04 聖剣、抜いちゃいました。

「……なさい」

声がする。母の声だ。

「起きなさい、ジン」


「うん……?」

軽く声を漏らしながら、目を開く。見ると、夕日が差し込んでいた。

そうだ。買い物に行った後、疲れて眠ってしまったんだった。

首を振り、目をこする。体を伸ばし、改めて母のほうを見やる。

しかし、何かおかしい。その顔は、何故か緊張に満ちていたのだ。


「どうしたの、母さん」

状況が呑み込めず、尋ねる。

その質問に、母は言う。怪物が出た、と――


僕は思った。何かの冗談だと――でも、そうではないらしい。

見ると、父が武器を手にし、ドアの前に立っている。そしてその傍らには、息を切らし涙を流す使用人――ユナさんの姿。

これだけで、僕は理解した。これは冗談なんかじゃない、と。

急いで体を起こし、父の下へ駆け寄る。


「聞いた通りだ、ジン。外がどうなっているかまではわからん……だが、今はお前たちの安全が先決。今からここを飛び出し、まず出口を目指す」

その言葉に頷き、唾を飲む。

母さんとユナさん、そして僕。3人が背後に立ったことを確認すると、父さんはゆっくりとドアを開いた。

目の前に広がる廊下に、怪物の姿は無い――けれど奇妙な静けさが、逆に恐怖を煽り立てる。

僕らは周囲を警戒しつつ、外へ出た。目指すは1階、正面玄関だ――



大広間。僕らは音をたてぬよう、細心の注意を払って進んでいた。

このまままっすぐ進めば、正面玄関に辿り着く――が、


「おかしい……」父さんが呟いた。その訳はおそらく、僕が思っていることと同じ。


あまりにも、上手くいきすぎだ。

ここに来るまで、怪物の姿はおろか、人の姿すら見なかった。その上、血痕や家具の破損など、争った形跡も見られない。


「まさか!」

父さんが叫び、上を見る。その声に僕も天井を見上げると――


「ギギギ……」

怪物がいた!

触手を這わせて天井に張り付きながら、目をぎょろぎょろとさせてこちらを見つめている。

そう、僕らは誘い込まれていたのだ――!

玄関扉を背にし、降り立つ怪物。僕らは踵を返し、走る。


「こうなれば、窓から……」

廊下に差し掛かったところで、父さんが言った。そして窓を見つめたが――


「……!」

そこには、大量の怪物が両手を広げ、張り付いていた!

身に着けたままの衣服には、どれも見覚えがある。

屋敷の使用人に――近くにある村に住む人たち。

あまりのショックに、僕は言葉を失った。

なぜ?なぜこんなことに?なぜ皆が、こんな目に合わなくちゃいけないんだ?


「ジン!」

立ち尽くしていると、父さんの叫びが聞こえた。

その方向を見ると、怪物が飛び掛かってきていたのだ。

僕は横へ跳び、何とか躱す。父さんが僕の前に立ち、武器を構えて言った。


「地下の部屋へ行け!」


地下の部屋――先日僕が見つけた、あの部屋だ。

でも、なぜ?あの部屋は行き止まり――追い詰められる可能性のほうが高い。


「あの剣は悪しき者を許さぬ……きっと、解決の糸口になるはずだ!」


それを聞いて、思い出した。

あの剣に触れた泥棒が、氷漬けになって死んでしまったという話を。

この状況ではどのみち、脱出は不可能――ならば一筋の望みに賭ける。それが父さんの言いたいことだろう。

僕は母さんとユナさんの手を取り、走り出す。


「頼んだぞ、ジン!」

僕らめがけて伸ばされた触手を叩き切り、父さんが叫ぶ。

それを背に、僕はただ駆けた――!



「ハァッ、ハァッ……」


そして数十分走り続け、ついに第二倉庫へと辿り着いた僕たち。扉を閉め、ありったけの物をおいて扉を閉める。

母さんが扉を見張り、僕は奥の床にある蓋を捜し、手をかける。

が、焦りと恐怖からか――なかなか力が入らない。それを横で見ていたユナさんが手を貸してくれたおかげで、ようやく開けられた。

後は階段を降り、剣を手にするだけ――そう思っていた時だった。


「!」

部屋の戸を叩く音が聞こえた。荒々しい音ではなく、ノックのような静かな音が2回。

僕らは後ろを向き、しばし硬直する。

そして我に返り、進もうとしたとき――


「私だ……開けてくれ」

父さんの声が、聞こえた。その声は息こそ上がっているものの、落ち着いている。

どうやら、上手く撒けたようだ。僕は安堵し、言う。

「母さん、開けてあげて」

その言葉に、母さんは物をどかし、扉を開く。

そこには、確かに父さんがいた。


そう。のだ。


「あなた、無事だったのね」

駆け寄り、抱き着く母さん。それを抱きしめ返す父さん。

よかった、と息を吐いた僕だったけれど――すぐ気づいた。

何か変だ。


「っ、母さん離れて!」

が――遅かった。叫んだ時には、もう母さんの額に、

「あ、ああ……」

黒い円盤状のナニカが、半分ほど突き刺さっていた。それはみるみるうちに母さんの中へと消えてゆき――


「……ギギ」

瞬く間に、怪物の仲間入りを果たしてしまった。

変わり果ててしまった両親の姿を目にし、思わず足が止まる。そんな僕を見て、ユナさんは叫ぶ。


「行ってください、坊ちゃん!」

強引に僕を階段の方へ押しやると、蓋が閉じられた。

「ダメだユナさん!あなたも一緒に!」

「二人で逃げても、すぐに追いつかれるだけです……少しでも時間を稼ぎます」

帰ってきた答えに、僕は歯を食いしばる。そして奥のほうを向くと――

「うあぁぁーーーーっ!」

一気に階段を駆け下り始めた。



そして、地下。僕は息も絶え絶えになりながら、ようやく剣のある場所までたどり着いた。

露出した剣の柄を握り、力を込める。すると――


「っ!?」


意識が遠のいた。そして同時に頭の中へ、何かが流れ込んでくる。

それは、見知らぬ風景。辺り一面に緑が生い茂り、巨大な生物が闊歩する風景だった。

鱗と牙を持つ巨大なトカゲのようなその生物は、高らかに吠え――


「……はっ!」

そこで、意識が戻る。

今のは一体――?疑問が湧くが、今はそんな場合ではない。再び剣を握り引き抜こうとした、その瞬間。


「ギギギ……ッ」

聞こえた声に、前を向く。

怪物の姿になり果てたユナさんが、部屋へと入ってきた!

「ボッ、チャン……」

僕を呼びながらにじり寄るその姿に、僕の心臓はますます高鳴る。

もう、ダメなのか?そう考えた時だった。


「う!?」

突如剣が光を放ち、氷が砕け散った。同時に力を込めていた反動で後方へ吹き飛び、背中を打ち付ける僕。


「っつつ……!」

痛みに首を振る僕だったが、その手に重みを感じ、見る。そこには、


「……抜けた」

しっかりと、剣が握られていた――!

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