第37話 「グラスに溜まる 深紅の疑問形」パンダ・いよいよ詩人宣言⑨


『あの人に会いに 穂村弘対談集』穂村弘より


「多くの人は「これではいけない」となぜか思ってしまっているんだけど、そういう心理的なハードルが突然消えるポイントがある。」穂村弘



★★★

「グラスに溜まる、深紅の疑問形」


カレとどうなの? とたずねるとき、

私はいつも、微妙な間を置く。

聞いてもいいか、わからないから。


彼女はほんの少しだけタバコを持ち上げて、笑う。

『元気よ。今日はワシントンにいるの。FaceTimeで話したばかりよ』

ほっとする。

でも。彼女のあごは硬いラインを描いている。


彼は、この世で一番、彼女を大切にしている。

思っている。

あいしている。

それはわかるのだけれど。


だったらなぜ、この10年間、一度も離婚しようとしないの、と。

私は聞きたい。


そんな男に

あなたの10年を預けて、本当に幸せだったの、と。


聞けない言葉がたまっていく。

しんゆうだ。

だからこそ。

きけない。


華奢なグラスの底に 深紅の疑問形がたまってゆく

キールロワイヤルの夜。

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