第58話 「男の鎖骨は、どうしてこんなにエロイのか、問題」パンダ、詩人志望です㉒

「今夜もテンプルバーへ」

『旅人よ どの街で死ぬか。』伊集院 静




『きみの鎖骨は、テンプルバーを乗せている』


バーへ行く。カウンターで座っているのは、見慣れた背中。

首から肩のライン、肩から腕につながる陰影。

きみの右肩がいつも少し上がっているのは。

高校生の頃に鎖骨を折って

少し歪んだまま、ついたからだ。


『知ってるか、鎖骨ってつながるまで放っておくしかないんだぜ。添え木もギプスもねえんだって』


きみは笑ってそういった。

私も笑った。

笑いの裏は、申しわけなさでいっぱい。


きみが鎖骨を折ったのは、私を守ろうとしたせいだから。

そこに

愛情はなかった。

まだ。

友情と、かすかな欲情だけがあった。


きみの肩の高さが、左右違うことに気づいたとき

はじまった。

このバーにいたる道が

あの日、夕暮れの長い影の中にひそんでいた。


あいしている。

なんて、いわないけどね。

最初の一杯は、おごるわ。


今夜もテンプルバーで。



★★★

「ダブリンのテンプルバーは、観光客であふれてる。しかし一度は、いっておくべき場所だな」

マティーニを飲んでから、きみはいう。私はきみの指を眺め、ふうん、と返事をした。

「珍しいことをいうのね。観光客がいるところなんて、大きらいじゃないの」

きみは肩をすくめる。右の肩が、一瞬おくれてあがった。


「テンプルバーは別なんだ。これまであそこで飲んだ、何万人もの男どものため息が床で化石になって層をなしている。

そいつを踏みながら、あたらしいギネスをオーダーするのが好きなんだ」


私はきみの指を見る。ごつごつした指が私の口元でオリーブを揺らす。


「食うか?」


私はじっときみの目を見る。ほんのすこし、茶色く見える虹彩。

口をひらく。

ふるえていたかもしれない。


「食べたいのは、オリーブなんかじゃない。と思うけどな」


きみの指が止まる。

オリーブが。

とまる。


「食わせたいのは、オリーブじゃない。と。この骨を折った時から、そう言っているだろう」


そうだったかな。

そうだったかも。

ともあれ。


今夜もテンプルバーで。



★★★

久しぶりにこうゆうものを書くと。

背筋が、しゃっきりするね(笑)!

パンダ、調子に乗ってきましたよ!


またあす。

この場所でお会いしましょう。

おやすみなさい。

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