03 誕生日
「や、おはよ」
朝。そう言って声をかけるのは、レクスウオード家に仕える使用人の一人。いつものように目覚め、準備をしつつ同僚と世間話にしゃれ込むのが彼女の日課だった。
「やな天気だね。洗濯物が乾くまでは降らないでほしいものだけど…… 全く、めでたい日にケチつけんじゃないよ。 ねぇ?」
「……」
しかし、同僚は言葉を返さない。おかしな様子に、肩を叩く。
元々彼女は無口なほうだが、いつにもまして喋らない。何か機嫌を損ねるようなことでもあったのだろうか?
「具合でも悪いの?」聞く。
「……いや、大丈夫」少し間を開けて、答える。
小首をかしげながらも、その言葉を信じることとした。
「おっと、もう時間……さて、今日もバリバリ働くよー」
「……ええ」
しかし、彼女は気づいていなかった。先に歩き出した自身の背後で、同僚が不気味な笑みを浮かべていることに――
※
「おはよう、ジン」
「おはよう、父さん」
朝の挨拶を交わす親子。その様子は、何処かそわそわとしている。
その理由とは――
「父さん、今日、何の日か覚えてるよね!」
「ああもちろん、今日は何と言っても……」
そう言ってディーノはしゃがみ、ジンの両肩に手を置くと、
「愛する息子の誕生日なんだからなぁーー!」
強く彼を抱きしめ、その頭を撫でまわした。
あまりの勢いに困惑しつつも、ジンの頬は自然と緩む。
「母さんもコックたちと一緒に飛び切りの料理を作ってくれるそうだ」
「ホントに?」
「ああ。でもそれだけじゃないぞ。今日は早めに勉強を切り上げて、一緒に街へ行こう」
「街に?」
「お前へのプレゼントを買いに行くんだ。今年は忙しくて先に行けなかったろう?」
息子を離し、父は語る。その内容に、目を輝かせるジン。
「やった、ありがとう父さん!」
そして感極まった彼は父へ抱き着いた。そんな彼を受け止め、父は笑う。
「なら、今日も頑張れるな?」
「うん!」
「よろしい」
「なら、まずは朝食だな。広間で母さんが待ってる。行くぞ」
そう言って二人は手を繋ぎ、部屋を出る。
『幸を与えられれば、幸で返すべし』――これは、このレクスウオード家の家訓だ。
両親や使用人たち、その他大勢の人々――この世に生まれ落ちてから、自分は様々な人々に支えられて生きてきた。
その恩を返すべく、もっともっと大きくなりたい――それが、彼の夢であった。
誕生日というこの日、ジンは誓いを新たにする。
いつか必ず、この手で皆を幸せにしてみせる、と――
※
「お疲れさん。あぁ、お腹減った」
そう言って腰掛けるのは、女性使用人。時計を見ると、針は4時を指していた。
「……そうですね」
ぶっきらぼうに返すのは、その同僚――今朝、おかしな様子を見せていた彼女であった。
「さっき、坊ちゃんとご主人、帰ってきたみたいだね。今年は何を買ってもらったんだろ」
そう言いつつ、上着を脱いでクローゼットへしまう。そしてシャツのボタンへと手をかけたその時――彼女は異変に気付いた。
「どうしたのよ」同僚の背を叩き、声をかける。その全身は、小刻みに震えていた。
「やっぱり、具合悪いんじゃないの?私が言っとくから、休んだほうが――」
そんな同僚を気遣い、休むことを薦める彼女。そして、同僚の前に回り込みその顔を覗き込むと――
「ひ」
小さく、悲鳴を漏らした。一体、何故なのか?それは――
「ギギ……」
同僚が、異形のモノと化していたためであった――!
顔の皮膚はめくれ、その下には所々が金属質な蟲の如き顔が現れている。
使用人は言葉もなく後ずさり、しりもちをついた。壁を背にしながら、同僚の姿がみるみるうちに変わってゆくのをただ見つめるばかり。
背を突き出て無数の触手が伸び、床を、天井を這いまわる。
手足は肥大化し、指は刃物のようにとがり伸びてゆく。
そして完全に人の姿を捨て生暖かい吐息を吐くと、怯える使用人を見据え、歩き出す。
「ああ、嫌……」
一歩、また一歩と近づいてくる死神の足音に、ただ怯えることしかできない彼女。
そして、怪物が目の前で立ち止まった、その時。
「うわあぁっ!」
彼女は渾身の力を込めて立ち上がり、すぐさま体当たり。そしてそのままドアを開け、駆け出した。
その衣服からは、暖かな液体が漏れ落ちる――失禁していたのだ。
しかし、それを恥じている場合ではない。彼女は駆けた。この異常事態を知らせるべく――
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