第24話 6日目③

「どういうことだよ。なんで大山さんがお前を殺そうとするんだよ」


 そんな事はありえない。言い合う事はあったが、決して命を狙われるような関係ではなかった。第一、大山さんに対して越えていけないラインというのは誰よりも知り尽くしているはずだ。


「昨日、店に来たろ。昼過ぎかな」


「あ、あぁ。大山さんに相談があったんだ」


「部屋の前を通りがかった時にさ、話が聞こえたんだよ」


「盗み聞きするために部屋の前で聞き耳を立てていた、の間違いだろ」


 下手な嘘だ。またゴシップを仕入れようと暗躍していたのだろう。


「私の描写が下手だったことは謝るよ。とりあえず話を聞かせてもらったんだ。あの、給料の一部を運用している話、怪しく感じなかったか?」


「そりゃ、ネコババっていう可能性もあるけどよ。大山さんだぞ。そんな事疑うわけないだろ」


 大山さんは命の恩人であり、親みたいな存在なのだ。疑える訳がない。


「ま、コマはそうだよな。私は大山が帰った後に部屋に忍び込んでそれっぽい資料とかないか探してたんだよ。どうせ運用しているのは嘘で使い込んでるんだろうなって思ったからさ」


「何か出てきたのか?」


「何も。運用の話はね」


「他に何が出てきたんだ?」


 松本はささやき声に切り替えて話す。


「お薬の台帳だよ。メディスンじゃなくてドラッグの方ね」


「そりゃ、やってるだろうな」


「そうなんだけど、まぁやばかったわけさ。この辺の流通を全部仕切ってたんだよ。大山がいなくなったらこの辺の薬物中毒者は一気に禁断症状に陥るレベルだね」


「そんなになのか」


 大山さんは黒石会の中では中堅クラスの構成員だ。組織の中でのし上がるために麻薬取引にかなり力を入れていたのかもしれない。それでも、そこまでの規模だとは知らなかった。


「そ。でね、私は強請ってみたわけ。これ、警察に持っていったらどうなるかな? ってさ。いつもの小遣い稼ぎだよ」


 松本は良くこうやって大山さんにやばい話を吹っかけていた。法律に関しては松本の方が詳しいので、ギリギリのラインを見極めて、大山さんにアドバイスをするついでにコンサル料と称した口止め料を貰っていたのだ。だが、これはやりすぎだというのは俺でも分かる。


「それで大山さんの逆鱗に触れたわけか。お前、やりすぎだぞ」


「アハハ。金が必要だったんだよ。まぁ、仕方ないよね。適当な街に引っ越して人生やり直すしかないね。お薬ももう買えないからさ」


 苦学生ゆえに、ヤクザを強請るなんて危ないつり橋も渡らざるを得なかったのだろう。学費や生活費だけでなく、薬の調達にもかなり金が必要だったはずだ。


「とりあえず警察は呼ぶぞ。その方が安全そうだからな」


「ありがと。助かるよ。しっかり保護してもらわないとね」


 松本は横になって目を瞑った。しゃべり疲れたのだろう。ナースコールをして、警察を呼んでもらい、身柄が無事に確保されたところで俺も病院を後にした。




 家に着いてもアサヒからの返事はない。家の中も真っ暗だった。家を出た時と何も変わっていないので、家にも戻ってきていないみたいだ。アサヒはどこに行ってしまったのだろう。本当にこれっきりなのか。俺はただ若い女に騙されただけなのか。


 人探しは得意だ。だが、見つけたところでいい結果にならないこともある。そんな人探しはこれで二回目だ。一回目はアサヒの実の母親。そのことも謝れていない。こんな風に終わりが来るなんて思いたくなかった。だが、いずれは受け入れないといけないのだろう。


 ぽつんと部屋に取り残される。先週まではこれが普通だったはずなのに、「取り残された」という感覚が芽生える事が滑稽で自嘲気味に笑う。


 腹が減ってきたので冷蔵庫を開ける。そこには、アサヒと初日にテイクアウトしたアボカドバーガーが雑にラップに包まれて置かれていた。さすがにこれはもう食えないだろう。匂いが漏れないように丁寧にラッピングしなおしてゴミ箱に捨てる。


 部屋に戻ると、嫁たちが俺の方を一斉に見てきた。


「捨てられたの?」


「若い女なんてそんなもんだよ。元気出して!」


「ざまぁないわね! 私の事、売ろうとしてたから罰が当たったのよ!」


「ずっとここに一緒に居ようね!」


 無機物であるはずのフィギュアが、俺に語り掛けてくるようだった。この一週間、肉体的にも精神的にも辛いことが多かったので俺も限界なのかもしれない。


 アサヒは明日になったら帰ってくる。一縷の望みに賭けながら、俺は眠りに落ちた。

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