第13話 2日目②

 タピオカの注文を取ってはお茶を注ぎ続けた。レジ締めまで終わったのが夜の十時。仕事終わりのOLや飲んだ後の〆に買いに来る人がいるので、閉店間際までひっきりなしだった。


 毎日こんな事を仕事にしたい訳ではないが、やはり真っ当な仕事をした日は心が晴れやかだ。社会の一部として貢献しているし、必要とされている実感がわいてくる。アイスクリーム屋のおっさんの顔が浮かぶ。あのおっさんも昼間は若い子にウダウダと言われながらも仕事終わりにはこんな風に達成感に包まれながらスーパーで酒でも買うのだろう。


 俺も今日は酒が飲みたい気分だ。コンビニに寄って安い発泡酒をカゴに放り込む。俺だけ美味しそうなものを飲んでいたらアサヒがむくれそうだ。アサヒの分としてコーラとケーキをカゴに入れた。




 特に連絡は来ていなかったし、アサヒは母親を見つけられなかったのだろう。明日も朝から捜索作業かと思うと気が重い。その気の重さが乗り移ったかのように、玄関のドアノブも重たい。


 重たいドアノブを開けると、アサヒはエプロン代わりのメイド服を着て料理をしていた。店の衣装なのに醤油がはねていた。クリーニングで落ちるだろうか。俺の買い取りになりそうだ。


 アサヒの手には俺の大好きな銀色の缶。俺は発泡酒で我慢しているのに、アサヒだけちゃんとしたビールを飲んでやがる。羨ましい。いや、羨ましいではない。アサヒは未成年ではないか。アサヒに近づいて、手からビールをもぎ取る。


「お……思ったより早かったね。遅くなるっていうから深夜になると思ってたんだ」


「遅くなるの感覚が遅すぎるだろ。呑気にこんな時間から煮物なんか作りやがって。そんな事より、お前、酒飲んでたのか? あと数年じゃねえか。我慢しろよ」


 よく見ると、キッチンには握りつぶされた空き缶が置いてある。これは二本目のようだ。ほろ酔いのアサヒは顔を赤くして答える。


「いいじゃんか。普段もお母さんがいない時にこっそり飲んでるし。コマだって散々悪い事してるんだし、お前が言うな状態だよ」


「あのなぁ……俺は犯罪はしてないんだよ。グレーゾーンを見極めてるの。これは真っ黒だろ? だからダメなの」


 アサヒの目を見て訴えかける。別にこいつとは一週間もすればサヨナラなのだ。こんな腐心してこいつを説得する義理もないはずだ。


 なのに、勝手に言葉が出てきてしまう。自分のようになって欲しくないのかもしれない。同じレールに乗りかけているアサヒを、真っ当なレールに乗せ換えてやりたい。高々二日か三日くらいの付き合いなのに、そんなことを思うなんて俺も年を取ったみたいだ。


「大学生だって未成年の時から普通に飲んでるでしょ。だからいいじゃん。あ、コマって大学行ってないからそういうの知らないか。ごめんね。大体コマは私の親でもないんだし、ちょっと居候させてくれてるだけじゃんか。私がどうなってもいいんじゃないの」


 アサヒは煮物を作っていたらしい。煮詰まって焦げているのか少し臭い。だが、二人とも険悪な空気で向き合ったまま動こうとしない。さながら居合の達人同士の戦いだ。


「煮物、焦げるぞ」


「私だけじゃなくて煮物の心配までするんだ。優しいんだね」


 ぶっきらぼうに言いながらアサヒが火を止める。


「俺は別にお前の保護者じゃねえよ。それでも会っちまったんだから、仕方ないだろ。会っちまった以上、俺は俺が思うようにしたいんだよ。つまりだな……俺みたいになって欲しくないし、真っ当に生きて欲しいんだ。このままじゃ将来どうなるよ。中卒で働くあてもなくて風俗嬢でもやるのか? 年食ったらどうすんだ。結婚相手でも見つけるのか?」


「説教は聞きたくないんだけど。ウザイ」


 中学で理科の授業を受けた時の事を思い出す。人間の体の動かし方は脳みそで考えてから命令を出すパターンと、脊髄が反射的に命令を出すパターンがあるらしい。


 気づくと俺の手がアサヒの頬を叩いていた。それがどっちのパターンだったのかは分からない。脳みそでじっくり考えて命令を出したのか、脊髄が反射的に叩けと命じたのか。俺の脳みそなんて大して考えてないからどっちも似たようなものかもしれないが。


 アサヒは頬に手を当ててうずくまる。やってしまった。もう終わりだろう。いくらなんでも手を出すのはやりすぎた。アサヒは赤の他人の女子高生なのだ。肉親でも躊躇するはずの事なのに。


「す……すまん」


 アサヒはキッと俺を睨むと、そのままトイレに走りこんで、中からカギをかけた。走りこむ拍子に俺がコンビニで買った袋に足が当たっていた。中を見るとケーキはぐちゃぐちゃになっていた。


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