第2話 0日目②
タバコをもう一本吸って満足した俺は店に戻ることにした。デブが乗ってきたら二人も乗れないであろう狭いエレベータで六階に向かう。この店は『制服女子学院上等部』。その名の通り、上等な女の子を取り揃えた店だ。名前は俺がつけた。大山さんはバカみたいに笑っていたが、かなり繁盛しているのだからもう少し感謝してくれても良いだろう。
「コマ、おつ。さっきの制服の子、リアル高校生だよね? ヤバくない? 体験?」
赤縁眼鏡に黒髪のボブカットと一見するとただの地味な女子、受付の松本(まつもと)が話しかけてきた。昼間は大学院生をしていて弁護士を目指しているらしい。老婆心で「将来、法律に携わるやつがこんなグレーなところで働くな」と言ったことがあるのだが、社会見学だと一笑に付された。見た目に反して中身は肝が据わっている。
飲食店や塾でアルバイトをするよりも給料がいいので、生活費を稼ぎながら勉強に割く時間を最大化できる、みたいな頭の良い事を言っていたので、やっぱり大学に行くような人は違うと思わされた。
プライドはあるみたいで、女だが嬢は絶対にやらないらしい。眼鏡を取れば上玉なので大山さんが一度、嬢をやらないかと誘ってみたらしいが、かなりキツめの反撃を食らったようだ。それから大山さんと対等くらいの物の言い方をするようになった。生意気だが、何故か許せてしまう。不思議な魅力があるやつだと思う。
「バカ。高校生を体験で働かせたなんて知られたら捕まるだろうがよ。話しかけられたんだよ。困ってる風だったから放っておけなくてな」
「本当に、見た目によらず困ってる人に優しいよね。コマってさ。あ、今のはコマと困ってるをかけたわけじゃないからね」
俺はコマと呼ばれている。名字が駒田(こまだ)だからなのだが、大山さんの手駒のようにも聞こえるので気に入っている。その名の通り、俺はコマみたいなもんだ。
「うるせぇな。あいつはバックヤードにいんのか?」
「うん。着替え、適当に渡しといたよ」
「分かってんな。ありがとよ」
松本の横を通り過ぎてバックヤードに向かう。
「家に連れて帰ったら未成年者誘拐の疑いで逮捕だからね」
専門家のアドバイスを背後から受けつつ、バックヤードの扉を開く。
そこには、着替え中で下着姿のハムスターがいた。もう発達は十分すぎるほどに終わっているようで、たわわに実った胸が収穫を待ち望んでいるかのように突き出ている。腹筋の割れ目が肌に浮き出るほど鍛えられていた。高校では運動部なのだろうか。
「ひっ! 変態!」
「す、すまん!」
扉を開けたまま反対を向く。何も飛んでこなかったのだが、漫画だったら目覚まし時計やらロッカーやらが飛んできていた事だろう。ハムスターが意外と冷静だったので助かった。
背後からはイソイソと着替えようとするあまり、転げそうになってロッカーに手をついた拍子に出た音や、素っ頓狂な声が聞こえる。一分くらいで着替え終わったらしい。
「ど……どうぞ。着替え終わりました」
振り向くと、メイド服を着たハムスターが立っていた。体が締まっているのに出るところは出ていて、とても似合っているのが余計に悔しい。
松本の悪ふざけだろう。しかも店の備品なのに勝手に使いやがった。クリーニングに出すのはおれの仕事なのに、余計な仕事を増やされてしまった。
「お、お前……断れよ。どう見てもメイド服だろうが」
「お前じゃないですよ。アサヒって言います。さっきはすみませんでした。あまり好きじゃないんです。邪魔って言われるの」
あれは好きじゃないとかそういうレベルの反応ではなかった。心に深く根付いたトラウマ。ドス黒く、長年かけて蓄積された、心の中にできた鉱石だ。地球上に露出すれば宝石だといって持て囃される事もあるが、これは見えない分たちが悪い。ただの無価値な石ころだ。
ハムスターはアサヒという名前らしい。いや、名字だろうか。どっちとも取れるので紛らわしい。
「アサヒって下の名前か? 名字か?」
「どっちでもいいじゃないですか。それって大事ですか? あ、コマって名前と名字どっちですか? 駒太郎かな。それとも駒三郎?」
「人の名前をバカにすんじゃねぇよ。気に入ってんだ」
生意気なガキだ。そんな屁理屈を言われてもびくともしない。こんな事でいちいち切れていたら、こんな業界でやっていけない。バックレ、揉め事、逆恨み。なんでもありなのだから。
「それで、アサヒ。お母さんを探してるって言ってたよな。この辺で働いてんのか?」
アサヒは首を横に振る。アサヒが首を振る度にメイド服とセットになっていた猫耳カチューシャが少しずつズレていくのが気になる。アサヒも違和感を覚えたのか、すぐに猫耳カチューシャを取った。
「お母さんは先週、行き先も言わずに急にいなくなったんです。家の中を探したら、お店の名前が書かれた名刺が置いてあって、毎日朝帰りだったのでもしかしたらって思ったんですよ」
親が夜の仕事をしている事に勘付いて、この辺で一番大きな歓楽街に手がかりを求めてやってきた、という事か。それにしても『アモーレローズマリー』なんて店は聞いたことがない。
「源氏名はなんて書いてあったんだ?」
「えぇと……源氏名って何ですか?」
「あぁ。偽名みたいなもんだよ」
女子高生なので、こういう世界に疎い事を忘れていた。無料案内所なんて、無料で街案内をしてくれる場所だと思っていた若い頃の自分を思い出す。
「あー……確か……琴? 琴でした!」
「『アモーレローズマリー』の琴、ね。やっぱ知らねぇわ。大山さんって俺のボスがこの辺に詳しいんだ。明日、聞いて見るから、それまで待っててくれよ」
「待っててくれって……ここでずっと待ってなきゃいけないんですか? メイド服で?」
お世辞にも綺麗とは言えない場所だ。タバコと女物の安っぽい香水の匂いが混ざって、この匂いが体に染み付くのも嫌だろう。
「仕方ないだろ。家に連れて帰ったら未成年者誘拐のなんたらで捕まるんだよ」
理由はそれだけではない。俺の部屋はアニメグッズで溢れている。一番見られたくないのは『ナースポリス大麦ちゃん』のコスプレ衣装。もちろん、女の子向けなので自分で着るわけではない。収集癖の一環として購入し、あわよくば彼女ができたら着てもらおうと思って買ったのだが、ずっとマネキンが着ている。
「それって子供が家に帰ってこないって親が通報するからバレるんですよね? 言ったじゃないですか、私の親、いなくなってるんですよ」
「それなら、尚更うちなんかに来てる場合じゃないだろ? 警察にでも行けよ」
「警察はダメです。色々あって……そのぉ……目をつけられてるので」
「ならもっと一緒に居たくねぇよ! 訳ありすぎるだろ!」
アサヒは目を見開いたかと思うと、すぐに下を向いて肩を震わせ始めた。目からは大粒の涙が流れ落ちている。
「私の下着姿を見たくせに! メイド服を着せていやらしい目で見てきた! 泊めてくれないなら通報するから!」
アサヒは携帯を取り出す。本当に電話をかけようとしているみたいだ。自分も警察に行きたくないと言ってた癖に支離滅裂だ。一緒に居たくない、も彼女にとってはスイッチになる言葉だったのだろうか。
「わ、わかったって! 今日だけだからな。明日からは他所にいけよ」
アサヒが顔を上げる。その名前に負けず、眩しい太陽のように笑う顔を見て、不覚にも照れてしまった自分がいる。感情の振れ幅が激しいやつだ。
「ありがとうございます。あ、ちなみに携帯は圏外でした。安心してくださいね」
アサヒは泣きの演技は得意なようだった。
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