05 誕生、竜の戦士
「ギッ!」
「ギギ!」
僕が剣を手にしたと同時に、怪物たちは次々と部屋へなだれ込んできた。
もはや逃げ道は無い……構え、奴らを見据える。
きっと、人々を元に戻す術はあるはずだ――僕は最後の望みをこの剣に託す。
「な、何だ!?」
そう思った時、身体が勝手に動いた。
円盤状に刃が取り付けられた部位の片側にあるレバー部に手が伸びる。
困惑する僕をよそに、僕の手はレバーを三度引くと剣を天高く突き上げ、グリップ部に備えられたトリガーを押した。
そうすると猛烈な吹雪が巻き起こり、僕の全身をドーム状の氷が覆った。
怪物たちが一斉にそれへへばりつくも、びくともしない。
その中で、僕は体が変化してゆくのを感じた。
そしてその感覚もつかの間。僕の身体がまた、ひとりでに動いた。
氷を縦一線に砕き斬り、怪物たちを吹き飛ばす。
(これが……僕?)
凍り付いた壁面に、変わり果てた自分の姿が映る。
全身の筋肉が肥大化し、手足からは鋭い刃が生えている。
つり上がった目、口内に生えた牙、ごつごつとした鱗のような肌を持つそれはまるで――
(『
おとぎ話に出てくる生物のようだった。
変身能力――これが、この剣に秘められた力なのだろうか。
全身に沸き起こる力に、確信する。
この力があれば、皆を元に戻せる――そう考えた、その時だった。
(……え?)
その希望は、いともたやすく打ち砕かれた。
誰によって?それは紛れもなく――
(なん、で)
僕自身の手で。
瞳に映るのは、真っ二つに切り裂かれた怪物の姿。
「ゲゲ……ボッ、チャ……」
さっきまでユナさんだったあの怪物が、上半身と下半身に分かれたまま、僕の足元で手を伸ばしている。
状況が呑み込めない僕の意識を放ったまま、僕の身体はまた勝手に動き出した。
脚を上げ、怪物の頭上で止める、僕。
まさか。最悪の光景がよぎる。やめろ、やめるんだ。やめ――
「ゲギャ!」
言い終わる前に、その光景は現実のものとなってしまった。
脚を振り下ろした僕は、その勢いのまま怪物の頭を踏み砕き……殺した。
それを見ることもなく、僕の瞳は次の標的を見据えている。
「うわあぁぁぁぁぁっーー!」
僕は精神の中で膝をつき、叫ぶ。
だがそんな僕の嘆きとは関係なく、身体は勝手に動き出した。
群がる怪物たちを次々と切って捨て、確実にその命を奪ってゆく。
やめろ!やめろ!何度そう叫んでも、止まらない。
瞬く間に出来上がる屍の間を歩みながら、僕は階段を上る。
そして第二倉庫まで上がったその時。
天井から巨大な影が飛来、道を断ち塞ぐ。
それは、怪物たちが寄り集まってできた異形の姿。
4つ眼がぎょろぎょろと動き回り、僕を見つめている。
巨体に不釣り合いな6本の細い足で地を掴み、鎌を備えた無数の触手をうねらせている。
最早人の形すら失ったそれに茫然としていると――また、僕は動き出した。
飛んできた触手を避け、飛び上がる。
地面に突き刺さっているそれを足場にして駆け、一気に接近。防御のために四方八方から伸ばされた触手を全て斬り飛ばすと、飛び上がって頭上を取り口を開くと――
「ギャ……!」
猛烈な冷気を吐き出した。
短い断末魔とともに、巨体がみるみる凍ってゆく。
そして出来上がった氷の彫像へ向け、僕は剣を構えて落下。
振り下ろす刃で粉砕せしめた。
「そんな……嘘だ……」
いともたやすく命を奪ってゆく自分自身に、動揺を隠せない僕。
意識ははっきりしているというのに、一切の自由が利かない。
瞳を通して、ただ目の前の命が奪われる光景を見ることしかできなかった。
なんで、なんで?この剣は、最後の希望だったんじゃないの?
皆を救うために、父さんはこの剣を頼ったはず。
決して殺すことなんて考えもしなかったはずだ。
なのに僕は――今もまた、命を奪い去った。冷静に、無情に、残酷に。
「あぁっ……うぁ……」
もはや言葉を失い、泣きじゃくった。襲い来る哀しさが、吐き気を誘う。
しかし、そうなっているのは僕の精神だけ。身体は平気な顔で次の標的を求め、歩みを続けていた――
※
無人の――否、無人にした廊下に、死神の靴音が響き渡る。
「……」
僕は繰り返される無慈悲な殺戮にすっかり精神を摩耗し、ぐったりと黙り込んでいた。
これが悪夢であってほしいと何度も思えど――体を通して伝わってくる血の温度や、耳をつんざく断末魔が現実であることを突き付ける。
誰か、誰か。僕を止めてくれ――そう、すがるように念じる。すると――
僕の足が、ぴたりと止まった。祈りが通じたのだろうか――?
「……ぅ、あ」
否、そうではない。目の前に、新しい標的を見つけたためだ。
それを見つめ、声にならない声を漏らす。その相手こそ――
「とう、さん……かあ、さん」
父と母だった。姿こそ怪物になり果てているものの、残った衣服からは、それが確かに二人であったことが見て取れた。
しかし、今二人に出会ってしまうことがどういう結果を招くかは――簡単に想像がつく。
「ああ、あああ、やめろぉぉぉぉぉっ!」
殺戮の開始だ。
僕は二人へ駆け出し、腕の刃を肥大化させる。
地を蹴り、壁で更に跳ねて飛び込むと、横なぎにそれを振るった。
二人はそれをすんでのところで躱したが、攻撃の余波で空気が刃となって飛び、奥にあった柱を切り裂いた。
バランスを失って倒れる柱が、母さんへ迫る。
「シャッ!」
母さんは小さく叫ぶと、蹴りを繰り出し柱を粉砕。難を逃れるが――
「!」
その目線の先に、僕がいた。既に柱の影へ回り込んでいた僕は、それを陽動にして隙を誘ったのだ。
そして相手が理解するよりも先に、鋭い爪を振りかぶり――
「やめろーーーーっ!」
慟哭とともに、バラバラに切り裂いた。
物言わぬ肉片となった母さんが、辺り一面に転がってゆく。
「……!」
その光景を目の当たりにし、父さんは驚愕した様子でこちらを見つめている。
僕は叫ぶ。「逃げて!」と。
最早怪物だとか、どうだっていい。この手でこれ以上、人を――ましてや家族を殺したくない。その一心で、僕は叫んだ。
その声が届いたのかどうかはわからないが、父さんは一目散に駆け出した。
しかし、無情にも僕はそれを追う。
父さんは瓦礫を吹き飛ばして妨害しつつ、最終的には床へ穴をあけ、飛び降りていった。
なおも追おうとする僕だったが、横やりが入る。
あちこちの部屋のドアが一斉に開き、その中から数体の怪物が飛び出してきたのだ。
彼らは足へ、腕へとしがみつき、先に進ませまいとする。
僕にとってはもはやありがたくも思えたが、それは僕の心の中だけの話。
それを邪魔に感じた僕の身体は――それを排除することに決めていた。
身を震わせると、手足の刃を針のように伸ばし、しがみついていた人たちを床や天井へ吹き飛ばし、縫い付ける。
すぐに針を引っ込めた後、ぐるりと回転しながら冷気を吐き出し、辺り一帯を凍らせて身動きを封じると――
「ギ……!」
「ゲギャ!」
一人一人確実に砕き割り、絶命させた。
そうして邪魔者がいなくなったことを確認すると――僕もまた、遅れて飛び降りた。
※
着地し、辺りを見回す。そこは大広間だった。
しかし、誰の姿もない。先に降りた父さんは、逃げ出せたのだろうか?
そう思っていると――
「ジン……」
暗がりから、僕を呼ぶ声が聞こえた。その声に、僕は目を見開く。その声の主は――
「父さん……!」
なんと、人の姿に戻った父だった!
おぼつかない足取りで、こちらへ向かってきている。
まさか、自力で人の姿を取り戻せたのか――僕の心に、一筋の希望が宿る。
何故かなんて、どうでもいい。上手くいけば、父さんだけでも助けられるかもしれない。
「ジン……すまなかった……!私は、私は……」
僕に抱き着き、涙を流す父さん。僕はそれを抱きしめる――
「がっ……!?」
はずがなかった。その腹に重い拳をねじ込み、悶絶させる。
よろけ、しりもちをつく父さん。その目は、信じられないものを見る目だった。
「やめろっ、やめろ!あれは父さんだ!」
制止も聞かず、僕はひたすらに歩き続ける。
「や、やめるんだ、やめてくれ、ジン」
手を伸ばし、後ずさる父さん。そんな父さんを、僕は――
「ごぶっ……」
思いきり、蹴り飛ばした。地面を転がり、のたうつ父さん。
しかし僕は手を緩めず、何度も、何度も踏みつける。
そして動きも鈍くなってきた頃。僕は剣を振りかぶり――
「うわあぁぁぁぁぁーーーーっ!」
その胸に、勢いよく刃を突き立てた!
口からおびただしい量の血を吐き、全身を震わせる父さん。
「……え」
その姿を見た瞬間――ふいに、身体の感覚が戻った。
見ると、その手は鋭い爪の生えたものではなく、普通の人間の手へと戻っているではないか。
「父さん、父さんっ!」
剣を引き抜き、慌ててすがりつく僕。
「あ……う……」
それを聞き、父さんは血まみれの手を伸ばす。それが頬に触れた時、確信した。
間違いない、本当の父さんの手だ、と。
やっぱり、元に戻っていたんだ。
僕は手を取り、無意味な叫びを上げる。死なないで、と。
何度も、何度も叫んだ。喉が裂けようが、血を吐こうが、何度でも。
「ジン……気に病むな……お前が悪い……わけじゃない」
かすれた声で、父さんは言う。
「その剣は、悪しき者を許さぬと言ったはず……怪物になり果てたものを斬るのは、当然のこと、なのだ」
「でも、でも……」
「いいか……もう、時間がない、これだけは言っておく……」
父さんは僕の肩をしっかりとつかむと、目を見つめ、言う。
「強く……生き……ろ」
そして倒れ込みながら、頬を撫でたその時。
ぴきぴき、ぱりん――父さんの身体はたちまち傷口から凍り出し、床に叩きつけられて粉々に砕け散った。
僕はただ、叫んだ。もはや声にすらなっていないだろうけれど、とにかく叫んだ。
そして、次第に僕の意識は遠のいてゆく――
次に目覚めた時、再びあの姿となった僕は廃墟の中心にいた。
瓦礫の上に立ち、天を仰ぐ僕。空には、黒い雲が立ち込めていた。
そして、一筋の落雷が落ちると同時に――
「うあああああ……あああああああーーーっ!」
ただひたすらに、慟哭の叫びを上げた――
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