第5話

 ところが、だ。地道にやっている暇などない。俺にその事実を突きつける事態が起こった。


 放課後、俺は二年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。風井に関する何かしらの情報が得られるかもしれない、そう考えてのことだ。


 まだ帰宅していない二年生がちらほらといる中を歩いていくと、二年三組の教室前で目の端に気になるものが映った。そちらに視線を移す。


 掲示板だ。


 一メートル四方程度の薄緑色の掲示板に大小様々な紙が貼られている。他の2年生教室前にはこのような掲示板が無かったことを鑑みると、これは学年共有のものなのだろう。


 ざっと全体を眺めてみる。


 イベントのお知らせや学内報がビッシリと貼られているなか、「数学ミニテスト成績上位者」と記載された紙に目に留まる。


(へぇ、二年生はこんなことやってんのか)


 純然たる興味からその紙を眺めていると、一位の氏名欄に俺の目が釘付けとなった。欄内には「風井俊哉」と記されている。


 一瞬、目の錯覚を疑い、ゆっくりと大きな瞬きをする。だが、相も変わらず一位の氏名欄は「風井俊哉」のままだ。


 まさかカツアゲしてる男が学年トップとは……。頭の良さと素行の良さが比例するはずはないのだが、それでも何か皮肉なものを感じずにはいられない。


 結局、掲示板には有力な手がかりとなりそうな情報は無かった。俺はその場を離れ、再び廊下を歩きだす。前方には、窓の外を見ている女子生徒二人組がいる。景色でも楽しみながら放課後の会話を楽しんでいるのだろう、と特に気にすることも無かったのだが、二人のそばを通り抜ける時、困惑気味の声で「あれ、絶対喧嘩だよ」と言うのが聞こえ、嫌な予感がした。


 慌てて窓際に寄ると、予感は見事に的中していた。


 窓の外に見えたのは侑希と風井だった。二人は職員用の校門前にある通りで、まるで決闘前のように向かいあっている。さながら武蔵と小次郎である。


 俺はすぐさま走り出し、階段を降りて生徒用玄関へと向かった。シューズボックスを乱暴に開き、靴を急いで履き替え、職員用の校門へと向かう。門を出て左を向くと、幸い、まだ二人は睨み合ったままだった。


 何とか間に合ったか、と安心したのも束の間、侑希が一瞬の内に風井との間合いを詰めた。


(まずい!)


「侑希!」


 とっさの判断で俺は叫んだ。侑希の動きが一瞬止まる。俺はその隙をついて、侑希に向かってダッシュした。


 俺はこの後の自分がどうなるのかを知っている。


 侑希が振り返るのと、俺が侑希につかみかかるのはほぼ同時だった。


 なぜ、風井のために俺が投げられないといけないのか。そう思いながら、俺は侑希に右手首をガッチリと両手で挟まれるのを感じた。侑希の身体がコマのように百八十度回転するのを最後に、俺の視界からその姿が消える。次の瞬間には視界が青空でいっぱいになり、腰に鈍い痛みが走った。


「あ、ごめん」侑希の間の抜けた詫びが聞こえる。


 俺は痛みにうめき声をあげなら思った。


(悠長にやっている時間はなさそうだ)


 侑希に引っ張りあげられる形で何とか起き上がると、幸い、風井の姿はもうどこにも見えなかった。

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