……」

「む、その反応はさすがに傷つきます」


 来てほしいとか願う前に勝手に来てしまうだけだ。

 どんな能力なのかどこへ行っても学校内だと発見されてしまうという……。


「篠原はさ、なんで僕の家は知ってたの?」

「四月からひとりでいることが分かっていましたから」

「え、その頃はまだ千といたよね……?」

「でも、基本的にはひとりだったじゃないですか」


 千は違うクラスだし友達が多いしで基本的にひとりというのは否定できない。

 それでも篠原も別のクラスなんだからどうやって把握したんだって話なんだけど。


「ん? ひとりでいることと家の場所を把握していることは繋がっているの?」

「はい」

「怖いなあ……」

「怖くなんかないですよ、悪用なんかしませんからね」


 そんなのまだまだ分からない。

 もし彼女にとって気に入らない行動をしたら広めたりするかもしれない。

 って、そんなことをしても得がないかと内で片付けた。


「そろそろ帰りましょうか、あんまり一緒にいると山田さんに嫉妬されてしまいます」

「それはないけど……うん、帰ろうか」


 忘れ物がないかを確認してから教室をあとにした。


「ふふ、そういえば普通に話してくれるようになりましたね」

「ん? ああ……そりゃ逃げられないからね」

「む、普通に友達として認めてくれてもいいじゃないですか」

「僕と友達になれて嬉しい?」

「普通に嬉しいですよ?」


 はい出た異性のずるいところ。

 まあいいか、どうせ千は元に戻るだろうから篠原ぐらいはこんな感じでも。


「篠原って頑固だけど明るいよね」

「頑固……ですか?」

「うん、凄く頑固者だよ」


 これ以上は言わないおこうと決めた。

 自分から遠ざけるのは馬鹿らしいと気づけたからだった。

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