第63話 「旅の続きに。キスを」まだまだあきらめないパンダの詩㉓
「旅は、続けるしかない」
『旅人よ どの街で死ぬか。』伊集院 静
★★★
「旅の続きに。キスを」
この人と話すときは、なぜかいつも、月もない夜。
今宵も、しずかにアイリッシュウィスキーをかたむけながら、ぼそぼそという。
『遊びじゃないんだよ。遊びにできないんだ。だから始末が悪い』
ほんとうね、と私は彼の薬指に光る指輪を見ながら思う。
このひとは、いつだって始末が悪い恋ばかりをしている。
せっかく二度の離婚を経て、幸せをつかんだのに。
ようやく小さな息子を授かったばかりなのに。
またむだな、恋に落ちている。
それも十五も年下の女と。
『助言でもくれよ』
彼は笑って言う。私は答える。
『役に立つ助言なんて、欲しくもないんでしょう』
『なんだっていいんだ。きみの言葉なら始末が付けられるかもしれない』
あのね、と私は笑った。
『恋はキャンプみたいなものなのよ。お家に帰るから、キャンプなのよ。キャンプ場に住んだらあなたは町に逃げ出す。町に住んだらキャンプ場に。
そういうものなのよ』
『おれが、バカなんだろうな』
アイリッシュのグラスは、空になりかけている。私は彼の目をじっと見た。
『ねえ。助言ばかりするなんてーー私、いやだわ』
こつん、とグラスが落ちる。私たちの目は、一瞬だけきらめいて交差する。
私は笑った。
『こっちのフラチな話は、聞いてくれないの?』
『聞かない。俺の親友に手を出す男は、ぶっ殺してやる』
『私の親友の家庭を壊す小娘なんて、ただじゃおかない』
やがて。彼は息を吐く。
『始末をつけるよ』
『いやだ。つまらない男に成り下がるのね』
『親友に、捨てられたくない』
私たちはバーを出る。一度だけ、キスをする。
『俺の親友に手を出す男は、ぶち殺してやる』
私は笑う。
今宵は
月もない。
★★★
月のない夜は、秘密を秘密のままにしてくれます。
今宵も星が冷えます。
みなさま、温かくしてお過ごしください。
あすもまた、パンダのバーでお会いしましょう。
おやすみなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます