01 ファースト・コンタクト

「お兄ちゃん、話があるの」

「どうした、急に」


ある日の朝食中突然飛び出した、その言葉。

いつになく真剣な妹の顔に、俺は唾を飲み込む。

フォークを持つ手は震え、心臓の鼓動が早くなる。


「実は……」

そこまで言って、彼女は言葉を止める。そして数秒間勿体つけてから――再び口を開いた。


「彼氏、できちゃった」


その言葉を聞いた瞬間、俺は金槌で頭を殴りつけられたような衝撃に襲われた。

両親を事故で失ってからと言うものの、蝶よ花よと思ってきた妹が――


「そうか……そうか……」

俺は虚空を見つめ、うわごとのように繰り返していた。

「ちょ、ちょっと!?何も泣くことないでしょう!?」

いつの間にやら、俺は涙を流していたらしい。妹が慌ててティッシュの箱を差し出す。

俺はそれを受け取ると、勢いよく鼻をかみ、彼女を見つめた。

そして聞く。「どんな奴なんだ?」と。


思えば、この日が俺の運命の始まりだった。

もっと早く、奴の異常性に気が付いてさえいれば。

妹にできたという彼氏、




サワムラ・タクトという男の異常性に――





「ぐ、うぅ……」


うめき声を漏らしながら、目を覚ます。痛む身体を押して上体を無理やり起こすと、辺りを見回した。状況確認をしたかったがためだ。

視界いっぱいに、草木が映る。どうやら、ここはどこかの森か山の中らしい。

しかし、俺はふと違和感を覚える。

その訳が、自身の身体の下にある落ち葉だ。

綺麗に積み上げられたそれは、偶然では説明できないほどの不自然さを感じた。

これには、明らかに人の手が加えられている。

なら、これを作った誰かがまだ近くにいるという事――俺は立ち上がると、さらに周りを見渡して警戒した。

そしてそのわずか数秒後、草をかき分ける音が聞こえてきた。

草の揺れは次第に大きくなり、何者かがここへと近づきつつあることを示していた。


「誰だ!」叫ぶ。

その言葉と同時に、その人物は姿を現した。


「お、起きたか少年」

穏やかな口調で言い放つ男。歳は50代前後、と言ったところか。

その口ぶりからすると、俺をここへ寝かせたのは彼なのだろう。

しかし、油断するわけにはいかない。

無害そうなふりをし、安心させてから裏切る。そんな人間を、俺はよく知っている。

剣を取り出し、構えようとしたが――ここで、俺は気づく。


「何っ……!?」

剣が無いということに。

狼狽を隠せぬ俺に、男は言った。


「探し物はこいつかい?」と。

見せびらかすように取り出されたのは、2対の剣。紛れもなく、俺の剣だ。


「それを返せっ!」

間髪入れず、俺は奴に殴り掛かった。奴がどういう存在かはどうでもいい。

俺の邪魔をするというのなら、全て等しく俺の敵だ。


「おおっと、元気じゃねぇか」

しかしその拳は、難なく受け止められてしまった。

力は強く、押しても引いてもびくともしない。

ぐぐ、と歯を食いしばり、ただ睨むばかりとなってしまった俺。

暫しの膠着が続いたのち、男が急に手を離した。

込めていた力が一気に解き放たれ、前へとよろけてしまう。

そんな俺を見て、がははと笑う男。何なんだコイツは。


「貴様……!」

「はは、悪い悪い。お前さんみたいなのはついからかいたくなっちまってな、ほれ」

「!」

そう言って、男は俺の剣を差し出した。半ば奪うようにそれを受け取ると、半歩下がって距離を離す。


「随分トゲトゲしてんじゃないの、若いねぇ」

そんな俺の様子に、軽口で返す男。

「……何者だ」

警戒を解かぬまま、聞く。


「ん、俺かい?俺はダイル。またの名を――」



「『炎』の騎士、ヴォルガだ」

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