第21話 5日目

 五日目、とはいえもうやる事は決まっている。昨日と同じ時間に駅で待ち伏せて話をする。それだけだ。


 俺は俺でやることがあるので、昼飯を食ってから『制服女子学院上等部』に一人で顔を出した。アサヒはアイスクリームを食べる金を渡してやったら一人で飛んでいった。


 受付には松本がいた。今日も昼から盛っているお客様をご案内差し上げている。


 大山さんはバックヤードでお気に入りのソファに腰掛けてタピオカミルクティーを飲んでいた。シノギでやっていたら自分までハマってしまったらしい。こういうお茶目な一面もあるのだが、タピオカミルクティーの入ったポップな容器でも顔の怖さだけは覆い尽くせない。


「あの、俺が初めて人探しの仕事をした事があったじゃないですか。借金まみれで最後は売りで金を集めてた女です。覚えてますか?」


「ん? あー……そんなやつもいたな。あぁ! 覚えてるぞ! 状態が良くてな、肝臓が相場の倍で売れたんだよ。あの時は儲かったなぁ」


 肝臓を売った。それが死に直結するのかは分からないが、やはりそういう形で借金を返済することになったようだ。


「その人、今って何してるんですかね」


「あ? そんな事聞いてどうすんだよ」


「いや、ふと昔の事を思い出してて。どうなったのかなって気になっただけです」


「死んだよ。全身の臓器をありったけくり抜いて売ったからな。おかげで借金はチャラ。あーいや、右目だけ売れ残ったんだったかな」


 アサヒの実の母親は死んだ。文字通り命懸けで娘を守ったのだ。それを知ることが出来ただけでも良かった。アサヒへの伝え方はこれから考えるとして、実の母親は最後までアサヒの事を想っていた。それが分かっただけで十分だ。


「それで、そんな事のためにここに来たんじゃねえだろ? 本題はなんだ?」


 怪しまれないうちに次の話題に移る。


「あの、俺の金で運用してもらってるやつあるじゃないですか。あれを引き出したいんです」


 俺は貯金ができないタイプなので、大山さんが気を利かせて俺に渡す給料の一部を証券会社か何かの運用に回してくれている。その金をまるっと引き出したい、という事だ。当然、使い道はアサヒの学費と生活費だ。


「引き出すって言われてもよ、知り合い伝で頼んでるし、現金化するにはしばらくかかるぞ。金がいるならやるよ。どうしたんだ?」


「色々と思うところがありまして。ちょっと遠い田舎で暮らそうと思うんです」


 大山さんは俺の言葉を受けると、ピタリと止まる。吸い込まれる途中だったタピオカが太いストローの中でどうすべきなのか迷っているようだ。やがて、大山さんの意思によってタピオカはミルクティーの湖に戻っていった。


「あのガキか?」


「まぁ……そうですね。似たものを感じていて、俺みたいにはなってほしくないなって思うんです。できる事はしてあげたくて。正直ここにいる方が、真っ当な会社でこき使われるよりよっぽどいい暮らしをさせてもらってます。でも、やっぱり保護者として胸を張ることができる仕事に就きたいんです」


 大山さんは俺を睨みつけてくる。蛇やライオンの方がまだマシだと思えるくらいの迫力だ。眼力だけで殺されかねない。


「それがお前の『覚悟』なんだな」


「覚悟、ですか?」


「あぁ。お前は初めて会った日からずっと、人生なんかどうにでもなれって思ってる顔をしてたんだよ。でも本心では『死にたくない』『生きたい』『必要とされたい』って叫んでるんだ。どっちだよって思うよな。今日になってやっと、心と顔が一致してる姿を見られたよ」


 泣く子も黙るヤクザがニッコリと笑う。親が子供の自立を喜んでいるかのようだ。さっきまで臓器がどうのとえげつない話をしていた人とは思えない。


「まぁ……金のことは少し待ってろ。とにかく時間がかかるんだわ」


 歯切れの悪い返事だが、大山さんの事は信頼している。ネコババはしていないと信じている。とりあえずはアニメグッズを売り払ってしまえば当座の金は用意できるので待つことにした。




 大山さんとの話もつけたので、アサヒと合流して二人目の母親がいるであろう始発駅に向かう。電車の中は今日も空いている。


「アサヒ、俺さ大山さんに話してきたんだ」


「何を?」


 アサヒは携帯を横持ちにして食い入るように見入っている。何か新しいゲームでも見つけたのだろう。


「お前と一緒に行くよ」


「どこに?」


「どこでも。行きたいところで良いよ」


 アサヒは俺の顔をまじまじと見てくる。品定めをされているみたいだ。合格が貰えると確信があるわけではない。それでも、こいつが頼れるのは俺だけなのだから、無下にはされないだろう、という甘い予測はあった。


「まぁ、三日後だね」


 遠回しな物言いだったがアサヒは意味を察してくれたようだ。だが、顔も上げずに答えてくる。また肯定も否定もせずに先延ばしにされてしまった。


 あまり押しすぎても逆効果なのかもしれない。こういう駆け引きはあまり経験がないのでコツが分からないのだ。これまでは押して押すだけを繰り返していた。押しすぎて火傷をしても知ったことではない。自分がどうなっても良かったからだ。だが、今は押しすぎると失う物がある。だから、必要以上に慎重になるべきなのだと思った。




 さすがにいきなり娘、というか世話をしていた高校生が強面のチンピラを連れて現れたのだから、相応に警戒するのが当然だろう。変装したのか、時間をずらしたのかは分からないが、アサヒの母親に会うことはなかった。


 アサヒはずっと気丈に振る舞っていた。駅で待っている間も帰りの電車の中でも隣からやたらと絡んでくるし、相手をするのが少し面倒なくらいだった。さすがに俺でもあんな事を言われて一日で立ち直る自信はないので、気丈に振る舞えるだけアサヒは強いと感心させられた。


 いつもの汚い街についたので、家に向かって歩く。


「ね、ハンバーガー食べたいな」


 アサヒが隣で呟く。声量的に独り言かと思ったが、俺の方を向いて話していた。


「お前……昼も食べたろ」


「いいじゃん。シェイクは二つね」


「そん変わり、明日は健康的なもんを食うぞ。サラダボウルでも行くか」


「コマ、親みたいだね」


 アサヒが俺を諌めて生姜焼きを作ってくれた事を思い出す。いつの間にか俺達の立場は逆転していた。


 働きアリは一部の働き者を集団から取り除くと、残りの怠け者集団から新しい働き者が出てくるらしい。結局は周囲の環境次第なのだ。


 同じように、アサヒにも俺という頼れて甘えられる存在が出来た。だからこそアサヒもこれまでのしっかりとしたキャラを捨てて、甘えているのだと思った。


 そんな事、聞くようなことではない。なんとなくで察していれば良いことなのでアサヒには確認はしないが、嬉しそうに腕を掴んでくるので、同じ思いである事を願った。

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