第7話
「断る」
廊下に出てきた姉が正面に来た刹那、俺は経済学同好会とやらへの入会を拒否した。
「まだ何も言ってないじゃないか」
「経済学同好会ってやつに入会しろってことだろ」
「そうだ。よくわかったな」
分かるに決まっている。どれだけの付き合いだと思っているんだ。
「あのな姉貴、俺は晩飯作ったりしないといけないから同好会なんて無理なんだって」
「その点は心配いらない。別に活動するつもりはないからな。籍を置いてくれるだけでいい」
姉は「それに」と言って続ける。
「何も一方的にお願いしようというんじゃない。一志が望むなら相応の要求には応えるつもりだ」
「だからってなぁ、なんで俺が…」その刹那、俺はある重要な事実を思い出した。俺が職員室に来たそもそもの理由だ。
俺がわざわざ職員室の重い扉をくぐったのは、風井のカツアゲを姉に何とかしてもらうためではないか。姉と教頭のやり取りを見ているうちにすっかり失念していた。すると、俺の経済学同好会への入会はもう確定しているのではないか? そんな考えが脳裡を過る。恐らくだが、ここで経済学同好会への入会を断れば、姉は俺の要求には応えてくれないだろう。
しかし―念のため訊いてみる。
「もし、俺が経済学同好会に入らずに、姉貴に要求をした場合は?」
「もちろん、拒否する。われわれの世界は交換が原則だ」
やっぱりか。
「……わかった。俺の方も一つ姉貴に頼みたいことがある」
「よし、契約成立だ。話は帰ってから聞こう」
姉はそう言うなり、踵を返し、職員室へと戻っていった。
俺は内心で呟く。
(じゃあ、なんであの時は問題の解説をただでくれたんだよ)
*
夜、俺は帰宅した姉にこれまでの経緯を話し、その上で風井のカツアゲを止めて欲しいと依頼した。
「なるほどな」
話を聞き終えた姉は、リビングのソファにもたれながらそう呟いた。キッチン前のダイニングテーブルに座る俺からは、姉の後ろ姿だけが見えている。
俺は机に広げた文庫本に目を移した。ただ黙って姉の回答を待つのは時間の無駄だし、二階へ行って勉強するわけにもいかない。こういう時は活字を眺めているに限る。
十分ほど経過したところで、姉は俺の方を振り返ってこう言った。
「風井の数学の成績はわかるか?」
「数学の成績? そんなもん知ってるわけないだろ」
その時、俺の脳裏にある光景が浮かんだ。二年三組前の掲示板を眺めている時のものだ。たしかあの掲示板には……。
「やっぱ知ってる。風井の数学の成績は、学年一位だ」
「そうか…」
姉は顔に微笑を浮かべ、「それなら十分だ」と言った。
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