第27話 その後①

 大山さんとの別れの後、どうなったのかはあまり覚えていない。機動隊のような盾を持った人に囲まれ、担がれていた。アサヒはずっと近くにいた気がする。アサヒの匂いがしていたからだ。


 あの日から一週間が経った。俺は拘置所にいる。容疑は殺人。大山さんの胸にはナイフが刺さっており、俺の指紋がべったり。アサヒも証言もあり、俺が刺したことは明らかだった。すぐに弁護士がつけられた。正当防衛は十分に成立するらしいので、安心しろと言われた。


 正直、何が安心なのだと思った。俺は大山さんと刺し違えた上でアサヒを守りたかった。恩人の命を奪って、俺だけがのうのうと生き延びるなんて出来ないと思っていた。よしんば生き残ったとしても、恩人の命を奪った罪は贖いたい。それは正当防衛という言い訳で放免されるべきではない。それが俺の考えだった。


 だが、その考えもすぐに変わった。アサヒが、朝日が接見に来たのだ。




「駒田さん、初めまして」


 アサヒは本当に俺と初対面かのような顔で挨拶をするので思わず笑ってしまった。


「なんだよそれ。駒田さんって」


 アサヒは困った顔をする。言葉遣いも雰囲気も俺が一緒に居たアサヒではなかった。何より、麻取のユニフォームを着ていた。折角なら警官の恰好をして欲しかった。俺が好きなコスプレはナース、警官、メイドだ。


「どこから話したものかと思うのですが、私は朝日麻莉亜。麻薬取締部の者です。薬物の流通経路について潜入捜査をしていました」


「もうその設定はいいんだよ。あいつらがでっちあげた適当な経歴書だろ? 演技はやめろって」


「演技ではありません。信じて下さい、といって証明するのも難しいのですが……」


「だって、母親は? 父親は? あの継母は何だったんだよ?」


 アサヒが看守に目配せをすると、もう一人女性が入ってくる。始発駅でみた継母だ。


「この方は同じところで働いている人です。あれも作り話だったんですよ」


「アサヒ! 良かったな。お母さんと仲直り出来たんだな!」


 アサヒは尚も困った表情を崩さない。


「なんでそんな悲しい顔をするんだよ。俺、正当防衛が成立するから無罪なんだ。裁判が終わったらそっちに行ける。そうしたら、一緒に暮らそう。お母さんと三人でもいい。金は俺が頑張って稼ぐよ」


「もう……いい加減にしてください! アサヒは死んだんです! 大山も!」


 アサヒは机を叩いて叫ぶ。そんな事、俺だってわかっている。頭がおかしくなった訳でない。ただ、一縷の望みにかけたのだ。これがアサヒの仕組んだタチの悪いドッキリだと思いたかった。本当にアサヒは継母と仲直りして、二人で幸せな暮らしに戻る。俺もそこに合流する。そんな理想があるのだと思いたかった。


 アサヒは死んだ。もちろん生物的な死は訪れていない。アサヒと全く同じ見た目の人間が目の前にいるのだから。


 それでも、仕組みは分からないが、俺も直感した。この人はアサヒではない。アサヒの見た目をしている別人だ。なぜなら、中身が違うのだ。あの天真爛漫な笑顔を振りまくアサヒとは似ても似つかない、冷徹そうな女性。それがアサヒの中にいる。


「一応訂正すると、大山さんは俺が殺したんだ。死んだんじゃない」


「結果は同じです。誰かに殺されても、自殺でも、老衰でも、死んで焼いてしまえば、死因は関係ありません」


「何が言いたいんだよ」


「気にするな、と言っても無駄かもしれませんが、私なりに慰めてみました」


「お前、そんなに不器用な話し方しか出来ないんだな」


「すみません。これが本来の私なんです」


 アサヒ、いや、朝日麻莉亜は申し訳なさそうに俯く。どうも話しづらいタイプだ。


「最初からずっと、俺はお前の事を女子高生だと思ってたんだ。見た目は確かに若いかもしれないけど、中身はどうやって若くしてたんだよ」


 麻莉亜は顔を上げて説明を始めた。用意されていた台本を読むように淡々と。これが本来の朝日麻莉亜の性格らしい。


「憑依型の俳優、というのをご存知ですか?」


「ご存知ねえな」


「早い話が、人格を上書きできる人だと思ってください。私の人格の上に、アサヒという女子高生の人格を作り上げていたんです」


「あれは全部演技だったのか? 人間業じゃねえぞ」


「常人では、ですね。私は少し頭がおかしい人なので、そういう人格の上書きが出来てしまうんです。それ故に今回の潜入捜査に抜擢されました」


 そのことを誇るでもなく、恥じらうでもなく、まるで無気力なバイトがレジで金額を読み上げるかのような口調で言う。


「多重人格ってことか?」


「その呼び方は精神疾患っぽいので好きではありません。あくまで、特技、ということにしています」


 麻莉亜にも感情はあるようで、語気が強まった。いきなりそんな話をされてもピンと来ないが、演技が上手くて見た目が若い人であれば、女子高生に見せかける事ができる、ということなのだろう。


 身分を証明するものがなければ、見た目と中身に頼って判断するしかない。そして、そのどちらも女子高生なのだ。それはもう女子高生以外の何物でもない。


「全部作り物だったのか……あの生い立ちも……」


 そのことに気づくと呆然としてしまう。俺も似たような境遇だった。だからこそ、アサヒとは分かりあえると思ったから惹かれた部分もある。傷の舐め合いといえばその通りだが、舐め合える相手が欲しかったのだ。


「厳密には、全てではありません」


 麻莉亜は言いづらい事が喉に詰まっているかのように、何度か喉を鳴らしてから話し始めた。




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