第2話 穴の空いた靴下とチップス祭り

「なんてことだ……。なんて軽はずみな事を言ってしまったんだ……」


 俺は家に帰りながら頭を抱える。

 今日一日頭の中で考えるのは朝の事ばかり。

 良く考えたら俺は何も悪くないじゃないか。足の匂いの事だって、思い出してみれば言葉と言葉の間に間があったんだ。きっとたまたま、そう聴こえてしまっただけに過ぎない。


 それに後から嗅いでみたけど、そんなに臭くなかった。だって昨日は久しぶりにお湯のお風呂に入れたんだから。まぁ、靴下に穴は空いてたけども。


 それに、渡良瀬さんの下着を見てしまったことだって、俺は見たくて見たんじゃない。むしろ見たくもなかった。なのにあの風のせいで、視界に水色フリルが飛び込んできただけなんだ。


 それなのに俺は「何でもするから」なんて言ってしまった。

 これが一番の失敗だ。


 渡良瀬さんは友達になってと言ったが、きっとこれから表面上は友達だけど、裏ではどんどん俺から色々毟りとる気なんだ。恐ろしい。一体何を要求されるんだ。俺ん家には金なんて無いのに。


 時々呼び出してくる女子もそうだ。「好きです」「付き合って」なんて言ってくるけど、俺はそう言ってくる子の顔も名前も知らない。付き合うって事はデートに行かなきゃいけない。つまり俺が金を出さないといけない。

 無理だ。不可能だ。そもそも女が苦手だ。


 確かに俺の顔はカッコイイ部類に入るとは思う。これは母さんのおかげだけど。

 けど別にその事で自惚れてなんかいない。


 中学の時に一度だけ彼女を作ったことがある。ちょうどゴールデンウィークの直前だ。

 そしてその彼女がデートに行きたいって言うから、釣りと潮干狩りと山菜採りに行った。

 三日でフラれた。


 クソがっ!

 何がつまらないだ! オシャレな店を知ってるかと思っただ! 貧乏臭いだ!

 ふざけるな!

 人に勝手な理想とまだ収穫時期じゃないタラの芽を押し付けるな。

 もう少し待てばもっとホクホクで食べれたのに。


 ダメだ。イライラと明日からの絶望感が消えない。


 結局、そのままの状態で家に着いてしまった。

 俺の家は築60年の木造の平屋。部屋数は四部屋。それ以外には台所。トイレと風呂は外。

 先月から滞納していたガス代を一昨日払って、やっとお湯が出るようになった。



「ただいま」


「あら、お兄ちゃんおかえりなさい。今日は早いのね? アルバイトお休みなのかしら?」


「ただいま母さん。今日は夕方のバイトは無いよ。夜少しあるから、ご飯食べたら行ってくる」



 俺を出迎えてくれたのが母さんの御子柴 アリシア。北欧の生まれで、亡くなった父さんが留学した時に出会って恋に落ちたらしい。腰まで届く銀髪の今年で三十三歳。俺のことは学生の時に産んだらしく、今でも若々しい。近所のおじさんにモテてるみたいだけど、再婚は絶対に認めない。絶対にだ。



「そう? ならすぐに用意するわね。今日は後ろの家の佐々木さんからジャガイモたくさん貰えたのよ。だから全部チップスにしたわ。たくさん食べれるわよ?」


「……ぜ、全部?」


「えぇ、全部♪」


「待って母さん。一体どのくらい貰ったの?」


「三十個よ? 今夜はチップス祭りね♪」



 俺は笑顔でそう言う母さんの言葉に、玄関で膝から崩れ落ちる。三十個もあったらコロッケにして冷凍すれば日持ちしたのに……。

 どんなときでも笑顔の母さんは凄いタフだと思うけど、このポンコツぶりはどうにかして欲しい。



「な、なんて勿体ないことを……」


「お兄様。無駄よ。ワタシが言っても無駄だったもの」


「シンシアか。そうなのか?」



 廊下に面した部屋から顔を出し、こっちに向かって歩きながらそんな事を言うのは妹のシンシア。俺の一個下の十五歳。シンシアも母さん譲りの銀髪で、スタイルも歳の割には良く、顔も整っていて美人と言ってもいい。そのおかげで、バレンタインの十円のチョコが何倍にもなって帰ってくる。しかも日持ちの良いお菓子に変化してだ。つまり我が家の糖分担当。

 ただ、お姫様に昔から憧れてるせいで喋り方が独特なんだよな。


 ちなみにシンシアの下に双子の妹が二人いるが、まだどっちも三歳で小さいから、今頃自分の部屋で寝てるんだろう。



「ええ。駄目だったわ。「え? 野菜を取るなら美味しい方がいいじゃない?」の一言で押し切られたわ」


「そうか……。大変だったな……」


「母様の暴走にはもう慣れたわ。ワタシ達でなんとかするしかないもの。それよりお兄様? なんだか元気がないようだけれど?」


「ん? あぁ、ちょっと学校でな」


「何があったのかしら?」


「いや、本当に偶然なんだけど、クラスの女子のスカートが捲れる瞬間に立ち会ってしまってさ。そのせいで何故か友達になることになって、明日から絶望しかないんだ。いったい何を要求されるのか……」


「……お兄様? それはさすがに考えすぎでは? あと、友達というものを勘違いしておりませんか?」


「いや、そんなことは無い。あぁ……明日が憂鬱だ……」


「お兄様……。余程中学の時の事がトラウマに……」



 シンシアが何か言ってるけど、頭に入ってこない。


 その日は結局、母さんの作ったチップスを砕いてご飯にかけて食べた後、すぐに交通整理のバイトに向かった。


 帰ってきてから少し勉強をして布団に入る。



「はぁ。明日は……ってもう今日か。いったい渡良瀬さんにどんな要求をされるのやら……」



 そんな事を考えながら眠りにつく。

 その直前、渡良瀬さんの水色フリルのパンツが一瞬頭に浮かんだけど、頭を振ってすぐに追い出した。


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