第12話 2日目①

 二日目早朝。床で寝ていたので体が重たい。我が物顔でベッドを占領しているアサヒを叩き起こして顔を洗わせた。なんだか俺が親みたいになってきているが、時間とアサヒの母親は待ってくれないのだ。


 夜の仕事が終わって帰るとしたら明け方のこの時間だろう。家で適当に食べるためにコンビニでヨーグルトなんかも買うかもしれない。この時間帯を狙い撃ちして手掛かりを掴むのだ。


 次の日が来た事をゆっくりと知らせるように、外は薄っすらと明るい。街にはほとんど人がいない。オールで飲んでいた奴。途中で酔いつぶれてそのまま路上で寝込んだ奴。そもそも家がないのでその辺で寝転んでいる奴。体はまだ朝と認識していないので誰も起きる気配はない。


 この辺りは治安は悪いが、金も無さそうなこいつらを狙う奴もいない。脈絡もなく命を奪うようなシリアルキラーがいなくて本当に良かったと思う。そういう奴にとっては入れ食い状態だろう。


 歩いているのは、オールで飲んでいたであろう若者や、そんな若者からさらにむしり取ろうと狙うキャッチ。こんな時間にもう一軒、となるやつがいるのかと信じられない気持ちになる。


「あんまり人いないね。手分けしようか」


「そうだな。散歩がてら一時間くらい歩くか」


 アサヒはまだ体が起きていないようで、テンションが低い。ずっとこのくらいだと俺もやりやすいのだが。


「アイスクリーム屋は十時開店だったよね? まだまだ時間あるなぁ」


「アイスが食べたいのか、お袋さんに会いたいのか、どっちなんだよ……」


「両方だよ。どっちかしか取れないならお母さんかな」


 模範解答をすると、アサヒはふらふらと一人で路地に入っていった。人気はないが、明るいしアサヒに悪さをするような奴もいないだろう。最悪の場合、俺か大山さんの名前を出せばほとんどの奴は引き下がると教えておいた。




 当然のようにアサヒの母親の情報は掴めなかった。この時間のコンビニを利用する事が多そうなので、あちこちの店員に聞いてみたが、それも空振り。


 失踪する前は茶髪だったらしく、似た人は何人か見た。話しかけてみたが、顔を見ればすぐに別人と分かった。アサヒの母親は年の割に若風で綺麗なのだ。アサヒは可愛い系なので、系統は違えど遺伝はしているのだろう。


 同じく収穫は無さそうなアサヒと合流する。


「どうだ?」


「ダメだね。やっぱこの街じゃないのかなぁ。一人くらい見たことあるって人がいても良さそうなのにさ」


「そこが明確じゃないのはキツイよなぁ。お袋さん、この辺に知り合いとかいるのか?」


「分かんないよ。あー。おなか減った」


「朝飯食うか」


「うん! 食べる!」


 散歩でアサヒは完全に覚醒したようだ。ふにゃふにゃだった顔もシャキッとしている。これからまた一日このテンションに付き合うのかと思うと憂鬱だ。


 いや、一日中ではない。俺も別の仕事が入っていたのだった。アサヒにかまけていてすっかり忘れていた。


「アサヒ、俺さ別の仕事が入ってんだわ。午後からは一人で探してくれな。アイスも一人で二つ食ってくれ」


「えぇ!? そうなの!? アイスがたくさん食べられるのは嬉しいけど、ちょっと寂しいなぁ」


 甘えるような顔で俺の方を見てくる。俺はお前の保護者ではない、金だけは不自由させないから好きにしてろ、なんて事を言いたくなるが、またモテないだのと言いだしてむくれる気がしたので大人しくなだめる方向にした。


「仕方ないだろ。大山さんの仕事だからすっぽかせねえんだよ。分かってくれよ」


「これもそうじゃんかぁ」


「そうだけど、そういうことじゃねえんだよ」


「ま、駄々こねたところでお母さんが見つかる訳じゃないしね。とりあえずご飯だよ、ご飯!」


 先の事よりも目先の飯優先らしい。アサヒは吸い込まれるように二十四時間営業のハンバーガーチェーンに歩いていく。悪くないチョイスだと思った。早起きして歩き回っていたのでガッツリ食べられそうだ。





 金を渡してアサヒと別れて仕事場に向かう。今日はタフな日になる。夜まで立ちっぱなしなのだ。向かったのはティースタンド『好好茶房』。例によって俺が名付けた、大山さんが経営する店だ。タピオカ屋は初期投資も少なくて済むのでシノギには絶好の店らしい。今日はバイトが入れなくなったので代わりに俺が店に出る事になっていたのだ。


 似非中国人のようなチャイナ服に着替えてハンチング帽を被る。絶対にこの組み合わせは間違っていると何度も主張したのだが、大山さんに押し切られる形でこれが制服となった。客からすれば制服なんてよっぽど奇抜じゃないと気にしないようなので、何でも良かったみたいだが。


 開店すると、早速若い女の子たちがタピオカドリンクを求めてやってきた。心を無にして注文を受ける。若い子は割り勘をせずに個別会計にしたがるので面倒だ。そんなに高いものでもないのだから、まとめて会計をしてくれといつも思う。


 集団で来られて個別会計なんてされた日にはそのままぶちぎれたくなる。だが、ヤクザがやっているなんて評判が立ったら事なので、今日も営業スマイルで乗り切る。


 そして、どいつもこいつもタピオカを増量する。原価はミルクティーよりもタピオカの方が安いので、タピオカを増やせば増やすほど利益が出る。タピオカを入れないのが一番原価率が高いのだ。以前、バイトの女の子にそんな話をしたら「そういう事ではない」と一蹴された。若いやつの感覚は分からん。


「ウーロン茶のタピオカミルクティーで。氷は少な目で甘さはマックス。あ、やっぱタピオカも増量でお願いします」


 流れ作業でやっていたのだが、聞き覚えのある声に意識が引き戻される。


「おい、アサヒ。なんでここに来たんだよ」


「ぎょえ!? コマ!? なんでここにいるの!?」


 アサヒもかなり驚いた顔をしている。俺に会うために来た訳ではないらしい。この店を教えていなかったのだから当然と言えば当然か。「自意識過剰だ」と自分で突っ込んで自分で恥ずかしくなっている。


「仕事って言っただろ」


「タピオカ売るのが仕事って……ウケるね」


「馬鹿。こっちはまじめにやってんだよ。それでオーダーは?」


「もう言ったじゃんか。すぐに忘れるんだね。後、私、お客ね」


「ご……ご注文をもう一度おっしゃっていただけますか?」


「タピオカウーロンミルクティー氷少な目甘さマックスタピオカ増量」


 アサヒは意地悪をしたいのか物凄い早口でまくし立ててきた。ここにいる間は心を無にして過ごしたいのに、なんでこんなにかき乱してくるんだ。


「分かったよ。金を置いて向こうに並んでろ」


「聞き取れたの!? すごいね! ていうか、お客にその態度はどうなの? 私、お客様なんだけど」


 金銭的なやり取りがあることをいいことにかなり上から目線だ。とはいえ、周りの目もあるので怒鳴りつけることもできない。アサヒは唇を尖らせながら金を置いてくる。俺の金なのに、なぜそんなにふてぶてしく置けるのかと言いたいが、これもこらえて営業スマイルを作る。


「こちら、お釣りです! こちらのレシートを持って横の列にお並びください!」


 アサヒはお釣りを受け取ると、楽しめたとばかりにニヤリと笑って待機列に並びに行った。早くあの台風が去ってくれと願うばかりだ。


 裏で女の子が商品を用意してくれたので、アサヒに手渡す。


「ほらよ。それ飲んだらまた捜索頑張れよ」


「この時間、暑いんだよね。コマの部屋で涼んでていい?」


「いいぞ。俺は帰るのが遅くなるから、夕方の捜索も一人でやってくれな」


「はーい。じゃあね。夕飯作って待ってるからね!」


 アサヒの事なので変なクレームをつけてくるかと思ったが、素直に商品を受け取る。一口飲んだ後、ニッコリと笑うアサヒはここに来る他の女子高生と何ら変わりはなかった。それでも、その女子高生達とアサヒの境遇の違いを思うと、なんだか無性に引き止めたくなってしまう。


 だが引き止めるほどの甲斐性もなく、そのままアサヒは一人で俺の家の方に向かってい歩いて行った。


 アサヒが去った後も、なぜか今日は心を無にして働くことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る