第15話 3日目①

 三日目。腰が痛い。床で寝る生活はアラサーの体にはかなり堪える。


「アサヒ、起きろ。行くぞ」


「うぅ……眠いよぉ」


「お袋さん、探すんだろ」


「そうだね! 起きます!」


 目的を忘れていないみたいで良かった。腰をさすりながら洗面台に向かう。湿布がどこかにないか思い出そうとするものの、心当たりはない。薬局で買うしかないのだろう。





 今日も当然といえば当然、手がかりはなかった。今日も似た人は何度か見かけたのだが、やはり別人だった。


 アサヒと合流してフレッシュナスで昼飯を食べる。アサヒの食欲はとどまることを知らず、今日も二人分のセットをオーダーしている。最後の一口まで美味そうに食べるその食べっぷりを見ていると、そろそろ俺が胃もたれしそうだ。


 母親が見つからなくても、このまま飯を食うためだけに居座ったりしないだろうかと恐ろしい考えが頭をよぎる。それだけは勘弁してほしい。改めてアサヒの母親を見つけるための方策を考える。


「お袋さんじゃなくて、店を探す方が早いかもな。こんなに見つからないんだしさ」


「そうかもね。でも、検索しても出てこないし、どうやって探すの?」


「足しかないだろ。この街にあるなら、誰かしら知ってる人はいるだろうよ。闇営業っても、仕入れはするだろうし、客だっているんだ。いくら口が固くても大山さんの名前を出せばゲロるしかねぇよ」


「大山さんってそんなにすごいの?」


「この辺をシメてるのは大山さんだからな。その上は黒石会っていう暴力団だよ」


「黒石会?」


「あぁ。大山さんはそこのメンバーなんだ。ってもこんな話、お前にしてもな」


「そうだね。よく分かんないや。皆、悪い人なんだよね。怖いな」


 アサヒは目線を上にやってシェイクを飲む。黒石会については、その認識で合っている。恐喝、売春斡旋、麻薬、果ては殺しまで何でもありの世界だ。俺は関わらせてもらえないけれど、見ていれば真っ黒な事は容易に想像がつく。俺が転売で使っている倉庫でも似たようなことをしているのだろう。


 テーブルの上は、アサヒが平らげた飯の残骸でいっぱいになった。よくこんなに食べられたものだと感心する。


「よし、午後もやるぞ。今日は一日暇だから、徹底的に探してやるよ」


「おお! 頼りになるねぇ。行ってらっしゃい!」


「お前も行くんだよ!」


 そのままテーブルに突っ伏して昼寝を始めそうなアサヒを引っ張って外に連れ出した。この時期は昼間に外で活動する気力が失われやすい。アサヒの顔を見て、母親に会えたときの表情を想像して少しでもやる気を出そうとする。


 アサヒは伸びをすると、俺とは反対方向に走って向かっていった。モチベーションはまだまだ高いらしい。





 夜になった。今日もおけらだ。もうこの街には手がかりすらないんじゃないかと思い始めた。というのも、『アモーレローズマリー』なる店の情報すら全く出てこないのだ。それなりにパイプを使ってみたのにこれっぽっちも出てこない。多分、この街にはアサヒの母親はいない。一週間も経たずに結論は出そうな気がしている。


 家に帰ると、アサヒは先に帰ってきて晩飯の用意をしていた。今日は親子丼みたいだ。グツグツと煮える鶏肉と醤油の匂いが食欲をそそる。


「おかえり! どうだった?」


「あ……あぁ。店の名前で聴き込んだんだけど、誰も知らないってよ。別の街じゃねえのか? 少なくともこの街には何も手がかりはないと思うぞ」


 アサヒはシュンとして親子丼の方を見る。


「そっか……まぁ、いずれは見つかるよね。親子丼、もうすぐできるから、向こうで待ってて!」


 アサヒの顔に張り付いた笑顔が作り笑いであることは簡単にわかる。だけど、一生この街で会えもしない母親を探し続ける方がよっぽど残酷だと思った。暇を持て余した二人の人間には、一週間ですら長すぎるのだ。たったの三日でそんな結論に辿り着いてしまった。


 アサヒが盛り付けた丼を一つずつ持ってくる。片方はかなり山盛りになっているのでアサヒの分だろう。アサヒがお茶やら七味やらを用意している間に先に親子丼に手を付ける。


「美味いな。これ」


「ふふーん。そうでしょそうでしょ。アサヒ特製だからね! 隠し味は……」


「うま味調味料、だろ」


「よく分かったね。正解だよ」


 アサヒがよく使う冗談は何パターンかしかないのですぐに覚えてしまった。うちにうま味調味料は置いていないので、ただ単にアサヒの腕が良いのだろう。火加減や味付け、全てが俺好みだ。シェフとしてうちに置いておくのも悪くないと思ったが、アサヒは大飯食らいの上に女子高生だった。金はかかるしリスクはでかい。客観視すると、目の前に座っている女はなんとも面倒な物件だ。


 それでも、この飯は何物にも代えがたい存在になりつつあった。飯の味は何でも良くて、ただ一緒にいて横で飯を食う。それだけの関係が心地よかったのかもしれない。


 飯を食い終わり、食器を片付けたら汗を流して寝るだけだ。今日も床で寝るのかと思うと、シャワーを浴びている段階から憂鬱だ。日に日に憂鬱になるタイミングが早まってきている。


 二人共が寝る準備を済ませ、電気を消していつものように、アサヒはベッド、俺は床で横になる。毎日動き回っていたので、そろそろ体が悲鳴をあげ始めた。明日で折り返し地点だ。まだ折り返し地点なのか、と愕然とした気持ちが溜息となって漏れた。


「コマ? 大丈夫?」


 薄暗い部屋にアサヒの声が響く。


「何がだ?」


「今、溜息ついてたでしょ。溜息の数だけ幸せが逃げるっていうじゃん。コマ、これまで何万回溜息をついたんだろうね」


 いつもの調子で俺の事をイジってくる。そんな暇があるなら早く寝ればいいのに、と心の中で毒づく。


「うるせぇな。俺は現状で満足してるんだよ」


 こんな生活でも満足はしている。今のところは金にも不自由していない。将来性という意味では不満しかないが、自分の事なのでその時のことはその時考えれば良いと割り切っている。


「固い床でも満足?」


「それは別だな。そのベッドが開くのが待ち遠しいよ」


「じゃ、どうぞ」


「お、今日は交代してくれんのか。悪いな」


 正直そろそろ交代制にしたかったところだったので、遠慮する事なく変わってもらおうと立ち上がる。


「交代じゃないよ。一緒に使うの。おいで」


 真夏なのに頭まで布団を被ったアサヒが俺を呼んでいる。別に何も起こるわけがないのに、どうしても生唾を飲み込まずにはいられなかった。

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