第10話 1日目⑥
住所も分からない『アモーレローズマリー』という店を探すのは容易ではないので、聞き込みから始めることにした。そもそもこの街にあるのかどうかも分からないのだから、本当に暗闇の中を彷徨っている感じだ。
アサヒの持っていた写真を使って、この街のコンビニでそれっぽい人を見ていないか聞いて回る。俺もこの街では少しは顔が利くので、人探しの聞き込み自体を不審がられる事はなかった。大方、大山さんの仕事の手伝いで借金を抱えて逃げたやつを探してるのだろう、という反応だった。
アサヒとは手分けして別行動をしているが、早々に母親が見つかる訳はないので、長い戦いになりそうだ。何より、昼間に行動するにはこの時期は暑すぎる。コンクリートが照り返す熱で、排水溝や地面から糞尿や吐瀉物が気化して悪臭が立ち上る。
心が折れかけてきたので携帯を開くと、アサヒも同じことを考えていたらしい。
『コマ、暑い』
『アイス食べたい』
『夕方に出直そう』
アイスクリーム屋の写真が送られてきていた。十分前だ。小遣い程度の金は渡しているのだが、アサヒが一人でアイスクリームを食っていると思うと無性に俺も食べたくなってきた。写真を見ればどのビルに入っているかすぐに分かったので、アイスクリーム屋に向かう。
アイスクリーム屋の中でアサヒは座ってアイスクリームを美味しそうに食べていた。お古のワンピースに新品のスニーカー。若い女の子がこの店に座っていても違和感はない。今が平日の昼過ぎでなければ、だが。
「おい。なんで俺だけが炎天下で駆けずり回ってんだよ。おかしいだろ」
「コマは大山さんに私の面倒を見ろって言われたんだよね? じゃあ私のお母さんを見つけられるように最善をつくすのがコマの仕事じゃないの?」
「そうだけどよぉ。アサヒがここで休憩してるのは違うだろって言ってんだよ」
「私は高校生だから、勉強をすることが仕事なんだよ。それに夕方から本気出すってコマが言ってたんじゃん」
勉強もせずにアイスクリーム屋でダラダラしているだけではないか。もう少しキツめに言おうかと思い始めた矢先、口の中に冷たいものが突っ込まれて頭が冷えてきた。それに、甘さを感じる。体温を奪いながら、ゆっくりと溶けていくアイスクリームの匂いはかなりフルーティだ。マンゴー、パイナップル、キウイ、ピーチ、パパイヤ。色々な果物が脳裏をよぎっては鼻腔から匂いが抜けていく。
俺はバニラが好きなのだが、アサヒは独特な色合いのアイスを選んでいた。匂いは夏にぴったりなのに、見た目が最悪だ。紫に水色。そこにトッピングの赤色が差し込まれている。おおよそ美味い食い物の色ではない。
「よくこんな色の物が食えるな。毒だろ」
「見た目じゃなくて、味が大事なんだよ。それに、見た目も可愛いじゃん」
若い奴のセンスは分からん。いつの間にか世の中の文化は移り変わっていたようだ。そもそも、俺がずっと文化に触れてこなかっただけかもしれないが。知っているのは、この街の事と、流行りの品薄で売れそうな物くらいだ。アイスクリームなんて売れないので興味もなかった。
それでも、大量の汗をかいた上に中途半端に口にしたので、体がアイスクリームを求め始めた。
ショーケース兼冷凍庫の前に並ぶと、客席からアサヒがニヤニヤしながら俺の方を見てくる。強面のおっさんでもアイスクリームを買ってもいいじゃないか、と心で唱えながらアサヒを睨みつけるが、意に介さず飄々とした顔で携帯をいじり始めた。
アサヒが食べていたフルーティなやつはどれだろう、とショーケースを見渡す。色が独特なのですぐに見つかった。『ラブラブフルーティソルベ』というらしい。口に出すには恥ずかしい響きだ。
しばらく待つと俺の順番が回ってきた。店員は四十くらいのおっさん。正社員で働いているのだろうか。本部で何かやらかして飛ばされでもしたのかもしれない。平日の昼間に若い子にアイスを売るおっさん。俺の目指す道はこれではない事は分かる。
「バニラと……この紫のやつで」
「かしこまりました。バニラと、こちらのラブラブフルーティソルベでよろしいですか?」
おっさんは慣れたもので、恥ずかしげもなく商品名を読み上げる。そんなおっさんを見ていると、恥ずかしがっていた自分が恥ずかしく思えてきて、黙って頷くことしか出来なかった。
アイスの盛りつけられたカップを持ってテーブルに戻る。アサヒは俺のカップを見て目を丸くした。
「えぇ……さっきあんだけディスってたじゃん。しかも二種類って、贅沢してるね」
プラス二百円で二種類を選べたので、ラブラブフルーティソルベを追加したのだ。
「別にいいだろ。美味いもんを食って何が悪いんだ」
「魅力に気づいちゃったかね。美味しいよね、ラブラブフルーティソルベ! 期間限定なんだよ!」
その名前を聞きたくないので、アサヒの言葉を無視してアイスクリームをかきこむ。バニラは当然のようにうまい。何も足さない、何も引かない。シンプルイズベスト。
続いて、ラブラブフルーティソルベ。夏らしい、華やかな香りがする。見た目に反して、黄色やオレンジ色が似合いそうな味なので脳みそがバグを起こしそうだ。それでも、美味いものは美味い。
アサヒは一つでは足りなかったようで、俺のカップにスプーンを差し込んでくる。
「おい。アサヒはもう食べただろ」
「いいじゃんかぁ。バニラ、美味しいね。スーパーで食べられるからこういうとこじゃ頼まないんだけど、やっぱ違うねぇ」
「そうだろ? 服と同じだよ。見た目は地味でも、質がいいんだ」
「私は質より量だなぁ」
「年をとったら分かるよ。そんなこと言えるのも今だけだぞ」
「じゃ、今はたくさん食べないとだね! もっと頂戴!」
アサヒはうまいこと話をまとめると、俺のアイスを半分以上勝手に平らげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます