第3話
時刻は十二時三十分。昼休憩の時間だ。俺は屋上の欄干に寄りかかり、学校の外に広がる街並みを眺めていた。右手にはジャムパン、左手には牛乳を装備している。屋上は立入禁止区域であるため、周囲に人の姿はない。
俺は、今朝カツアゲを受けていた生徒、浅野卓也をここに呼び出していた。
浅野は俺の記憶通り、一年五組の生徒だった。人伝てに聞いたところでは秀才のようで、一学期の期末テストでは学年で十位だったそうだ。部活には入っていないらしく、これといって仲の良い生徒もいない。
古い金属ドアが軋む音が聞こえ、そちらに目を向ける。浅野が屋上の扉からおずおずと顔を出し、顔以外は屋内に留めるような恰好で立っていた。
「あの、用ってなに?」
「とりあえずこっちこいよ。その恰好のままじゃ話しにくいだろ。俺はただのクラスメイトだ。あいつらみたいな真似はしない」
「う、うん」
俺にすら警戒心を抱くあたり、浅野にとって今朝のような出来事は一度や二度じゃなかったのだろう。
浅野が隣に来たところで、俺は話を切り出した。
「お前、あいつらにカツアゲされてたんだろ?」
チラと隣へ視線をやる。浅野は無言のまま、伏し目がちに欄干を見つめている。
「今朝こっそりいなくなったのも、あの先生に事情を訊かれないためだったんじゃないのか?」
先生とは姉のことだ。
「……」
「図星か」
「……仮にそうだとしても君には関係ないことだよ」
「あるんだよ。今朝の女子生徒、覚えてるか?」
「覚えてるけど」
「あいつがまたお前を助けようとすれば暴力沙汰に発展する可能性がある。それだけは絶対に避けたい」
「それなら彼女を説得すればいいじゃないか」
「それができればやってる」
侑希は頭に血が上りやすい。ああいう場面に遭遇すれば、後先考えずに行動してしまう性質なのだ。だから方法は一つ。浅野に対するカツアゲそのものをなくしてしまうことだ。
「だいたいあいつらは何者なんだ?」
浅野はためらうように少し間を置いてから、「二年生の風井先輩と上田先輩」と答えた。
「スポーツ刈りの方が上田か?」当てずっぽうで訊いてみる。
「うん」
ということは眼鏡の方が風井、ということになる。
「フルネームはわかるか?」
「風井先輩の方ならわかるけど……」
「それでいい。教えてくれ」
「風井、俊哉」
「風井俊哉と上田なにがしか。それで、どれくらいのペースでカツアゲされてるんだ?」
「毎日、千円くらい」
中学生にとっては相当な痛手だろう。いや、むしろ小遣いでどうにかなる範疇なのだろうか?
「そんなペースだったら小遣いじゃ足りなくなるんじゃないか?」
「お金は毎日母さんが置いていくんだ。昼ごはん用に」
「なるほど、購買で買うための昼飯代がやつらの手に渡っているわけか。お前、何か弱みでも握られてるのか?」
「そんなはずはない、と思う……」
「じゃあ単純に暴力で脅されてるってことか」
「…うん」
情報が不足しているな、と思う。風井たちのカツアゲを止めさせるための最適解が浮かばない。教師に密告するのも手っ取り早い手段としてはアリだろうが、それでは根本的な解決にはならないだろう。それならば。
「明日は俺が行ってやるよ」
「え? どういうこと?」浅野がこちらを向く。その目が大きく開き、丸くなっている。
「お前の代わりに俺がカツアゲされてきてやる」
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